第9話
こうして危なげなく10階層を突破した創太は、シュラルを仲間へと加えて迷宮を抜け出した。そうすると一つの疑問が残る。それは“シュラルをどのようにして抜け出させたのか?”に尽きるのだが、その方法は創太の力で全て解決している。
曰く。魔物としての要素を構成するためには、魔物としての情報が詰まった“魂”と、あとは『創造』と『虚無』の力を元に構成されている。それをもとに、創太は魔物の“魂”を創太の『虚無』の力の中に、心象世界として保存している。と言葉に説明するとこうなるのだが、一言に表すとするならば“創太の心の中にシュラルが入っている”という表現が相応しいだろう。
そして構成する際は、創太の『虚無』と『創造』によって構成するため、迷宮からの支配は完全に解除される。そしてその際には、シュラルの魂を元に肉体が構成されるため、シュラルのなりたい“イメージ”によってその肉体が構成される。つまりシュラルのなりたいようになれる。という特典付きだ。勿論イシュタルやマルクス。カメロンも全て創太をイメージとして顕現している為、人型かつある程度力の融通が利く様にチューニングはしているが。
そしてここでも危なげなく迷宮から脱出する事に成功した創太は、その足でもう一度『澪』へと足を運び。シュラルへと肉体を授ける。
「これから、お前に肉体をやる。イメージは出来たか?」
『ええ、イメージはできています。いつでも。大丈夫です』
「ああ、一応こっちでも補助ぐらいはしてやる……じゃあ、行くぞ」
『ハイ』
その瞬間。創太の体から黒色の禍々しいエネルギーが溢れ出たかと思うと、その中から粒のような小さな力の奔流が流れ出す。創太はそこに、まるで包み込むように純黒と白金の力を纏わせる。ゆっくりと包み上げていくその力は、やがて親元を離れ、その意志にそってゆっくりと形を表していく。それは手足を作り、体の輪郭を作り上げる。体はしっかりとしているが、それを感じさせないぐらいに細身で、25~30を思わせる様な顔立ちだが、そこには30年如きでは生み出せない確かな風格が存在している。肌の色は白でも黒でもない。少し赤みがかかっている感じは魔物としての形を受け継いだその証だ。
全ての力を使っての受肉が完了した。シュラルは思わせぶりに手や足を見つめ、ゆっくりと動作を確認している。
「どうだ?新しい体の調子は」
「…ええ、これほどまでに軽いとは。あそことは大違いだ」
「そうか、ならよかった」
体が軽い。その原因はずばり迷宮の特性にある。迷宮が魔物に対して行う事は“自意識の支配”。それも自意識を残した状態なので、魔物は自意識。つまり理性が外れ本能のみで攻撃を行うためである。
「そうか。分かった、お前の事はすでに俺の仲間たちに伝えてある。あとはそいつらに聞いて行動を起こせ。分かったな?」
「了解いたしました。主様」
「聞いてるな?ヨイヤミ。後は頼んだ」
「…リョウカイシマシタ。主様」
「ではな。ヨイヤミ。シュラル」
こうして創太は、二人の従者を後にして家族のいる家へと帰っていった。時計の針は、まだ夜の9時半程だった。
◇
「ただいま~」
「ああ!お兄遅い!また友達と遊んでたの?中学?」
「ああ、中学の奴らとな」
「へぇ~。まあお母さんと父さんはご飯食べてるよ?お兄も食べたら?」
「ああ、そうするよ」
中宮家は普通の家族だ。妹の中宮真理。母の中宮遥。そして父の中宮徹の4人家族。父母ともに共働きで、父は製紙会社に、母はアパレル関係らしい。ちなみに二人とも30後半だ。
「ただいま~、父さん、母さん」
「ああ、お帰り。また遊んでいたのか?」
「ああ、そんな感じだよ」
「高校では友達。出来た?」
「いや?全然。というか作る気ないしな~と思って」
「まあ…そうなの…」
「ま、決まったことは仕方ないと思うよ?むしろ母さんたちは頑張ってくれたと思う。悪いのはあいつらだ」
「……そうだけど…」
創太の両親が抱えている問題。それは創太の高校問題なのだ。創太は嫌々あの探索者学園へと通っている。その方法が問題なのだ。国は創太を通わせるために両親に脅しをかけていたことを知っていた。やれ会社が、やれ税金が、などと言いながら。そのくせにきっちりと金で釣ろうとしていた事も。一歩間違えれば我が家で流血沙汰になるほどの緊張が走っていたことも知っていた。
だから創太は、創太自身で解決策を示した。曰く“その高校には行く。お金は好きな時に貰う。その高校では学びたい事は無いだろうから、高校の外で積極的な活動をやることにする。だから邪魔はしないでほしい”という物だ。
親の立場としては、なかなかに認めずらい物だ。ただ自らに力がない負い目もあり、その両方に板挟みになった両親は、条件付きでOKとした。条件と言っても報告などと言ったごく一般的なモノだが。
そして創太は今の立場を利用して、親に“『澪』としての活動の黙認”という権利を頂いたのだ。
そして報告もきちんとこなしている。と言ってもイシュタルを家に呼んで、創太の近況をそれっぽく話しただけなのだが。だがこれによって親も少しは安心したと喜んでおり、同時にイシュタルにも親を紹介することに成功した。今後、もし何かあった場合は『澪』の力を使って家族を守護したいと考えていたので、創太にとっては一石二鳥の展開に持っていけたことが大きいだろう。
以上の事から、創太の今の活動が家族に黙認されているという訳だ。
「ご馳走様。おいしかったよ」
「そう?それは良かった」
創太はご飯を食べ終わると、父と妹がTVの前で団らんしているのを横目に、二階にある自分の部屋へと向かった。
◇
「……さて、そろそろ“準備”しないとな」
