第48話 四頭竜


 一羽のカラスが身じろぎもせず、時折首を曲げて曇天をじっと見上げている。そこに数羽の黒い影が現れ、また一羽、また一羽と加わり、次第に数を増して空一面を覆ってゆく。


「…………」


 やがて空がすっかり黒く染まると、その様子を確認したカラスは地を蹴って飛び立ち、仲間の中を突っ切る。


「ガァッー」


 辺り一面を渦巻くカラスの群れが、一斉に北に向かい動き出した。

 カラスたちの動きを見たアイダは、


「その村人から龍神と呼ばれていた白い竜には、一度会って話を聞く必要があるわね」


 アイダとレイラもカラスの後を追った。




 カラスたちの働きで、泉の湧き出している池は森の奥で見つかった。斜面に群生しているシャガの花は池のふちまで続き、純白の花が満開である。


「すぐ水を汲んでワイナたちに飲ませれば皆助かるわ」

「レイラ、ちょっと待って」

「…………」

「その前に裏山の龍神を祭ってあるという社に行ってみましょう」


 周囲の山や谷を見下ろすような岩山の頂に祭られた社は、長年の風雨にさらされていただろう、屋根もあらかた落ち、原形をとどめていない有様。とっくの昔に信者であった村人は絶えたのであろうから、これはやむを得ない事である。

 アイダは朽ち果てた社に向かって話し掛けた。


「私たちは池の水を汲んで、災難に遭った者達を救いたいのです。貴方は麓の村人たちから龍神と呼ばれていたのですか。そのようにお聞きしております。どうか私たちの前にも姿を見せて下さい」


 やがて白い竜がアイダたちの前に現れた。


「久しぶりの訪問者ではないか。だが、お前たち人間では無いな」

「はい、二人とも精霊界の者です」


 ただし、レイラに関しては少し違うのだが……


「んっ!」

「…………」


 白竜の視線がレイラで止まった。


「その方――」


 やはり神の使いの前では、正直に話さなければならないようである。


「私は、その……」


 白竜の視線を受け、レイラが言い淀んでいる。もう何度言い訳をする場面に遭遇した事か。


「あの、悪、魔、です」

「…………!」


 もうこういう時は何て言ったらいいのか。毎回頭を悩ますレイラである。


「悪魔だと」

「はい、でも……」


 うなだれるレイラであるが、その様子を見た白竜は、それ以上の追及をしなかった。


「どうやら事情が有るようだな」


 その穏やかな言葉を聞き、ほっと胸をなでおろすレイラである。そしてアイダの願いを聞いた白竜に異存は無かった。


「分かった、池の水を汲んで村の者たちに飲ませるがいい」

「有難うございます」







「助かった!」

「もう豚はこりごりだぞ」


 池の水を飲み、元に戻ったワイナやトゥパックが自分の身体を見やり呟いている。


「アイダ大変、また隣村に四頭竜が現れたようです」

「えっ、ではすぐ行きましょう」


 そこの村人にも水を飲ませて疫病などを治癒した直ぐ後である。翌日に四頭竜が現れ、再び毒の息を吐きかけ始めたと言う。


「これは!」


 村に到着してみると、空を覆うほどの巨大な四頭の竜が、上空からうねうねと村を見下ろしているではないか。幸い池の水を飲んだ直後の村人にはまだ毒の被害が及んでいないようである。

 上空に浮かぶ四頭竜は、四体の竜が合体しているようで、腹に小さな青や黄色、赤い斑点がびっしりと並んだおぞましい姿である。ワイナたちはすぐさま剣を抜いたが、


「待って」


 まずアイダとレイラが呪文攻撃を開始する。


「アラカザーー、アラカザンヴーー、トシャザムスヴァーハー」

「アラカーー、シャーーヴォアーーシャザムスヴァーハースヴァーハー」


 しかし相手はやはり神の使いであり、全く効かない。


「やっぱりだめね」


 地上に立つワイナたちが、上空を飛び続ける竜を討つのも不可能だ。


「よし、ならば儂がやろう」


 ドラゴンの姿になったバーブガンが舞い上がり、四頭竜に向かって火炎攻撃を始めた。

 だが、


「炎が通り過ぎているぞ」


 バーブガンの吐く炎も、まるで竜の実態が無いかのようにその身体を素通りしてしまう。

 この時、


「また出てきおったか」


 アイダたちの前に白竜が現れた。


「…………」

「こ奴を討つには首を落とすしかないのだ」


 白竜の助言である、だが、どうしたら首を討てるのか。呪文やドラゴンの炎も通用しないのに、剣で討つことなど出来るのか。


「まてよ、たしか、あいつはワイナの神剣に微妙な反応をしたではないか」


 確かに以前黒竜がワイナの剣を見てビクッと反応していた。女神ダヌから授けられた神剣ヌアザなら首を討てるかもしれないのである。


「ではバーブガン、おれをお前の背中に乗せてくれ。四頭竜に近づくにはその手段しか無い」

「よかろう」


 神剣を手にするワイナを見た龍神こと白竜のアドバイスが有った。


「その剣なら奴を討てる。だがただ一点、黒竜の首だけを狙え。いくら他の竜を攻撃しても無駄だ」


 四頭竜を討つには、黒竜の首を取るしか方法が無いと言うのである。バーブガンはワイナを背に乗せ舞い上がった。

 ワイナがバーブガンの背中で叫ぶ、


「バーブガン、かまわないから彼奴に向かって突っ込んでみてくれ」

「分かった」


 ドラゴンのバーブガンが風を切り四頭竜に向かって行く。凄まじい激突が起こると思われたその時、


「んっ」


 なんとバーブガンの身体が四頭竜の中を通り抜けたのである。


「やっぱりな、此奴には実体が無いんだ」


 こうなったら神剣ヌアザがどこまで通用するのか、やってみるしかない。


「バーブガン、もう一度突っ込んでくれ、今度は黒い竜の頭を狙う」

「よし!」


 再びバーブガンの頭が黒い竜に激突寸前、剣を構えたワイナの身体が飛んだ――


「イエッーー」


 神剣ヌアザが空を切って振り下ろされ、


「ギャッーー」


 黑い竜の口が大きく開くと、ワイナをにらみつけ、その姿が揺らいでゆく。

 ワイナはそのまま落下――

 一転し、急降下したバーブガンは素早く身をひるがえして仰向けになる。そして落ちて来るワイナの身体を開いた爪で受け止めた。


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