第9話 天海百合という妹(百合視点)
――ゆり、しょーらいそーりだいじんになる。
あの日、私は兄様におんぶされながら、その『二つ目』の夢を語りました。
始まりは、そう。友達の雪ちゃんと話してた時のことです。
「このあいだね、おにいちゃんといっしょにげーむしたの!」
幸せそうにその素敵な思い出を話してくれる雪ちゃんに私も嬉しくなりました。
だって、兄様と同じ時間を過ごせるなんて、それはもう、人生で一番といっても過言ではない幸せな時間だから。
雪ちゃんの兄様とは会ったことはありませんでしたが、さぞ素敵な人なのでしょうね。だって、兄様なのだから。
「きっも」
そんな時、会話に加わっていなかった羽馬さんが、そう口を挟んできました。
「え……」
「あにといっしょにあそんでよろこぶとか、ブラコンってやつじゃん。そういうのきもいってきいたし」
突然暴言を吐かれて、固まる雪ちゃん。
雪ちゃんは全然間違ってなかったのに……羽馬さんはこういう子でした。
いきなり人に酷いことを言う、気の強い子。悪口を言っていれば他人より偉くなれたと勘違いする子。実際に、そんな彼女を強いと思って、取り巻きになる子も多くいました。彼女はクラスの中心に立ったと思い込んで、いっつも大声で偉そうに人の悪口を言っていました。
私はそんな彼女のことを好ましくないと思いつつ、無視していました。殆どの人はそう。わざわざ間違ってるって指摘してあげるほどの情はないし、変に目をつけられても面倒なだけですから。
でも……私の友達を傷つけるなら、そして兄様を慕う気持ちを侮辱するのであれば、黙っている謂れはありませんでした。
「あやまって」
「は? なにをだし」
「ゆきちゃんと、そのおにいさまにあやまって」
普段はあまり怒らない私ですが、あの時は初っぱなからフルスロットルでした。ええ、だって、話題が話題ですから。
兄様と遊んで喜ぶのが気持ち悪い? それって、生きるのに水を飲むなんておかしいって言ってるのと同じだって気付いてます?
そんな私に羽馬さんも驚いたのでしょう。見るからに動揺して、後ずさってました。
「な、なんであやまんなきゃいけないの。あたしまちがってないし! あたしもあにきいるけど、いっしょにげーむとか、そんなきもいことしないし!」
「それははばさんがおかしいだけでしょ」
「はあ!?」
「おにいさまとなかよくないいもうとなんて、いない」
私はそう、探偵が犯人に引導を渡すが如く整然と言い放ちました。
……いや、まあ、はい。今ではそう単純な話ではないと多少は理解しています。どうしても仲良くできない兄妹というのがこの世に若干存在することは。
けれど、当時の私からすれば、それは本当にあり得ないことでした。太陽が西から昇るくらい、ありえないことでした。
「はばさん、しっとしてるんでしょ」
「し、してないし!」
「だったらなんでそうやってつっかかってくるの。ぬすみぎきまでして。はばさんにもおにいさまがいるならふつうにはなしかけてきたらいいのに。じぶんがおにいさまとうまくいってないから、しっとしてるんだ」
「してないしっ! つーか、あにきとなかよくとかきもいから!」
「なんで? いもうとがおにいさまをすきになるのはあたりまえじゃん」
「っ……!」
今ではそれが当たり前ではないと理解しています。
しかし、あの時放った、私が世界の真実だと疑って止まなかったそれは、確かに羽馬さんにも刺さったようでした。
彼女は目に涙を溜め……しかし、まだ認めようとはしませんでした。
そして……彼女も持つ、真実という切り札を振りかざしました。
「だって、おにいちゃんとは『けっこん』できないんだよっ!?」
「………………は?」
私は自分の牙城にヒビが入るのを感じました。
兄様と結婚できない? なんて戯れ言を。
そう否定しながらも、羽馬さんの持つ言葉の強さ、その言葉が持つ真実に、足下が崩れかけるのを感じました。
そしてトドメに――。
「そう……おにいちゃんがいってたもん……」
「っ!!」
羽馬さんのの言葉は、私の心をこれ以上無いくらい強く叩き伏せました。
私にとって兄という生き物の言葉は絶対。兄は妹に真実しか吐きません。羽馬さんのお兄様が羽馬さんにそう言ったのであれば、もはや覆す術はありませんでした。
