変わらず、彼女は教室という劇場で輝いていた。まるでわたしと話したことなど忘れているかのように。教室の電気は彼女を照らし、わたしに影を落とす。忘れるなよほたる、お前が光であるのは、わたしが影に染まるから。ということを。

 次の日も、橋の下に彼女はいた。手の内のシャボン玉をふぅっと吹くと、彼女はわたしの方を見た。

「来たんだ」

「うん」

 子供みたいな彼女は、変わらず陰鬱な空気感を醸し出している。劇場の外に出れば彼女もただの一六歳に過ぎない。きらきら輝いているかどうかなんて、女子高生のラベルを剥げばわからないのだ。

「スミレちゃんは、なんでこの時間にこんなとこ来るの? 怒られない?」

 彼女は薄ら笑みを浮かべながら言う。

「もう、わたしたち高校生だよ。この時間にだって、出かけていい」

 彼女は、首を傾げた。

「でも、ママはあたしのこと、まだ子供だって言うよ」

「そんなことない」

「子供だから遠くに行っちゃだめって、ママは言うよ」

「子供じゃないよ。高校生だよ、いつまでも子供になんて、なってられない」

「じゃあスミレちゃんは、大人なの?」

 彼女の言葉に、喉が詰まる。

 母さんのために、わたしは毎日おつかいに行って、夕飯を作るお手伝いをした。中学時代の時から、部屋掃除はわたしの役割で、洗濯物もわたしがやってて、でもどんどんできなくなっていって、逃げ出した。読んだ本の子供たちは毎日無邪気に遊んだり、勉強したり、帰り道で恋バナをしたりしている。この子供とわたしを比べたら、わたしは子供じゃないのかもしれない。でも、大人がやらなくちゃいけない、大人がやっているはずの、家事、炊事、洗濯から逃げ出したわたしは、大人じゃないのかもしれない。

「……わからない」

「あたしたちは子供だよ、高校生だもん」

 彼女が子供だというのなら、今のわたしは? 大人になりきれないただの思春期青年?同い年の彼女とわたしでは、比べてはいけないの?

 彼女がこちらに歩いてくるのが見える。わたしより少し長い黒い髪が揺れている。彼女が近くに来るにつれて、枝毛の多さが目に付く。髪がぱさぱさしている、わたしの髪を全部渡してしまいたい。そうすればきっと、彼女はもっと劇場で輝ける。そう思う。

 彼女が恨めしい、と思う。垂れた涙を、幼稚園児みたいに拭いてくれる彼女の手を、傷つけたいと思った。

「ほたる」

 呼び捨てにした。彼女の手が一瞬、こわばった。

「なあに、スミレちゃん」

「学校で話しかけてもいい?」

 そんなこと、本当は聞かなくてもわかる。それくらいわたしたちは、真っ向からぶつかっている。そう思う。

「いいよ」

 彼女は優しかった。わたしは続ける。

「……ほたる」

「なに」

「学校で、わたし以外と話さないで」

 今のわたしは、すごく醜いと思う。でも、それでもいいと思う。

「わかった」

 きっとわたしは、ほたるが思うより何倍も子供だ。

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