第16話 ラブリーエンジェル!

 再び、轟音。

 グレーターデーモンの咆哮が空気を震わせた。

 悠真はバトルメイスを構え、正面から突っ込む。


「おらぁあああああっ!!!」


 鈍重な一撃、しかし、重い。

 メイスが悪魔の肩口を直撃し、肉と骨の潰れる音が響いた。

 グレーターデーモンが苦痛に身をよじり、血のような黒い液体を撒き散らす。


「まだまだぁっ!!」


 悠真は畳みかける。

 腕の筋肉が膨張し、二撃目、三撃目。

 だが、悪魔も黙ってはいなかった。


 「グルルルルルッ!!」


 鋭い爪が振るわれ、悠真の胸を裂いた。

 赤黒い血が飛び散る。

 観客席代わりのコメント欄が一斉に沸く。


 :うわああああ!

 :出血えぐい!!

 :防具意味ねぇ!

 :グロ注意!!

 :これ生配信で流していいの!?


 それでも悠真はひるまない。

 拳を握り直し、歯を食いしばる。


「痛ぇな……! だが、ようやく昔の勘が戻ってきた気がするぜ!」


 再び踏み込み、悪魔の胸にメイスを叩き込む。

 骨が砕ける鈍音。

 グレーターデーモンが苦鳴を上げた。


 「グオオオオオオオッ!!!」


 翼が大きく広がり、悠真を突風が包む。

 悪魔はそのまま宙へと舞い上がった。


「逃がすかよっ!!」


 悠真は地を蹴って跳ぶ。

 だが、空を自在に飛ぶ悪魔に届くはずもなく、重力が彼の体を引き戻す。

 膝をつきながら舌打ち。

 悠真は、わずかに口角を上げた。


「……なら、こうするまでだ」


 バトルメイスを背に回し、掌を突き出す。

 赤い魔力が収束し、灼熱の火球が形を成した。

 ファイアボール。

 初級魔法ではあるが、悠真が放つそれは尋常ではない威力だった。

 空を裂くように飛び、悪魔の翼に直撃。


 爆炎が弾け、グレーターデーモンが苦痛の咆哮を上げる。


 :ファイアボール!? 召喚士なのに!?

 :いや待て、こいつ前衛やろ!?

 :殴って魔法撃つオークとか反則だろwww

 :空飛ぶ豚 vs 焦げた悪魔wwww

 :飛ばねえ豚はただの豚だって昔の人が言ってただろ!


 炎に包まれながらも、グレーターデーモンは体勢を立て直す。

 焦げた翼を広げ、地上の悠真を睨みつけた。

 次の瞬間、悪魔の背から黒い魔力が立ち昇る。

 周囲の影が動き、いくつもの分身が生まれていく。


 :うわっ!?分裂した!?

 :これヤバいやつ!!

 :Bランク悪魔の本気モードきた!!

 :悠真、逃げろってマジで!!


 悠真は構えを取り直し、低く息を吐いた。

 目の前に立ちはだかる十体の影。


「上等だ……! 来いよ、まとめて相手してやる!」


 火花と闇が交錯し、戦場が再び爆ぜた。

 闇の弾幕が、空間を埋め尽くす。

 十体のグレーターデーモンが一斉に魔法を放ち、黒い閃光が雨のように降り注ぐ。


 床が抉れ、岩片が飛び散る。

 悠真は全身を駆使して走り抜けた。

 肩を掠める闇弾、すぐ背後で爆ぜる影の衝撃波。


「くっ……! 避けきれねぇっての!」


 息を切らしながら目の前の分身へ飛び込む。

 メイスを横薙ぎに振り抜くと影が爆ぜて霧散した。


「一体!」


 続けてもう一歩だが、すぐに背後から放たれる闇の槍。


「っ!」


 避けきれず、肩口に突き刺さった。

 灼けるような痛み。

 同時に視界の端に紫のデバフアイコンがずらりと並ぶ。

 鈍足、痛覚増幅、混乱の三重苦が悠真を襲った。


「ぐ……あああっ!!」


 膝が折れ、呼吸が乱れた。

 冷や汗が頬を伝う。

 頭の中がぐらぐらと揺れ、地面の感覚が曖昧になる。


 :やばいやばいやばい!!

 :悠真っ!!

 :立て! オーク!!

 :もう無理だろ、あれ……

 :誰か助けろって!!