もしも私が事前に兄様に「兄妹は結婚できる」と言質を頂いていたのであれば、耐えられたかもしれませんが……いえ、もしもそうだったら、正しく古事における『矛盾』の如く、二つの背反する真実がぶつかり合って対消滅を起こし、私という存在は宇宙の彼方に存在する重力場、ブラックホールに飲み込まれたかのように欠片も残さず消滅して板に違いありません。危なかった。まさに不幸中の幸い……なんて、当時の私が余裕を持って考えられるはずもありませんでしたが。
「そんなのうそ!」
「ほんとだもん!」
「うそつくな!」
「うそじゃない!」
真実に心をボロボロにしながらも、聞き分けの悪い幼さで必死に心をつなぎ止めた私は、自らの放った真実に傷ついていた羽馬さんに必死に抵抗しました。当然そんな私に羽馬さんも言い返してきます。
けれどお互い小学一年生。口喧嘩なんてどちらも得意なわけありません。
そこからは中身のない暴言をぶつけ合い、さらには手を出して……結局先生が割って入ってくる頃にはお互いボロボロになってしまっていました。
そして喧嘩両成敗の判決が下される中、私は先生に聞かされました。
「天海さん、きょうだい同士は、結婚できないのよ」
大人……それも先生と呼ばれる彼女から告げられたその判決理由に、私はとうとうそれを認めずにはいられませんでした。いえ、兄の言葉に比べれば幾分か軽い物ではありますが、既に糸が切れてしまっていたことを自覚するには十分なものでした。
これまで私は当たり前のように兄様を慕い、兄様を愛し、兄様と添い遂げると思ってきました。
……いえ、今だってその思いは変わりません。
それは私が妹に生まれたのだから当然のこと。だって私は兄様の妹なのだから。
考えてみてください。私には父様と母様の血が半分ずつ流れています。兄様にも父様と母様の血が半分ずつ流れています。
父様と母様は愛し合って、兄様と私を産みました。
父様を愛する母様の血が、母様を愛する父様の血が、私には流れている。
そして父様に愛された母様の血が、母様に愛された父様の血が、兄様には流れている。
だったら、私達が惹かれ合って愛し合うのも自明の理ではないかと、わたしは思うのです。
しかし……この国、日本の法律ではなぜか兄妹の結婚が認められていません。これは重大な欠陥です。なぜ許されないのか、道理が通っていません。
私はこんなにも兄様を愛しているのに……許されないなんて。
思えばその真実を告げた先生方も、どこか申し訳なさそうに、いえ、悲しげに見えました。彼らも納得できていなかったのでしょう。しかし、それがルールであれば、従わなければならないのが大人というもの。
そんなの間違っていると思いつつ、小学校一年生の私には抗う術がありませんでした。
けれど……そんな理不尽さに打ちのめされたからこそ私は二つ目の夢を見つけました。
それこそが――
「ゆり、しょーらいそーりだいじんになる」
そう……世界が間違っているのであれば、世界を変えられる存在になればいい。即ち、総理大臣になり、法を変える。正しく、兄妹が結婚しても良い、と。
法が邪魔をするなら取り除いてしまえばいい。たまたまテレビで、総理大臣が記者会見をしている映像を見ていたものですから、それが偉いポジションなのだと、当時の私もなんとなく理解していました。
法律を変えるのは一筋縄ではいきません。ましては女性総理ともなると……そのハードルが非常に高いことは私自身理解しています。
しかし、法を変えねば、私は兄様と結婚できない。
私の一つ目であり、最大の夢が、叶わない!
そんなの許せません。最初から夢を諦めろなんて人生に対する侮辱ではないでしょうか。
ならば止まるわけにはいかない……私はこの日、何よりも大切な兄様に、それを誓いました。
待っていてください、兄様。必ず私は成し遂げます。
愛する兄様を手に入れるため、そして兄様に私を手に入れてもらうため……必ずこの国のトップに立ち、兄妹婚を認めさせてみせます!!
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