第28話
創太が配下にしていた魔獣の特徴として、『覚醒』という物がある。
これは自らの力をフルに開放する事で一時的にだが莫大な力を得る事の出来る物。そんなものがリスク無く撃てるほど都合のいい物ではない。
『覚醒』とは言ってしまえば“一時的に生命に必要なエネルギー全てを解放する”という諸刃の剣であり、中宮創太自身が創り上げたリミッターという概念を解放するものであるという事だ。
そしてその副産物に“魔獣は元の姿である魔物と同じ姿へと戻る”という副次的効果もある。だがこれには例外もあり、人化の時間が長く、その力が強いほど人として『覚醒』できるという効果もある。これはマルクス・カメロン・イシュタル・ヨイヤミがそれだ。
そして生命力は一般的に【創造】と【虚無】の力。それはどんな手を講じようとも直す事の出来ない。唯一可能性のあるあの創太でさえ、一度形作られた肉体にその相反する力を埋め込むことはできない。とされている。
―――つまり『解放』とは自らを削る諸刃の剣。それを使い忠義を果たしたカメロンは、中宮創太を敬愛し尊敬し、そして主の為に全てを使った名誉ある配下だと事実のみが、この世界に刻まれたのだ。
◇
「…………っ。そうか、そうか」
創太は指令室にて監視カメラに収められていたカメロンの戦いぶりを見ていた。そして全ての決着がついた今だからこそ。創太は一人カメロンに向かって、心の中で感謝の気持ちを述べていた。涙こそ出していない物の、血のにじむ程その手を握る様子は、何を我慢しているのか想像に難くないだろう。
◇
―――キィン!!
――――ガキィン!!
―――――ンキンッ!!
そこは人と魔獣、刃と剣撃がまじりあう戦場。カメロンと同じ場所の様にも見えるが、そうでもない様な場所でもまた、赤と紅が混じる戦が行われていた。
そこには『澪』一の切り込み隊長であるマルクスと、『開闢』メンバーの中でも2、3を争う二刀流の使い手である東野明そのものだった。
「ええいやるじゃねえの!だがもうそろそろいいんじゃねえのか!とっととくたばってくれないとオレが困るんだよ!」
東野は二刀流の剣型ユグドラシル使いだ。その威力は折り紙付きであり、軽いのに日本刀と同じだけの威力を持てるという何ともバランスというものを無視したユグドラシルなのだ。
「じゃあ、とっととやられてくんねえかなっ!!」
そう言いながら反撃をかましているのはマルクスだ。彼もまた創太から受け取ったユグドラシル【斬馬刀:晩春】を振りかざし戦っている。
この戦場に置いては東野の影響で『開闢』東野隊の全てが剣型のデバイスを持って戦っているのに対して、マルクスもまた近接が得意な部隊編成となっている。自然に両者全力を出しての衝突戦へとなるのは必至だった。例えるなら日本戦国時代の戦の様な感じだろうか。
だからこそお互いが勝てると思った相手と殺りあい、そして味方の手に負えないと思った相手には最高の相手をぶつける。
これが今東野とマルクスが戦っている理由だ。要するに両者を抑えられる相手が双方その二人しかいなかったのだ。
そして勿論。マルクスもまた『覚醒』を使用している。『覚醒』を使用していなかったら僅かに滲み出る斬馬刀を振る際の隙を突かれて一瞬でやられていただろう。それだけ東野のあの二刀流は多彩な攻撃を持っており、その全てが強力なのだ。
状況は一進一退の攻防が続いている。お互いが進みお互いが引く、そしてお互いに一瞬の隙が命取りとなる事を知っている。
だが、ここで状況は一変する。いや、マルクスがさせる事となった。
「行くぞ!やれ!」
その一言で状況は全てに置いて一新される。
白色の場所が、まるでキャンバスの様に絵を映し出す。そこにあるかのような立体の映像。そこにはまさしく戦国の戦が描かれていく。そして中にいるマルクス達はその絵の俊事項になっていくが如く着色され、そして極光に巻き込まれる。
「ウッ。なんだこれ!」
そして全ての生物は、その極光に巻き込まれていく。
◇
「ここは…?」
「ここは戦場。そしてお前達の死に場だよ」
見渡すとそこには戦国の戦を再現した様な空間が広がっている。
――これがこの空間での【澪】の仕掛け、空間ごと自らの有利なフィールドへと変える空間支配。それがこの広場にある能力だ。
そしてこれがどう影響するのか。それが今すぐにでも証明されることになる。
――ブシャッ。
「なんだ、これ……」
そう言い残しながら最後を迎えた一人の『開闢』兵士。それのどこにも不思議はない。ここは戦場なのだから、ただ唯一気になる所があるとすれば、魔獣側はその兵士に向けて誰も剣を振るっていないという事。
―――これが空間支配が生み出した能力。風の刃、鎌鼬だ。
だが鎌鼬を発生させるに限り、どうしても敵にだけ当てたいとこの仕掛けを考えていた中宮創太は考えた。そこで生み出されたのは強力な鎌鼬を確実に当てるための前座。それが空間支配のフィールドだ。
空間を支配する。それは空間の全てが分かるという事にもなる。適格なサポートを行うためには相手の情報が確実に必要。そのための手っ取り早い方法は相手を支配された空間へと落とし込むことにあると創太は考えた。
そして出来上がったのがこの鎌鼬という仕掛けという訳だ。
「さて、そっちがこないのなら始めるぞ?」
マルクスはそう言い残して疾走し、東野の体に斬馬刀を横薙ぎにして放つ。
(今だ!)
