第三十話 恋と登場
「バカヤロウ!」
森からギルドではなく城に戻り、軽くシャワーを浴びた後にレゼンとラズリルは、バウンドの怒声に肩をすくませた。
「自分で確かめに行くやつがあるか!」
尤もな言葉にラズリルは項垂れる。
「ごめんなさい」
それにレゼンの部屋にいる洞窟に入った面子に、ラズリルは頭を下げた。
「誠に申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉に『私兵』たちは悲しそうな顔をし、でも生きてくれたという喜びに近い顔をする。
「冒険ってのは無茶をすることじゃねェし、無理をすることでもねェ。常に最善の一手を考えて動くもんだ。生きる。これにつきるんだ。なのに、お前は」
バウンドが口にしたところで、ぱんっと軽い音が二回続き、二人は頬が熱くなったのを感じとって叩いたリーヴを見た。
「確かに石碑は手にしました。だけれど、お前たちの命の方が大切なのです。あの時、どんな思いを……いえ、これは自分勝手です。ですが、お前たちが死んでしまったらどうするのですか? 死にかけたのですよ?」
リーヴの瞳には潤がある。
「ごめんなさい」
「申し訳ありませんでした」
二人して謝罪をするが、感情をどこに持っていけばいいのか、リーヴは泣きそうな顔をしながら、手で口を覆う。
「お前たちの言っていることが本当なら、鯨が守ってたのは碑石じゃなくて、自分の伴侶だったってことか」
レゼンとラズリルの腕には、ベルゼとルーリルの飾りと魔法を使う為の魔核がなくなっていた。
あの二匹は、もっと輝く先に、多分、海に帰っていったと二人して言うと、みなが信じられないという顔をしたが、鯨に飲み込まれたというレゼンとラズリルが言うのであれば、そうだったのだろう。
「あー、わかった。もうこうなっちまったもんはしょうがねェ。とりあえず、お前らは休め」
バウンドが頭を掻きながら、自分の私兵を連れて出ていく。
リーヴは、
「ターニア、先に戻っていてください」
「はい」だけを帰すと二人に「座りなさい」と口にする。
三人で着席するとリーヴはため息をついてから、
「二人にとっては朗報かもしれませんが、石碑は確保しました」
「じゃあ」
ラズリルの顔が明るくなるが、先ほど叩かれたのを思い出して肩を落とす。
「くだらない話を聞いてください」
「え?」
レゼンとラズリルの顔を見て、リーヴは口にする。
「私には好きな人がいました。お前たちのようにはなりませんでしたが、ちゃんと好きだという気持ちがありました」
「……兄ちゃん」
「相手には迷惑になると分かっていましたから黙っていました。そうしている内に、その人は死んでしまいました。ラズリル、我が国は死者をどう扱いますか?」
急に振られてラズリルは困りながら、
「えっと葬式をして燃やして骨にして、僕は、また会えたらいいなって思う」
「そうです。次を待つんです。でも、私は告白できなかったことに大いに後悔した。だから私はホスタル教の話を聞く度に、その人は死んでもそばにいてくれないだろうかと何度も思っても非現実的すぎて」
「兄ちゃん?」
「あの鯨もそうだったのでしょう。まだ希望はあった。何年も待つ覚悟もあった。私は無理です。今すぐにでも「好きです」と伝えたい。でも、伝えられない。何が言いたいかというとですね」
リーヴは目を伏せて、
「幸せになりなさい」
「それだけ?」
ラズリルが席を立ってリーヴの横に座る。
「私の心を押しつけているのは分かっています。でも、死なないで、貴方たちは私の兄弟で大事な子たちなのですから」
朱の瞳から涙が出ていた。
「ずっと兄ちゃんが、ホスタル教の話を聞いていた時につらい顔をしてたのは、その大好きだった人を思い出してたから?」
ラズリルはリーヴの手を握ると肩を寄せ合うと、こくりとリーヴは頷く。
「駄目ですね。お前たちが死んだら言いたいことも言えないまま終わるのだと、また思って……弱いですね、私は」
「そんなことないよ。兄ちゃんに思われている人は幸せだよ。でも、いつか兄ちゃんは自分の幸せを考えてくれないかって思ってるかもしれないよ」
なら、いいんですけどね、とリーヴは言い。ラズリルの手を握り返した。
「どうか、お前たちだけでも幸せになってはくれませんか」
「リーヴ兄上、幸せという言葉がどこまでを言うのか分かりません。でも共に生きるというのであれば、できます。それが幸せなら俺とラズリルは、ずっと幸せです」
リーヴは、くしゃりと顔を歪めてレゼンとラズリルを引き寄せると、
「幸せになりなさい」
「うん」
「はい」
「私のくだらない話はここまでです。あとで父上と母上にも怒られなさい」
ゆっくりと立ち上がると二人の頭を撫でてリーヴは笑う。
あまり笑わないリーヴの暖かい笑みに、笑みで返すと「では」と席を立ってリーヴは部屋を出て行った。
ぱたん、と閉まったと同時にレゼンはラズリルを引き寄せて、
「お前と一緒なら死んでもかまわない」
「レゼン?」
「あの時、鯨に飲み込まれると思った時、死を覚悟した。だけど、お前が一緒なら、何も怖くないと思った。だけど、生きてくれていてありがとう」
「あの鯨たちも、そう思ったんじゃないかな。生きてくれてありがとうって」
それでベルゼさんもルーリルさんも、と付け加えて、
「もう、あそこは閉じちゃった。て、ま、わっ」
ラズリルを抱き上げると、そのままベッドに行き、抱きしめて横になる。
「俺もリーヴ兄上の考えが分からないでもない。お前が先に逝ったら俺も続いて逝く。誰に言われようと止められようと。悪いな」
「僕も、多分、追いかけるよ。でも王様もあるから必要なことをして死ぬよ。独りはとても怖いから。ねえ、父上に呼ばれるまでさ」
身体をあの鯨たちのように擦り合わせながら遊んでいたら、コンコンと扉を叩く音がしてレゼンもラズリルも起き上がり、レゼンが、
「どなたでしょう」と聞くと、
「ふっふっふっ」の声と共に、
「空気を読んだラシャお兄ちゃんだ!」
第三王子ラシャ、その人だった。
別にじゃれあっているところを邪魔されるのはいい、と思っているレゼンだが、ラズリルは、そう思っていないようで
「ラシャ兄ちゃん、空気読んで?」
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