6

 きらきらと輝く、絶えず湧き上がる泡を彼女は眺めている。

 放課後のソフトドリンクが喉に沁みて痛い。終わらない宿題を前にしてわたしたちは二人、喫茶店の角の席を陣取っていた。

「ねぇ、お母さん。許してくれるかな」

「バレないよ。今日はわたしがお金出すから、ね」

「だめだよ」

「いいよ」

「やだ」

「ううん」

 わたしは彼女の手を包み込んで言った。彼女はわたしの手を邪魔そうに除けてストローを摘まんだ。

「……スミレちゃんの言うことは、正解な気がするから、いっか」

 彼女はまぶしい笑みをわたしに向けた。朗らかな笑顔に、わたしのこわばる表情筋は緩んだ。天高く巻かれたソフトクリームを緑とまぜこぜにする。若干気持ち悪い色をしたグラスの中身を細い管で吸い上げる、彼女もそうしていた。光を吸い込んで滑らかな彼女の桃のような唇が、管を咥える。そして彼女の青い液体が物理法則のままにうごめいて、彼女の喉先を動かす。わたしだけがこの風景を独り占めしていることの、恍惚とした感情に、つばを飲み込む。喉が渇いて、またストローを咥えた。

緩やかな時間の中、甘いだけの偽物なメロン味を飲み下す。夕焼けが街を焦がす時間、この喫茶店の客足も増している。どこかから苦い煙が漂い、大人の薫りが鼻をつんと刺激した。火種はどこから。

「パパの匂い」

「え」

「スミレちゃん、帰ろう」

 彼女はすっくと立ちあがり、鞄をひっつかんでタバコ臭い店内から逃げていく。わたしは伝票をレジの人に渡し、続いて店を後にした。

 わたしのことなど知らないような足取りで、彼女は歩いていく。

「ねぇ、ほたる。ねぇ、ちょっと、止まってよ」

「……」

「ねぇってば」

「パパだった、わかばの香り」

「はぁ」

 気づけばいつもの川べりにいた。彼女は川の傍にうずくまり、流れを見つめている。

「パパには、会っちゃダメだから」

「なんで」

「殴るから、ママを」

 オアシスを欲するかのように、ぜえぜえと息をする彼女の背中は大きく上下している。

「……あ」

 わたしは、思い出す。なぜ彼女がここにいたのか。なぜ、わたしも、ここにいたのか。

「まだあの時のままなんだ」

 わたしの言葉に彼女は顔を上げた。しかし何も知らないかのような表情をしている。あぁ、彼女は子供だ。わたしなんかよりも、よっぽど、よっぽど。

「ほたるのお母さん、ほたるのことを守ってるんだね」

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君はソワレに恋をする 葛城 雨響 @1682-763

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