間が空いたのを空間が感知すると、そこに東野の首を落とさんと空気が圧縮され、しぼみ、そして溢れた空気の圧によって放たれる人間を殺せる空気刃が東野の首を狙う。
(っっ!!)
東野は殺気を呼んだのか体を横に捻るが、かろうじて致命傷にならずに済んだものの右腕の皮を切り裂いた。
「へぇ~、面白いもの使ってんだね。ユグドラシル?」
「主様からの献上品だ。とくと味わいな!」
こうしてまた二人は、斬撃混じる混沌とした戦場の中で刃を交える事となる。
◇
「あ、何だ、うわあああ!!!」
こうして一人、一人と混沌とした戦場の中でやって来る風の刃によってその命を刈り取られた者の悲鳴が聞こえる。この戦場のおかげでひたすら五分五分と停滞していた戦場に文字通り『澪』の部隊優勢の風が吹きつけたのだ。
そしてその恩恵を一番に受けているのはマルクスと言っても過言ではないだろう。
――マルクスと距離を取ると、そこを狙い打たれて風の刃が迫る。
――マルクスが隙を見せる。するとその隙を埋めるように刃が飛んでくる。
――マルクスが打ち合う。まるで意志を持つかのように刃が攻撃してくる。
(ちっ、やりずれえ事この上ねぇ…)
東野は一人心の中で舌打ちをかます。マルクスは実質二つの刃を持っていると言っていい。風の刃と斬馬刀と扱うマルクスはこの戦場に置いて間違いなく“二刀流”だった。
(こりゃあこっちが不利か、ならばっ)
「そっちが見えない刀振ってんなら、こっちが近づいてそんなもん出せなくすりゃあいい!!」
こうして東野はマルクスと距離を取りつつ戦うヒット&アウェイ戦法を辞め、マルクスとの距離をひたすらに詰める戦法へと切り替え距離を埋める。
だがマルクスは一言、
「見事」
と言い残すと、マルクスもまた、距離を取って鎌鼬を交えて戦うのがセオリー、だがマルクスはその逆である突撃を選んだ。
「オラオラオラオラァ!!」
東野の鳴り止まない連撃がマルクスを苦しめる。だがそこに活路を見出し次の一手を打つべくマルクスは目を見開きその連撃を見る。そして
(ここだ!!)
東野の21連撃目。右手の突きに僅かな隙を見出したマルクスは斬馬刀で突き上げ右手を飛ばす。だが左手の22撃目がマルクスの命を刈り取らんとする。
「『満月』」
一言マルクスが唱える。名を『満月』。マルクスが斬馬刀を軸とした術を編み出し、それを並々ならぬ覚悟で剣術に昇華させた己の“業”なのだ。
『満月』――それは、夜の水面に映る満月の様に芸術的な曲線を描きながら斬馬刀を振り下ろすことが出来る技の名である。
そしてこの『満月』は、どの体勢からでも繰り出せる変幻自在の技。水面が揺れて月の形が変わろうとも、時が経てば形は戻り月の光を照らし続ける。マルクスの業はどの姿勢・構えであっても変わらず円弧を以て敵を両断する。
(取った!)
