傍らで色褪せる煌火たち
しろわん第28回参加作品(テーマ『最果てに煌めく明星と、』)
どんなに手を伸ばしても、走っても届かないその光に、俺はいつまでも焦がれ続ける。
「おはよう、憂ちゃん」
「えっ、あっ。おは、お……おはようございます」
そろりそろりと音を立てずにレッスン室に入ってきた、女の子へと挨拶をする。ただ挨拶をしただけなのに、女の子は必要以上に怯えた反応をしたあと、ぎこちなく挨拶を返した。そして露骨に顔を反らして、俺達から逃げるように部屋の隅へと行った。
「伊予利さん、あんなやつほっときましょうよ」
グループメンバーの一人である、透が言う。彼は憂ちゃんと同い年のせいか、かなり彼女に厳しめに接する。同年齢が故になんだろうけど、もう少し優しく接してほしいとは思っている。
「同じグループなんだからさ、やっぱり仲良くしたいじゃん」
心からの本心を言う。すると透は顔を歪ませて、おえっと言いながら舌を出した。
「向こうだって、どうせオレたちと仲良くする気なんてないですよ」
「……」
そんなことないよ、とどうにも否定できない。加入して一ヶ月、ほぼ毎日のように顔を会わせているが、いまだに彼女から声を掛けられたことは一度もない。視線すら合わせたくないのか、いつも目を伏せている。
彼女の名前は米倉憂。数週間前に、まだ名前のない俺達のグループに加入した女の子だ。容姿はオーディションで合格して、アイドルになるレベルは余裕でクリアしてる。歌は上手い、具体的に言うと、歌が下手すぎてデビューが絶望的な俺達のグループに、テコ入れで入るぐらいに上手い。グループ内のシンガーは彼女一人で成り立つと思う。ダンスはへたくそ、具体的に言うと、簡単なステップで足がもつれて転ぶ。ある程度の下手ならフォローが出来たが、これはもうどうしようもない。せめてもで涙目で謝る彼女に対して、怒らずに対処するのが精一杯だった。
――悪い子じゃないんだけどなぁ。
だからこそままならない。けど、悲観するにはまだ早い。別に今はぎこちない関係でもいい。要はデビューまでにどうにかなってればいいのだ。さすがにデビューするころには、今よりは仲良くなれているだろう。というか、仲良くなってみせる。
俺が黙っていると、さらに透が何か言おうと口を開いた。これはよろしくないと判断した俺は「それより」と、透の発言を妨げた。
「朗報だぞ。今日はオリジナル曲をもらったんだ」
俺がそう言うと、憂ちゃんを除くメンバーがわっと沸き立つ。デビューしてないグループがオリジナル曲をもらうのは非常に珍しい。俺たちのグループは名前すらなくて、今までオリジナル曲をもらったことはない。それが、もらえた。それは憂ちゃんが加入したからが大きな理由だろう。本人が預かり知らぬところで、あからさまな特別扱いをされている女の子。俺たちは棚からぼた餅だから感謝することはすれ、妬むことはない。けれど、彼女が兼任しているグループの面子からしたら嬉しくはないかもしれなだろう。ままならないなぁ、と二回目のぼやきを心の中でする。とは言え、俺がどうにかできることでもない。俺ができることと言えば、できる限りここが憂ちゃんにとって居心地の良い場所にすることだ。
「はい、これが歌詞ね。曲は今から流すから、とりあえず一回聴いてみよう」
歌詞が書かれた紙を全員に渡し、曲を流す。すると明るかった皆の表情がだんだんと渋いものへと変化していった。うん、言いたいことはわかる。
「伊予利くん、僕たち……これ歌うの?」
すると控えめに手を挙げて、千明が言った。先程まで一番嬉しそうにしていた千明だが、一番暗い表情になっている。
「うーん、残念ながら」
「米倉さん一人に任せたほうが、よい曲になると思うのですが……」
あまりにもストレートに言ったふみおに、つい苦笑してしまう。自分の名前が突然だされた憂ちゃんは自分の存在をいないことにしたいのか、丸まるように体育座りをしていた体を、さらに縮こまらせる。
「いや、さすがにオレらが歌ったら歌ぶち壊しますよ、これ」
憂ちゃんのことが嫌いな透でも、彼女の歌唱力の高さは認めているからの発言だ。全員の言いたいことはよくわかる。
「ちなみにダンスは憂ちゃんをセンターにして、俺たちが踊るって感じだよ」
「歌いながら踊るのかよ……」
勘弁してくれ……、と言いながら透が頭を抱える。ほんとわかるんだけどね、その気持ち。一応俺も意見はしたんだよ。憂ちゃん一人で歌ったほうが曲としての完成度が高い、壊滅的に歌がへたくそな俺たちはダンスに徹したほうがいいと、何度も言った。だけど上は俺たち全員に歌わせる考えを変えなかった。もう絶望だよ、せっかくのオリジナル曲をもらえたのにこれなのかよって。
しかしこれ以上反発をしていると、曲を取り上げられかねない。最後はやけくそで曲を受け取った。
「まずは歌を完璧にしよう! 憂ちゃん、こっちにこれるかな?」
俺たちが完璧とか無理なんだけどねー、と言いたいのを堪えて、部屋の隅で丸まっている憂ちゃんを呼ぶ。憂ちゃんは重たい動きで立ち上がると、それでも俺たちの輪から離れたところで立ち止まる。今回はここまでが限界か。
「それじゃあとりあえず、歌ってみよう。歌詞も音程も、全部間違えてもいいから、思いっきり歌おう」
ごめん、我ながら小学生を相手にしてるみたいで笑いそうだ。でも、練習の優先順位は圧倒的に歌である。憂ちゃんを除く俺たちはダンスはできるほうだと思っているので、今はダンスの練習時間を減らしてでも歌に時間を費やす必要がある。肝心の憂ちゃんさほとんど動かないのだから、よりそうすべきだ。
漫画なら「ぼえー」という効果音がつきそうなほどの音痴で、俺たちは必死に歌う。俺はリズムが取れてないし、ふみおは音程が合ってない、透は歌詞通りに歌えてないし、千明は曲についていけてない。散々すぎる。その中で、一度聴いただけなのに、憂ちゃんは何度も練習したかのように、滑らかに歌を歌う。一音も音を外すことなく、完璧なリズムと音程で歌い続ける。俺たちと同じように紙に書かれた歌詞を追いながら歌っているというのに、曲にしっかり追い付いている。
――敵わないなぁ。
きっと練習さえ重ねれば、彼女はダンスも完璧になるだろう。
嫉妬をするには、憂ちゃんは眩しすぎた。どうやっても敵うことはないんだと、一緒にいればいるほど実感させられる。その中で俺にできることは、敵わないとしても彼女の光に消されないように、自分自身も強く光るしかない。
はるか遠くで煌めく君の隣に立てるように、俺はこの身を火にくべるんだ
二番目の星へ しろた @shirotasun
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