第34話 終わりと始まり

森を抜ける寸前のぬかるみの中で、ラントは横たわっていた。

足を取られた沼はどこまでも深く、もがいても暴れても嬉々としてラントを離さない。

次第にラントも気力を失い、その場で突っ伏して脱力した。

というより、これ以上何かに抵抗する力を既に持ち合わせていなかった。

「あーあ。だから言ったのに。あんなに力を使わなきゃこんな沼すぐに抜け出せたのよ」


 フィオリアを生き返らせてから、ラントは数日間倒れるまでマヌスの民を生き返らせた。

ラントの力は有限だ。そして限界はすぐにやってくる。

できる限りの人間に惜しみなく力を使った。しかし、そのリミットは案の定すぐにやってきた。

まだ生き返らせていない人間の腐敗が始まってしまったのだ。

ある一人の中年男性に力を使い、男性は生き返ったもののまた苦しんで死んでしまった。

それが終わりのサインだった。


「それでこの後どうするのよ英雄さん。そこでずっとそうしているつもり? 今度こそ本当に死んじゃうかもね」

 ティアが何やら鼻歌を歌いながら歩いていく。

死ぬならそれでいい。いや、いっそのことここで終わるのが良い。正直、ラントはもう終わってしまいたかった。

冷たい泥の塊が鼻と口を塞ぎ、呼吸をする手段をゆっくりと失わせていく。

泥が目に入る前に、ラントは瞳を閉じた。暗い眼前に浮かんだのはやはり、母の笑顔だ。


「あらいけない。大変だわ」

 遠くからせわしない声が聞こえ、泥をもろともしない勇敢な足音が近づいてくる。

「男の子よ! あんた達、すぐにお父さんを呼んできてちょうだい!」

 逸る声の後に続いて、小さな足音がいくつも遠のいていく。

「まぁ可哀想に。足を取られてしまったのね。大丈夫よ。すぐに助けてあげるからね」


 泥が瞼に張り付いて、ひんやりと気持ちが良い。

このままこの気持ちよさに抱かれて死んでしまいたかったが、この様子ではおそらく、まだどうにも死ねないらしい。

本来失う命を生き返らせることを、その選別を、「命を弄んでいる」とするのならば、簡単に死なせてもらえないことは、きっと自分がしでかしてきたことの罰なのだろう。

こうしてきっといつまでも罰を受け続けるのだ、自分は。


「可哀想なラント。私が一生そばにいてあげるからね」

 耳元で艶やかに笑う声がして、ラントはそのまま気を失った。

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チートを捨てたい青年は死神少女と旅をする 雪山冬子 @huyu_yukiyama

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