 澪は歯を食いしばり、思わず一歩踏み出した。


「悠真……っ!」


 しかし、彼はまだ倒れない。

 地を握りしめ、歯を噛み砕かんばかりに力を込めた。


「……ハッ……」


 乾いた笑い。

 血混じりの息を吐きながら悠真は顔を上げた。


「この程度……今まで何度も潜り抜けて来たんだ!」


 片目を閉じ、にじむ視界の先には十体の悪魔が空中で蠢いている。

 悠真はその光景を見据え、唇の端を吊り上げた。


「……でもな、流石にちと厳しいか? まあいいさ!」


 悪魔たちが一斉に動く。

 羽ばたきと共に闇の風圧が吹き荒れ、複数の分身が牙を剥いた。

 グレーターデーモンが勝利を確信したように全ての影をまとめて突撃させる。

 澪の瞳が大きく見開かれる。


「来るっ……!!!」


 悠真は血塗れの手でメイスを握り直した。

 ふらふらと立ち上がりながら、それでも笑った。


「……上等だ。かかってこいよ……!」


 その瞬間、炎のような闘気が彼の体から立ち昇る。

 まるで心の奥底から何かが再び燃え上がるように。


 :うおおおおおおお!!

 :立った!!立ったあああ!!

 :豚が立ったあああ!!

 :もはや勇者やんけ!

 :こいつ……まだ戦う気だ!!


 十体の悪魔とひとりの男。

 地獄のような乱戦が始まる。


 闇が世界を支配していた。

 十体のグレーターデーモンが空と地を埋め尽くす。

 悠真は血に濡れたバトルメイスを握りしめ、歯を食いしばる。

 足元はふらつき、意識が霞んでいく。


「まだ……だ……まだ終わっちゃ……」


 振るう。

 それでも振るう。

 血まみれの体で、ただ前に出る。


 「グルルルルッ!!!」


 悪魔の爪が無情に振り下ろされた。

 悠真の防御は追いつかない。

 肩、腹、脇腹、太腿――あらゆる箇所が裂かれ、鮮血が舞う。


「が……あああっ!!」


 絶叫。

 床に叩きつけられ、バトルメイスが転がる。

 鉄の匂いと、焦げた闇の臭気が混ざり合った。

 グレーターデーモンの群れが勝利を確信したように空へ舞い上がる。

 そのうちの一体が止めを刺すべく爪を掲げた。


 その瞬間、光が弾けた。

 真っ黒なフロアを突如として光輪が照らす。

 白銀の羽根が散り、神聖な風が吹き抜ける。


 :うわっ!?

 :なに!?なにが起きた!?

 :光!?

 :……え、天使!?

 :ラブリーエンジェルきたあああああああ!!!


 カメラが自動的に光の方向へ向く。

 操っているモモが思わず息を呑んだ。


 光の中心に立っていたのは澪だった。

 彼女の背からは純白の羽が広がり、頭上には輝く輪が浮かんでいる。

 淡い金色の髪が光を受けて流れ、白銀の甲冑が光の粒子を散らした。

 澪のスキルである守護天使が発動していた。


「やらせないッ!!!」


 その声は轟音をも打ち消すほど強かった。


 次の瞬間、澪は疾風のように動いた。

 翼の羽ばたきで加速し、分身体の一体を蹴り飛ばす。

 衝撃波が走り、残りの影もまとめて吹き飛んだ。

 彼女はそのまま悠真のもとへ飛び込み、地面に伏した彼を抱き起こす。


「悠真っ!! しっかりして!!!」


 悠真の血で光る鎧が染まる。

 澪の顔にも汗と涙が滲む。

 グレーターデーモンたちが再び動き出すが澪は片手を掲げ、輝く魔法陣を展開した。


守護方陣セイクリッド・バリア!」


 光の壁が四方に広がり、闇の魔法を弾き返す。


 :ラブリーエンジェル本気だ!!

 :羽やばい!!

 :CGみたいな光景!!

 :この人……本当に天使なんじゃ……?

 :悠真、モテ期きたwww


 澪は息を荒げながらも、倒れた悠真に笑いかける。


「もう……無茶しすぎなのよ、バカ……」


 悠真は半ば意識を失いながらも、口元だけで笑った。


「……ラブリー……エンジェル……登場ってか……」

「誰がラブリーエンジェルよっ!」


 怒鳴りながらも、その声はどこか震えていた。

 光と闇。

 二人の戦場はまるで神話のような輝きを放っていた。

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