こんにちは!バルナイザーです!


「〜〜♪」


 町外れの海沿いにある少し古びた養護施設――『ミカヅキ』。


 それなりの敷地を持つその場所の外で、今日も一人の若々しい寮母――三日月リカ――が早朝の散歩に出かけた子供達の帰りを待ちながら洗濯物を干していた。


「……シズクちゃん達はまだでしょうか?」


 ……なのだが、散歩に出かけたシズク達がなかなか帰ってこない。もうそろそろ帰ってきてもいい時間帯なのに……シズクと言う年長者が付いているとはいえ、不安だ。


 そろそろ探しに出ようかと考えていると、裏口から物音が聞こえる。それと同時に聞こえてくるのは、何かを引きずるようなした物音だ。


(……何か、居る?)


 リカは、裏口の方を見に行く。


 気配は感じる……確かに、シズクや施設の子供たちの気配だ。だがそれに混じって一つ、異様な気配を感じた。


 かつて、リカがと呼ばれていた頃に幾度も感じた気配――それが敵の物なのかは分からなかったが、リカは何があってもいいように、武器として物干し竿を持って。


 



「だから駄目だってば!捨て犬とか捨て猫のレベルじゃないぞ!?」

「でも、カッコいいよ!」

「ついでに怪我してるよ!可愛そうだよ!ちゃんとお世話するから!!」

「お願い!家に置かせてあげて!」

「あの……本当にお構いなく……助けてくれただけで十分なんで……あっ。」


 不意に顔をのぞかせるリカと、必死にシズクにガンガンしている子供達に囲われて黒い怪人の真っ赤な目が合ってしまう。


 怪人は軽く会釈すると、リカも笑顔を浮かべながら会釈する……そして、自分の子供たちに向かって優しい声色で声を掛ける。


「シズクちゃん、皆。」

「っ!」

「あっ。」


 シズクや子供達は、恐る恐る寮母の方をぎこちない首の動かし方をしながら向く。そこに居たのは、「話を聞かせてくれますよね?」と無言の圧を掛けてくる、皆の母の姿だった。


「シズクちゃん?こちらの方は……?」

「え……えっと、あ、すんません名前は……?」


 まだ聴けてなかったのか、シズクは恐る恐る怪人に名前を問う。すると、怪人は真っ直ぐな目をして答えた。

 

「バルナイザーです。」

「バルナイザー!?」

「かっけぇ!」

「成る程……バルナイザーさん、シズクちゃん達諸共話を聞かせてくれませんか?」


 シズクは驚き、子供達はその響きに目を輝かせ、リカは何の躊躇いもなく丁寧に対応する。全く動じていないのは年の功故か……シズクはあまりにカオスな光景に、頭痛がひどくなるのを感じていた。


《hr》


「じょ、上級イグザムが現れたっ!?」

「っ!?」


 場面は変わって戦乙女機関関東支部。そこでは、ハズキがとある港の位置データを写したモニターを広げ、アカリとアイはハズキの口から告げられた存在に驚きを隠せずに居た。


「あぁ、現れたのは昨晩……この港に膨大な魔力の込められた結界が張られていた。認識妨害系の魔術か……中の反応を窺い知ることは出来なかったが、これほどの結界を張れるのは上級イグザム以外に考えられない。」


 上級イグザム。

 名の通り通常のイグザムとは一線を画す存在……力、技、能力……その全てが並の戦乙女を簡単に葬れるほどの存在だ。


 上級イグザムの特徴は人間への擬態能力や、非戦闘時には自らの能力を完全に隠し、戦乙女機関のイグザム察知のシステムから逃れることが出来る。つまり、完全に人間社会に溶け込むことが可能なのだ。


 人間を遥かに超え、簡単に苗床に出来るような化け物が、誰にも気付かれずに人間社会に溶け込む……此程恐ろしい事も中々ない。


 そんな上級イグザムが、わざわざ戦乙女機関に見つかるリスクを受けてまで結界を張った……上級イグザム、戦乙女、彼女らが結界を張る理由はほぼ一つだけ……戦闘の為だけだ。


「でも、一体何と戦って……まさか、戦乙女!?」

「上もそう思って調査していたんだが、現時点で戦乙女の失踪は確認されていない。」


 仲間や同胞の身に何もないであろうことを知り、若干安堵するアカリ……だが、そうなれば疑問は解消されない。現れたとされるその上級イグザムは、一体何と戦っていたのか?


 すると、アイが少し考えながら一言つぶやく。


「バルナイザー……?」

「っ!」

「……上層部も、その可能性が高いと見ている。」


 確かに、現時点で謎の多い怪人、バルナイザー。戦乙女に被害が出ていないとなれば、残る選択肢は同じイグザムか、バルナイザーのみ。


 そして、上級イグザムが出張る相手ならそれ相応に強力な相手か、全く持って未知の相手になる……後者だと考えた場合、最も正解に近いのをバルナイザーだと考えるのは自然な流れだ。


「そんな……彼は無事なんですか!?」

「分からん、少なくとも結界がはがれた時点で何の反応もなくなっていた。バルナイザーなら反応がないのは当然。イグザムなら短時間で能力を完全に隠せる……上級イグザムの中でも上澄みということになる。」