創太の言う“準備”。それは、
『静印結界』『警戒印付与』『螢惑』
創太は三つのユグドラシルの名を叫ぶ。すると空間がフッと揺らぎ、そして薄紫色の膜が創り出される。
「さて、これで準備は万端だな」
創太の使った『静印結界』は、文字通り結界の一種で、移相をずらしてそこにいるのにそこにいない。見えないという空間を作り出す結界だ。『警戒印付与』とは結界に取り付けるパーツのようなもので、結界の近くにいる者に対して警戒を行う物だ。そして最後は『螢惑』。これは相手を惑わすもので、使用者の思うままに相手に情報を送り込むことが出来る物だ。
つまり創太が使った三つのユグドラシルの効果を相乗すると、創太がいるのに気づかず、近づいた者は違和感なく創太が部屋にいる幻覚を見せられるという事だ。
「さて、作るか…『ユグドラシル』を」
創太の『創造』と『虚無』が創り出すもう一つの力。それは『ユグドラシル』をこの手で作り上げる事。
『ユグドラシル』がなぜ生まれるか?何故迷宮でしか生まれないのか?創太によって導き出された結論はこれだ。
まず迷宮には『創造』と『虚無』の力がある。これは迷宮にしかない力だ。つまり『ユグドラシル』は個の力が使われていると予想できる。そして魔物を引き入れるあの行為。あれの無機物版だと思えば推測するのは容易い。
『創造』と『虚無』の力に、もう一つ魔物にとっての『魂』になるパーツ。それは制作者の『指向性』だと創太は考えた。
つまり『ユグドラシル』が創り出される時。その条件は『創造』と『虚無』の力が十全にあり、かつ制作者の指向性――イメージが確立されているかどうか――が整っているか。この条件がすべて整った時。所持者の欲しい『ユグドラシル』が創り上げられるのだ。
「さて、今俺の手元にあるのが、『虚無』『白創』あとは…戦闘用の『虚創装威』。緊急結界用の『エリアルバルシュ』。対拳銃『バルガザードⅡ』。あとは俺のお気に入り…。そんなもんか、後は消耗品がいくつかだな」
創太のユグドラシルの一つ。『虚創装威』。黒のロングコートにこれまた黒のスーツなど、黒を基調とした装備に白のラインが入っており、目立たずとも実用的かつ、デザインにもこだわっているという創太のお気に入りの一つだ。勿論性能もそれなりにある。
身体能力強化は勿論、防刃や耐火などの戦闘服の性能を大きく超えた能力かつ、周囲に散らばっている魔力を吸収し貯蓄できたりや、その先頭服自体に魔術としての役割を持たせており、回復や能力強化、基本的な属性に対する耐性や。中には魔力で形作られた剣を創造する能力なんかもあるという一級品だ。これだけでも5000万はくだらないだろう。
そしてもう一つ『バルガザードⅡ』は二丁一対の双拳銃なのだが、その能力は、魔力を纏わせて撃つ魔術弾や属性弾を撃てたりする。実弾をもっていかなくていいというのは大きなアドバンテージになりうる。
後は二対を合成させることでスナイパーやロケットランチャー。SMGやショットガンなど、様々な銃に形状変化させることが出来るという機能を備えている。勿論弾は魔力で込められ、様々な属性をも詰められる。このユグドラシルは金額にして3000万はくだらない。それほどのレベルだというのだ。
「さて、俺が創るのは……明日の対策だな。対北上専用の装備を創らないといけない」
北上皐月――同い年で入学してきた『七宝家』に連なる者。そのご子息であり次期当主の座は確実とまで言われている。ユグドラシル【氷狼の心宝】より、水や氷を扱うユグドラシルに“選ばれた”者。その才能は150年に一度とまで言われている天才だ。
「氷。か、氷にされると『虚露』では吸収できない。じゃあそうだな…氷を魔力にできるユグドラシルを創るか。それがいい。というかそれしかない」
『虚露』の弱点。それは物質化したものは、例え元が魔力であろうとも吸収することが出来ない。まあそれも今から創り上げるユグドラシルによって無効化されるのだが。
「じゃあ、創るか…いけ、俺の力たち」
創太が一言そう言い放つと、創太の右から純黒が、創太の左から白金が溢れる様に湧いて出る。そしてそれは創太の意志で渦を巻き始める。
「ぐっ……」
創太がうめき声をあげる。元は相反する力を強制的にぶつけているのだ。それを抑えるだけでも一苦労なのに、その力の渦に指向性を持たせて導かないといけない。創太が望む力に、その形に。
創太の額から冷や汗が垂れ、顔が苦痛に歪む。だがゆっくりと力の奔流が動き出し。やがて小さな星のように光り輝く粒が出来上がる。そしてそれは眩い光を放ち。やがて瞬光となって創太の眼を白く染め上げる。そして
「出来た」
その一言で目を開けると、そこにはグローブのようなものが一つだけポツンとあった。
「性能は……よし、問題ない」
創太がその手…左手の方にゆっくりとはめると、ユグドラシルであるそのグローブも自らの役目を発揮しようと動き出した。
このグローブは『マギカ・グローブ』。所持者が装備すると物質を魔力へと変換することが出来る優れものであり、そしてこのグローブにはグローブ自体の見た目を変更できる色彩変更やグローブに魔力が込められていると察知されないための魔力隠蔽などの機能が盛り込まれており、最大の特徴は“グローブで握ったものに大して、握っている間のみその能力をその媒体が肩代わりしてくれる”という能力だ。
「よし、問題ない」
こうして創太は、全ての力をそのグローブに注いだために気を失うようにベッドへと倒れ、今日という一日を終えた。
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