東野の二対の刃の内一つが飛んでくる。だが振り下ろされた斬馬刀がそれを許さない。そうして脅威の22連撃を終えた東野もまた退却を余儀なくされた。そしてマルクスは見出した。勝利へのカギを。
◇
(見えた)
マルクスのその眼には先ほどの22連撃が鮮明に浮かび上がっていた。だが21連撃目。あの右手から放たれる繊細な一撃が、最初の鎌鼬の一撃、あの薄皮一枚切り裂いたあれで僅かながらにズレが生じているのだ。
そして東野があの22連撃を撃った時、それが東野の最後だという事を、そしてそれがこの戦を終わりを意味する事をマルクスが理解していた。
◇
――またしても停滞している戦の中。マルクスと東野はまたしてもお互いに連撃を打ち合いそれを躱すという不毛というにはあまりにも美しくそしてお互いの隙を獲物を狙う虎の様に見ていた。
もう今でも戦っている『開闢』隊員も『澪』メンバーも生き残っている奴らも少なく血しぶきと屍がそこら中に転がっていた。
東野とマルクスはその凄惨な戦場の中で拮抗した死合を続けていた。剣を打ち合う時間は刹那、その刹那が幾千と重なろうとも、カメロンが戦っていた時間にも及ばない程の神速、その高み、そのある一定の強さを越えた物だけが訪れる事の出来る『次元』で彼らは戦っていた。
―――キィィィィィン!!!
――――シュッ。
―――ズッッサ!!
――――――バッ!!
彼らの剣撃が聞こえる。その音もまた神速。今の一秒が彼らの五秒。それほどのペースで打ち合う。もう見方などいない。双方が殺し合い、そしてその結果として互いの命を散らしたのだ。まるで春の夜に咲く夜桜の様に。
そしてその刹那と永遠を織り交ぜ交錯させたこの時間も終わりを迎える事となる。どちらかの死によって。
そして時は無情にも終わりを迎える。双方分かっていたからだ。自らの肉体が限界を突破し、成長し、それでもなお限界を迎えていることに。
お互い分かっているのだ。この一刀が、次の交錯が最後の死合になることを。
お互いに分かっているのだ。互いを殺し、殺される可能性のある剣は、お互いの魂からの業を込めていないと倒せないことに。
「―――これで最後だ」
「――――ああ」
お互いは距離を取り、そして眼を見張る。先ほどまでお互いには一太刀もついてはいない。だからこそ額から溢れだすこの汗が、悲鳴を上げる肉体が何よりもその度合いを示している。
「――――しゃああああああああああ!!」
「―――――疾ッ!!!!」
お互いが繰り出す技。見えているのだ。マルクスにも、東野にも。
東野は悟った。眼前の敵を殺すには、あの22連撃しかないことに。
マルクスは悟った。相手が自らを殺すには、あの22連撃しか存在しないことに。
いまだに響く東野の叫び声。その中でマルクスは自らの限界を超えた肉体。そのギアをもう一段階上げた。
いまだに続く濃密な斬撃。その斬撃は水が重力を纏いし大瀑布の様な存在感。その身一つでは耐える事の出来ず、その大きさから躱す事も逃げる事もできない斬撃。
もしマルクスがこの業に名をつけるならこうしただろう。【流る瀑布の絶刀<シュライフ>】と、
そして同時にこの業を打ち破るための業を、マルクスは戦の中でこう名付けた。
―――【満月夜に咲く修羅桜<つきよざくら>】と。
◇
―――ゴフッ。
その音を立てて、東野は数々の屍と共に地面へと倒れた。
「ふう……」
そして、斬馬刀を地面に突き立てる。
「主様。申し訳ございません。先に逝きます」
マルクスは自らの腹を見つめる。そこには到達しえなかった東野の置き土産、魂の23撃目が刻まれていた。
「気を抜いたのかと、主様やイシュタル、ヨイヤミに怒られそうだ」
ハハッと軽く笑いながら、マルクスの意識もまた暗闇へと堕ちていく。
―――マルクスと東野は、自らを眼前の敵と戦うために修羅へと落とす。それはまさに身を捧げた仕合。そしてお互いは全てを賭けて戦い。命を差し出して魂を燃やした。そんな魂の剣を持った男達の戦であった。
ユグドラシル -創世の力と魔王の物語- 照屋 @teruya1001
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