第11話 天海百合の決意(百合視点)

 流れは非常によろしい。

 『突発性性転換現象』を起こした兄様は今後、女性として戸籍などあらゆる情報が書き換えられるようです。


 その副次的な要素として、現在の高校は退学扱いになり、別の高校への編入を求められることになりました。

 まるで厄介払いするようなその対応に、母様は納得がいっていないご様子。

 兄様も落ち込んでいらっしゃり、私も怒りでこの月の平均気温を2度ほど上げてしまいそうな勢い――と、言いたいところですが、正直「クソ対応グッジョブ!」という気持ちもあります。


 なんたってこれで兄様という存在が宙に浮き、私と同じ白姫女学院高等学校に編入させる目が現実的になったのですから。


 ただ、落ち込む兄様も実に可愛らしく……兄様の無敵っぷりには感服させられてばかりです。まあ、私が必ず私が笑顔を取り戻して見せますけどね!


 さて、この追い風の状況。

 私も今すぐ白女に行き、編入に必要な情報収集や根回しを進めたいところでしたが……まずは兄様を慰めるのを優先させていただきました。


 女性になってしまった兄様は近隣住民からの風聞が降りかかることを気にして家からも出られないご様子。私や家族を気遣ってのことだと思いますが兄様は優しすぎます。ラブ。

 当然、父様と母様もそんな兄様を心配しされていましたが……そこは私が兄様をお世話すると全て引き受けさせていただきました。兄様が不安なら、私が動かないわけにはいかないでしょう。


 我が家の両親は共働き。会社を休むのは中々面倒な手続きが必要だと聞きます。対し私は先生方からの覚えもめでたく、多少休みを取るくらいであれば、まぁ良いとは言えませんが融通は効きやすい。

 しっかり勉強し、この遅れは必ず取り返しますと誓った上で、私は兄様のお世話する許可を得ました。根回しなどはその後です。


「兄様、おトイレの仕方は分かりますか? 私が手取り足取りお教えしますよ」

「自分でやる」

「兄様、お体を洗うのも大変でしょう。私は十五年女性をやっている先輩です。どうか先輩の私に体を洗うお手伝いをさせてください」

「遠慮します」


 まったく、兄様のいけずうなんだから。

 でも兄様は女性になられてもやっぱり兄様です。ガードがお堅い。簡単に体を委ねない高潔さを感じさせます。そういうところも愛しています。


 ……さて、そんな兄様への軽めの愛情表現という名のジャブを打ちつつ、兄様に白女に入学してみないか提案してみました。

 家族や家計にに迷惑をかけたくないという優しい兄様は、学生寮完備なところに惹かれたご様子。しかしやはり学力面で難しいと感じられているようです。


 私はぴっとりくっついて勉強をお教えすると息巻きましたが……正直、兄様に教えるとなると、私はまだ習っていない二年の範囲をカバーする必要があります。

 もちろん兄様のためなら火の中、水の中、二年時の学習範囲の中、という覚悟ではありますが、それでは兄様には余計な気を揉ませてしまうでしょう。兄様の優しさは天井知らず、天の雲を突き破り、太陽の如くこの世界をあまねく照らしています。


 ああ、私が兄様の一学年上の妹であれば、兄様に手取り足取り、他の所も色々取りながら問題無く教えて差し上げられたのに!


 ……しかし、この点ももしかしたら問題無く解決できるかもしれません。私に策有りです。


「百合、今日はちゃんと学校行けよ」

「分かっています、兄様」


 朝、兄様がわざわざお声をかけに部屋まで来てくださいます。もちろんそろそろ登校時間なので、既に制服に着替え済み。兄様と一緒に過ごせないのは名残惜しいですが、諸々の確認のため、今日は学校へ行かねばなりません。


「兄様、寂しいでしょうが少しの辛抱です。全て終わったら必ず帰ってきますから」

「ボクは甘え盛りのペットか!?」

「兄様がペットだなんてとんでもない。むしろ私がペットになりたいくらいです。もしも兄様が私の首にリードを巻いて、お散歩に連れて行ってくれたら……ああ」


 想像しただけで腰が砕けかけました……さすが兄様。イマジナリー兄様でもしっかり質量を持って殴ってきますね。カッコよすぎます……!


「……遅刻するなよ」


 ああっ、兄様!? ……行ってしまわれました。でも、冷たい兄様も素敵。


「……全部上手くいったら、兄様は褒めてくださるでしょうか」


 つい、未来に思いを馳せ、そんな願望を呟いてしまいます。


 でも、褒めてくださらなくてもいいんです。私が上手くやれれば、兄様と一緒に高校に通える、一緒の寮に住める……妹として最高すぎる報酬です。


「兄様、私はやります。兄様と歩むヴァージンロード……私達はもう既にそれを歩み出しているのですから」

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