 どちらとも言えずに深まる謎……ハズキは、テーブルの上においていたホットミルクを一口飲んでつぶやく。


「どの道、強力な奴が現れた事に変わりはない……と言うことだ。」


 強力な味方か、強力な敵か……その存在にアカリは生唾を飲み込んでしまう。……すると、アイは映される位置データを観ながら呆然としていた。


 隣にいたアカリは小首を傾げながらアイへと問いかける。


「どうしたの?アイ?」

「……いや、関係ないけれど……この近くにあの人が居るなって……。」

「えっ?」

「あぁ、そう言えばリカさん、この付近で孤児院を経営してたな……後で何か異変がなかったか連絡を取ってみよう。」


 出されるリカの名前……その名前を聞いて、アカリは特に何かあるわけでもないのに呆然とする。


 三日月リカ。

 戦乙女機関に属する者ならば、知らぬ者は誰も居ない女性。元戦乙女……そして、戦乙女の中でも歴代5本指に入るほどに最強と言われた女。


 今はイグザムとの戦闘で右脚を失い、孤児院を経営しイグザムの被害により親族を亡くした者たちを育てている。持っていたアームズは弟子に受け継いだようだが……


 ……余談が過ぎてしまった。兎も角こんな所でそんな人の名前が出るのは、アカリとしても驚きだったということだ。


「……バルナイザー、無事だといいけれど。」

「っ!そう……だね。」


 アイが不意に呟いた言葉に、アカリも同調するのだった。








《hr》


 おっす、俺だ。バルナイザーだ……何処から説明すればいいのかねぇ。兎に角、俺はあのジェナスとか言う女にボコボコにされた後、何とか近くの海岸に流れ着いたんだが……


 そこでテトラポットの窪みにハマって身動きが取れなくなった所で、あの女の子……シズクや他の子供達に助けられたんだ。


 本来ならそこでお礼を言って立ち去るはずだったんだが……子供達にしがみつかれて引き止められた挙句に「家に入れてあげよう!」なんて言い出すもんで……


 最近の子供って危機感とかないのかな?こんなバイク怪人俺じゃなかったら家に連れ込んじゃだめよ?


 まぁそんなこんなで俺やシズクが止めるよりも先にせっせこ連れてこられ……子供達の家でもある孤児院――ミカヅキって名前だったな――に連れてこられたんだ。


 そこで寮母のリカって人に見つかって…いまは応接室に座らせられている。このリカって人なんだが……めちゃくちゃ怖い、無言の圧が凄い。


「……バルナイザー……さん。」

「はい、バルナイザーです。」


 思わず敬語になってしまうような圧倒的存在感……この前のジェナスとか言うのとはまた違った意味の恐怖を感じる。


「ふふっ、そう怯えないでください。貴方が人に害を与えるものでないということは分かっています。とって食おうだなんて思っていませんよ。」

「は、はぁ……」


 なんか、想像以上に穏やかな人だな……言っちゃなんだけど、俺この姿でこんな……何と言うか普通の人間扱いされたの初めてだ。


「おっと、私としたことが自己紹介が遅れましたね。私は三日月リカ、この養護施設ミカヅキの寮母をしております。」


 やっぱりここ孤児院だったのか、幼稚園というには年齢層がバラバラだしやけに生活道具が多いと思った。


 なんだか、ここにいると。なんでだろうか。


「事情はシズク達から聞きました……子供達がご迷惑をかけてすみません……」

「迷惑だなんて、俺はむしろ助けられた側です。むしろ感謝してるんです……本当に。」


 あのままテトラポットにはまったままとか正気じゃない。他の人に見られたら弁明とかが面倒だ……下手すると研究材料のためにバラバラにされるかも……そんなのごめんだ。


 ……でも、本当に普通の人間みたいに接してくれるな。この人……


「……あのっ、こんな事聞くのもアレなんですけど……なんとも思わないんですが、俺の姿を見ても……。」

「あぁ……いえ、私。厳密には貴方の姿は見えていないんです。」


 えっ……?


「昔に色々ありまして……バルナイザーさんは、戦乙女はご存知で?」

戦乙女ヴァルキューレ……?」


 なんですか戦乙女って……本当に知らない……待てよ?この間のジェナスって奴も戦乙女がどうこうって言ってたな?


 今までの化け物=イグザムだとすると、あのイグザムと戦っていたアカリやアイが=戦乙女って事か?……ちょっと聞いてみるか。


「その戦乙女って化け物……イグザムと戦ってるって言う?」

「やはり、ご存じでしたか」

「いや……知りませんでした。自分の中でつなげてみただけです。」


 合ってるっぽいな……そうか、あの痴――アカリやアイは戦乙女って言う奴らなのか。化け物と戦う戦士……なんかラノベみたいだな。


「私も、その戦乙女だったんです……最も、ある戦いで大怪我をおい右脚と目を失い、身体も十分に動かせなくなっているのですけれどね。」


 なるほどな……それで俺を見ても特に取り乱さなかったってわけか……目が見えない割には随分と不自由ない動きだけどな。


「ふふっ、でもその代わり。人には見えない物を感じる事が出来るんです。……貴方は実に不思議な人です。身体は人ではないのに、心は人。一体何なのですか?」


 何なのですか?俺が聞きたい!!!俺は一体何なんですかねぇ!?


「俺も聞きたいです、目覚めた時からこんな姿でね。」

「苦労が絶えないようで……」

「……良かったら教えてくれませんか?この世界の事を。俺は生まれて直ぐな物で……何も知らないんです。」

「ふふっ、そうですね……では、少し頼まれごとを頼まれてくれませんか?」


 頼まれごと……?身体では支払えませんよ?部品くらいにしかならないけど……俺がそんな事を考えていると、リカさんは不意に外を一目見る。


 そこには、物干し竿にかかっていた服と、洗濯籠に山盛りになっている服があった。


「家事が途中なんです、手伝ってください」


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ラノベな世界に変身するバイクに転生したので、敵は纏めて轢き殺します。 土斧 @tutiono

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