第2話 悪夢たり得る悪意の先へ
猟奇的な死を、人は猟奇殺人と評す……その解は醜悪な人間がなんの罪もない人の死に様を他者が残酷な姿を
「……今回も残酷だな」
東京……新宿のとある路地裏にて、少女の死体があった。
全裸にさせられた少女の遺体には複数の切り傷。両腕と両足を切断されており、裂かれた腹の臓物が少女の両手と両足の間に一部一部置かれている。両目には
「おい、
「おや、
灰色のシャツに肩にかけられた白スーツの上着が揺れ、短い赤毛の頭を後ろで掻きながら、
「お前はどう見る?」
「ジャック・ザ・リッパーと並ぶと言われている殺人鬼で、鋏を愛用し少女ばかりを狙うなんていう指名手配の殺人鬼はスペクター以外聞いたことがないですよ」
警察だけでなく探偵業界でも名の知れた猟奇殺人鬼スぺクター……名前の意味は
彼の犯人像は黒いパーカーを着た死神のような男。なぜわかるのか、答えは単純だ。映像投稿サイトであるyoutubeにも殺人の映像をネットに投稿されて続けていてSNSが炎上し続けているのだから。
だが、それも最近のこと。10数年前までは彼は姿を晒さなかった。流れる音声は全て加工されている……住所の特定をしたくても彼に有能な味方がいるのか、特定もできていないというのが現状だ。
昔よりも、犯人特定に苦労するご時世になった物だ。
「……今回は路地裏だったからいいが、本当に厄介な男だ」
「そうですね……忌々しくてたまりませんよ」
殺人現場の固定はしない、動画のみでしか己の姿の痕跡を残さない。
まるで映像の中にしか彼と言う存在がいないかのよう。
だからこそ彼は人々が恐怖する亡霊なのだ。
「さっさと散れ、仕事の邪魔だ」
「では、そろそろ失礼させていただきます」
暮部警部は嫌そうに片手を横に振る。
◇ ◆ ◇
日廻探偵事務所に帰って来た解人は自分の執務机に着く。
深い息を吐きながらワックスをつけた頭を軽く掻く。
「……スペクターの奴め、現場の系統を固定すれば少しは特定のしやすい物を」
またもや、スペクターが動画を投稿しているか確認をするためパソコンを起動させる。立ち上げたパソコンにyoutubeサイトのスペクターのちゃんねるを開く。
彼自身が自分のIDをスペクターと名前に設定している。そこから俺たちは彼をスペクターと呼ぶようになった理由の一つでもある。
「……今日はないのか」
ふと、肩の力が抜け安堵感がじんわりと胸に広がる。
……これ以上、若い芽を潰すような行為を許すわけにはいかない。
一刻も早く、スペクターを逮捕させねば。
「……一刻も早く、あの化物を晒し首にならなくては我慢ならん」
「……あの」
「ん? どなたです?」
パソコンに夢中になって、パソコンから少女の方へと視線を向ける。
セミショートの黒髪に青紫色の瞳をした目鼻立ちがいい。
怯えているのか、両手を胸に当てながら自分を見つめてくる。
紫のパーカーに白いワンピースを身に纏った彼女は全体的に落ち着いた
可憐で清楚な
彼女からいい香りがする。ラベンダーのような安心感のある香りだ。若い子でも香水をつける子はいるが裕福そうな子だな、と勝手な印象を解人は抱く。
「……あの、依頼をしに来ました」
「ああ、子猫探しですか? それとも彼氏の浮気調査とか?」
「いえ……これを見てください」
少女はスマホから、とある動画を俺に見せる。
『
「これは……」
映像に映し出されていたのは、スペクターと思われる人物だ。
音声は加工されているが、見た目はyoutubeで見た彼その者だ。
……似てはいないわけではないが、怪しい。
「……
「どうして君がこんな映像を?」
「わからないです、気が付いたらメールに送られてきて。こんなの初めてで、混乱してて……偽物かもって思ったんですが、警察には取り合ってもらえなくて」
「……そうでしたか。どうぞ、お帰りを」
「え!? ど、どうしてですか!?」
「スペクターは殺害予告はしません。多いんですよ、友達同士でスペクターの映像を作って送り合って警察にご厄介になると言うおふざけがね。私たち探偵にとってもたまったものじゃないんですよ。くだらないお遊びで他の未来の芽が摘まれていくんですから」
キーボード入力する時の感覚で軽く机を人差し指で数分おきに突く。
「……私、友達はいないです」
手を震わせながら、スマホの画面を見せてくる彼女は、中々折れない……臆病そうにも見えなくない少女が必死に反抗してくる。学生なら大抵、それっぽいことを言ったら怒って帰るとかが大半なんだが、この子は少し時間がかかるな。
まぁ、実際にいじめにあっていたら困るから聞くだけ聞くか。
「では、いじめにでも遭ってらっしゃると?」
「それは、ないです。その護衛依頼、って探偵にもお願いできるものなんでしょうか……?」
力強く少女が机を叩き真剣な面持ちでこちらを見据えてくる。
ぴくりと眉を動かして解人は溜息を吐きながら、スペクターに明らかにつながっていないかもしれない少女の護衛依頼を受けるのは、正直躊躇いがある。
「……何日まで、というのは決まっていたりしますか」
「長くて一週間ほど、短くて三日でも構いません。お金も父が株取引をやっているので、問題ないかと思うんですが……ダメ、でしょうか?」
少女は期待を込めた眼差しを向けて来る。
……これは、スペクターを捕まえるチャンスは遠ざかる可能性がある。だが、もし娘が生きていたら、これくらいの年になっていたかもしれないだろう。
解人は椅子から立ち上がり千尋に頷く。
「……わかりました、その
「! ありがとうございます、探偵さん! あ、そうだ。探偵さんのお名前って……?」
「……
解人は名刺を胸ポケットから取り出して少女に手渡した。
少女が
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね! 探偵さんっ」
「……俺は出会ったばかりの人間に愛称で呼ぶのも失礼なんでしょうが……依頼人様とお呼びしても?」
「えっと、苗字の方でお願いします! 解人さん、よろしくお願いしますねっ」
「……ええ」
少女の
解人は千尋と別れ、今日という日を愛用の万年筆で日記をつけた。
日廻解人は、知らなかった。スペクターの恐怖を。
名も亡き化物は哭き縋る 絵之色 @Spellingofcolor
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