第三十一話 未来が見えてきたようです

「なっ、これでもリーヴ兄さんが出てくるまで待ってたんだぞ!」

 驚愕の表情で第三王子ラシャは、いや、王子という肩書きはなくなっている。

 チェヴィリ辺境伯、ラシャ・チェヴィリだ。

 一応は元王子としては辺境で統治を行っている。他の辺境伯には目の上のたんこぶかと思うが、悪税などがないよう「すぐに王へ進言できる立場」は強い。

 ラシャが婿入りするまでは、決して風の通りがよかった訳ではないので、有り難い話なのだ。

 そんな彼が婿入りしたのは、一言ならばチェヴィリ辺境伯の一人娘であるアベリルの存在である。

 通例であるのだが、年に一回は王都に集まってパーティを行う。

 この行事で、ラシャはアベリルに出会い、一秒で結婚を申込み、父と母に許可を貰い、次の日には布令が出て、荷物を纏めてチェヴィリに「帰って」行った。

 共にいた私兵たちは大変混乱したと聞く。

 後の話だが、アベリルは反対したという。当たり前だ。王族の一人が突然、結婚すると言い、三日も経たずに外堀が埋まっていた。

 反対と言っても結婚というより「立場を考えてください」だったらしい。

 ラシャは決して、王族という立場を使って……ちょっとは使ったか、心から愛していると聞かなかったという。

 最後はほだされて、今や二児の母であり来月には三人目が生まれる予定だ。

「うう、結構真面目な話をしていたから様子を見ていたのに、まさか目的を忘れたのではないだろうなっ」

 ピッと三つぐらいの手紙を見せて、

「ああ」とラズリルは思い出した。

 レゼンも思い出したのだが、とても重要なことだったのに頭から抜けていることに、自分で頭を叩く。

「この件で、わざわざ兄上が?」

「いんや、アベリルの出産が間近だからな。パーティには来れないし、ここに帰るのも、いつになるかわからん。だからカミルとルヴィクの顔を父上と母上に見せにきたんだ」

 尊敬がガラガラと崩れていくのが分かるが、こういう人なので崩れるものも少ない。

「よかったな、お前ら。父上たちに怒られる前に、孫に会わせて機嫌を取る。これでお前たちへの怒りも少しは収まるだろう」

「そんなことないと思いますよ」

 一応、レゼンが突っ込むが、本人は聞いていないようで自分の近状を話している。

 ラズリルが呆れてラシャが差し出した手紙を受け取り、一枚、二枚と読んでいく。

「ふうん」

「はっきり言おう、ぼくが甘かったな。最近は各領地が静かで村は目に入れずにいた」

 呟いたラズリルに、ラシャは続ける。

「その「米」とやら。国境線にある村を使って栽培していたようだ。最初は他国の者が指導をして作っていたと。今回のオルーチ村で露見したのは、大きな開拓になると思い、誰かを派遣されると感づいて「逃げた」のだろう」

「これじゃあ、相手を捕まえられないね」

 その通り、とラシャが言う。

「不徳の限りだ」

 バッと大仰にラズリルへ手を向けると、あと一つと口にする。

「出荷先か」

 ラズリルはレゼンに手紙を渡すと、思った通りの場所だった。

『王宮ハルタ』

 つまりは王自ら貿易をしているのである。

「見た限り、こっちの米を買い叩いて他国に「それなりの額」で売ってるんだろうね」

「王がッ! とお前たちは思うかも知れないが」

「分かっています。もう金について回る首がないのでしょう。さらに出荷先は分かりましたか?」

 大仰に振る舞っていたラシャは、ふうと身体を正すと、

「隣国のジュリアだ」

 ぴくりとラズリルが反応する。

 ラシャは、

「あの不毛の大地というジュリア。かのエドゥアルド王は義を重んじている人だ。怪しいものに手を出す訳がない。どこかの悪徳商人と繋がり、さらに王に献上される。ややこしいことになっているぞ。これが露見すればハルタ国は潰れるかもしれん」

「分かっていたことです」

 レゼンは瞳を閉じて紙をたたむと封筒に入れ直して、自分の机の上に置いた。

「悪徳商人と言えど、なにかしらと地位はあるんだろうな」

 締めくくるとラシャは腕を組んでレゼンを見る。

「ハルタ国に行くというのは本当か」

 目が細められ、瞳がレゼンを射抜いた。

「……もう皆が知っていることです。終わらせにいくつもりです」

 それにラズリルは視線を床の絨毯に置いて、

「レゼンのわがままで行くことになったんだ」

「ラズリル」

 わがままとはなんだ、わがままとは、とレゼンの瞳は空色の瞳を見たが、それは拗ねている子供のようで、元々戻さない為にラズリルは行動していたことを思い出してレゼンはため息をついた。

