第15話 60階層

 第六十階層。

 そこは今までの階層とは明らかに空気が違っていた。

 明らかにこれまでとは違う雰囲気。

 澪も今までのような軽口を叩くことなく、息を整える。

 その横で同じように息を整えている悠真がいる。


「……ボスフロアね。覚えてるの?」


 装備を確かめながら悠真へ問いかける澪。


「覚えてるさ。中級悪魔グレーターデーモン」

「そう。ちゃんと覚えてたのね……」


 澪は小さく呟き、表情を引き締める。


「物理も魔法も一級品。特に厄介なのが闇魔法。鈍足、混乱、恐怖、暗闇……どれも厄介なデバフばかりだったな」


 悠真の声が少し低くなる。

 その目にかつての記憶が滲んでいた。


「昔、ここで一回全滅しかけたんだよ。グロドンとギル、それにミミがデバフで動けなくなって……俺も結構ギリギリだった」


 その言葉に澪は小さく眉を寄せる。


「……じゃあ、また同じ相手に挑むのね」

「ああ」


 悠真は肩を回し、バトルメイスを構えた。


「しかも、今回は俺、単騎だ。覚悟決めなきゃな」


 :60層ボスきたぁぁぁ!!

 :グレーターデーモン!?

 :Bランクでも死ぬやつじゃん!!

 :オーク悠真の復活戦、第二ラウンド開幕

 :澪たんの支援くるぞ!ラブリーエンジェルタイム!!


 淡い青光を放つ結界扉、ボス部屋の前に立ち止まっていた悠真と澪は青白い光の中へと足を踏み入れる。


 薄暗い空間。

 床には黒い文様がびっしりと刻まれ、まるで地獄の門を模しているかのようだった。

 天井から滴り落ちる液体は血のように赤く、見上げるだけで息が詰まる。

 暗闇の奥から、低く嗤う声が響いた。


「グォォォ……!」


 赤い魔法陣が床に浮かび、そこから巨大な影が立ち上がる。

 身の丈三メートル。

 黒紫の皮膚、背中には二対の翼。

 目だけが燃えるように紅く光っていた。


「出たな……グレーターデーモン!」


 悠真の声がフロアに響く。


 :デーモンかっけぇ……

 :この演出マジでゲームみたい

 :BGM脳内再生余裕w

 :生配信でやるレベルじゃねえww


「澪、危なくなったら頼む!」

「了解!」


 次の瞬間、爆音。

 悠真が突進し、バトルメイスが炎を纏ってデーモンの腕と激突する。

 金属音と魔力の衝突音がフロアを満たす。


 澪はフロアの端、岩陰に身を潜めていた。


「……今回はリハビリ。危なくなったら助けに入る。それまでは見守るわ。気張りなさいよ!」


 悠真はひとり、広大な円形のボス部屋の中央に立つ。

 頭上の魔法陣が不気味に明滅し、闇の瘴気が空気を重く染める。

 グレーターデーモンが、爪を鳴らした。


「ガアアアアッ!」

「さて、今の俺がどこまで通じるか、だ!」


 悠真は低く呟き、バトルメイスを何度も振るう。

 魔力が爆ぜ、デーモンの周囲に闇の靄が広がる。

 澪の視界に即座に分析ウィンドウが浮かぶ。


「闇属性、デバフ魔法展開……!」


 澪の指が震えた。


 :きた!!

 :闇魔法くるぞ!

 :悠真逃げろおおおお!!

 :鈍足入ったら終わりやぞ!


 デーモンの指先から放たれた黒い槍ダークランス

 悠真は横に跳び、髪をかすめて通り抜けた槍が壁を抉る。

 すぐに踏み込み、メイスを振り上げる。


「せぇぇぇぇいっ!!!」


 渾身の一撃。

 だが、デーモンは片腕で受け止め、口角を吊り上げた。


「グゥゥ……!」

「ちっ! 少しは痛そうにしろよ!」


 悠真の脚が地面をえぐる。

 その瞬間、グレーターデーモンの足元に闇爆ダークボムが展開。


「くそ! デバフ罠か!」


 爆発と同時に悠真の足が鈍くなる。

 視界の端に、薄紫のアイコンが浮かんだ。


「鈍足のデバフ……!」


 澪が思わず叫ぶ。

 デーモンの影が動く。

 鈍った悠真に爪が迫る。


 :あああああ!!

 :やばいって!!

 :澪たん動け!!

 :いや、まだ悠真が……!


 ギリギリのところで、悠真はバトルメイスを盾代わりに構えた。

 爪と金属が激突し、火花が散る。

 だが、勢いに押され、悠真の身体が床を滑った。


「ぐっ……!」


 壁に背をぶつけながらも彼は立ち上がる。

 息が荒い。

 汗が額を伝い、血の味が口に広がる。


「グゥゥォォォ!」

「……あーくそ! 足が重てえなぁ!」


 悠真は鈍った足を無理やり動かし、前に出た。

 その目は炎のように燃えていた。


 :うおおおおお!!

 :まだ立つのか!?

 :オーク悠真、ここで折れるな!!

 :Bランクの意地見せろ!!


 デーモンの掌に闇が渦巻く恐怖の咆哮メトゥス・ロア

 精神を蝕む魔法で相手を恐怖に陥れ、一時的に動けなくする恐ろしい魔法である。

 澪の顔が凍りつく。


「来る……!」


 悠真の身体が一瞬硬直。

 闇の波動が襲い掛かる。


 空気が震え、闇の波動が押し寄せる。

 澪の肌にまで悪寒が走り、息が詰まる。


「(まずい……! あれをまともに食らえば精神が崩壊する!)」


 だが、悠真は一歩も退かない。

 その表情には確信があった。


「……もう対策はできてんだよ」


 悠真は大きく息を吸い込み、全身に魔力を巡らせる。

 そして、カッと目を見開き、大きく口を開けて吼えた。


「おおおおおおおおおおおおっ!!!」


 轟音がフロア全体を揺らし、デーモンの咆哮を真正面から打ち消す。

 闇の波動が砕け散り、黒い靄が霧散していった。

 澪は驚愕の表情を浮かべる。


「まさか……魔力咆哮で恐怖を相殺したの!?」


 悠真は肩で息をしながら口角を吊り上げた。


「ビビらせ合いなら、俺の勝ちだな」


 その瞬間、コメント欄も大いに盛り上がった。


 :豚の咆哮wwwwwww

 :オーク絶叫するなwww

 :出荷前の断末魔で草

 :ブヒィィィィ!!!って聞こえたぞw

 :怖ぇけど笑うwwww

 :これもうホラーコメディやん


 コメント欄は爆笑の嵐だった。

 澪が額を押さえて小さく呟く。


「……そういえば、今も配信されてるのよね?」


 悠真はデーモンに睨みを向けながらも、わずかに苦笑した。


「ああ。どっかにモモが潜んでると思うぜ。まあ、今はどうでもい。勝てばいいだけだからな」


 そう言い放ち、悠真は再びメイスを構えた。

 咆哮で相殺された闇が晴れ、今度は本当の殴り合いが始まる。


 :よっしゃああああ!!

 :オーク悠真、マジでカッケぇ!!

 :笑わせにきてんのに強いのズルいw

 :これが下剋上された召喚士の底力か!


 悠真とグレーターデーモンは再び、ぶつかり合うのであった。

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