「調べて頂きありがとうございます」

「いや、辺境の頭取として情けない限りだ」

 ラシャの言葉に首を振り、頭を下げる。

「いつまでこちらにいるんだい?」

「洞窟の件で怒られてから一週間以内には。有り難いことに私兵を二十名ほど俺につけてくれるということで、あとは小道具を揃えて陸路で」

「海路ではなく?」

「商人を装って密かに行きたいんです。海路だと品物やなんやらと検分されますので。陸路なら賄賂が簡単に使えますしね」

 その言葉にラシャが、ぱちぱちと目をしばたたく。

「成長とは凄いものだなあ」

 あはは、と笑い。暖かい目でレゼンを見て、少し拗ねているラズリルに向け、

「聞いた。少しは大人にならないか」

「……まだ若いんです」

 ラズリルの返しに、またラシャは笑って「行くか」と口にする。

「どこに?」

「当たり前だろ、父上と母上のところだよ」

 二人は「ウッ」という顔になり、またラシャを笑わせた。

 レゼンの部屋を出て、歩く道で二人は「うう」と言いながら歩き、何度もラシャを笑わせている。

「言っておくが、ぼくだって怒るぞ?」

 小言を貰いつつ、歩いて行けば「きゃっきゃっ」という子供特有の声がして、中庭を見た。

 カミルが庭を走り回り、ルヴィクはキャト・リューズの腕の中で寝ている。

「おじいさまとおばあさまを困らせてはいけないぞ、カミル」

 逃げ回っていたカミルを捕まえて、

「カミル、久しぶりー、ラズリルおじちゃんだよ」

「らーちゃんっ、れぇたんっ」

 舌っ足らずの声が、一瞬、和やかな空気を作ったが、すぐにロンダルギアとキャト・リューズからの視線が二人を凍らせる。

 その場にはバウンドもいて、事の話をしたのだろう。

 孫たちの前だが視線が痛い。

 その日はカミルとルヴィクを含め、旅に出ている第四王子のトバックの全員が揃って食事をし、そのあとに呼び出されて、とつとつと叱られた。

 解放されたのは「そろそろ寝るか」というロンダルギアの言葉にキャト・リューズが賛成したところで終わり、レゼンとラズリルは、ふらふらと歩く。

「分かってる。分かってるけど。王子としてやっちゃいけないのは分かってるけど」

「はっきり言ってベルゼとルーリルの加護がなければ死んでいたかもしれないしな」

 ふらふらとラズリルがレゼンに抱きついた。

「外だぞ」

「もう寝てるよ、抱きしめて」

 肌越しに感じる鼓動に、二人して安心する。

「僕の部屋の方が近いから、そっち行こ」

 寄せられるくちびるを受け止めながらレゼンは「ああ」と口に、

「れぇたん!」

 ひっという声は出なかったが、心臓が飛び出すかと思った。

「カミル!?」

 とラズリルが叫び、

「こんな時間にどうしたんだ?」

 とレゼンたちはどうにか体裁を装い、腰を屈めて「どうした?」と聞く。

「あね。とさまもかさまも、ぎゅっするよ。らいすきのぎゅ」

「あははは、そうだよ、僕もレゼンが好きだから、ぎゅっするんだ」

「とりあえず、カミル、お父様はどうしたんだ?」

「……こぉどこぉ」

 お父様という言葉がカミルの心を思い出させたのか、

「泣くな、泣くな、カミル。一緒にお父様のところに行こうな」

 レゼンが抱き上げて、あやす。

 それを見ていたラズリルが泣きそうな顔になって、さすがのレゼンも二人を相手にして、あやすことはできない。

 だが、ふわりとレゼンは器用に二人を抱きしめた。

「泣くなよ。俺たちの子だと思ってくれ」

 その言葉にラズリルの涙が宙に舞う。

「らーちゃ?」

「カミル、ラズリルにぎゅってしてくれないか」

「う」

 もう一人泣きそうだったカミルが手を伸ばしてラズリルを抱きしめる。

「あったかいなあ、カミルは」

 ラズリルは頬を寄せながらカミルを抱きしめた。

「カミルッ! カミルッ!」

 遠くからラシャの声がして、ここだと声を響かせると、焦ったラシャが汗をかきながら「カミルぅ、お父様と一緒に寝てはくれないのか」と、ぐったりしている。

「とさまー!」

 ラズリルの腕からラシャに移り、

「見つけてくれてありがとう。この時間までこってり絞られたんだな」

 額の汗を拭いつつ、少し笑う。

「おかげさまで」

「でも、よかった。カミル」

 父の腕の中でカミルは「きゃぁ」と抱きしめられて嬉しそうにして、レゼンとラズリルに向かって「おやしゅなしゃい」と言った。

「なら抜け出さないでくれえ」

 というラシャの言葉を聞きながら休みの挨拶をして別れ、

「ラズリル、やな想像しただろ」

「ん、でも、レゼンが二人の子だって言ってくれた時、あ、こういう未来があるんだなって思った」

 ラズリルの部屋の前に来て、がちゃりと扉を開けてレゼンはラズリルを抱きしめた。

「俺もだ。抱きしめていて分かった。俺はこの未来がいい」

「……うん、うん、僕も」

 口づけを交わしながら、泣き虫のラズリルの瞳から涙を吸い取ってやる。

「寝るか」

「そうだね、寝よう」

 もう互いの部屋には制服と寝間着が揃っているのだ。

 遊びながら着替えて、当たり前のように一緒にベッドの中に入る。

「おやすみ」

「おやすみ、ラズリル」

 暗幕を下ろして、ゆっくりと二人は目を瞑った。

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