第十七話 不安になる必要なんてないはずなのに(下)
ロプレトから聞いた呼び出しに、ラズリルと別れてレゼンは王の執務室に足を運んでいく。
なんとなくラズリルが不安そうだったのが気になったが。
頭を切り替えた。この呼び出しは、例のあれだろう。追加の要請でも来たのだろう。そんなことを思った。
「レゼンです」
近衛兵と笑い合いながら、放った言葉に「入りなさい」と答えが返ってくる。
「失礼します」
そこには王ロンダルギアと側近がいた。
あれ、とレゼンはキャト・リューズがいないことに気づいて、きょろと部屋を見渡す。
「ああ、婦人会に出ているのだ」
分かったのか、ロンダルギアは微笑みながら言う。
「す、すみません」
「よいよい、すまんな、呼び出して」
柔らかく言われてレゼンは微笑むが、次にロンダルギアは少し硬い顔した。
「悪いな」
側近の一人が手紙が乗っているトレイを差し出す。
それが何を指すのか、分かっているレゼンは手紙を受け取ると、すでに開封された数枚の紙に目を通す。
話は簡単だった。
早く返してくれ。なんだったら下の二人と交換してほしい。できれば援助をもらえないか。愛しているレゼン、この手紙を読んだら、お前を愛している父と母に顔を見せてくれないか。
読んだら、レゼンは手紙を元通りにして差し出されたトレイの上に置いた。
「くだらないだろう?」
くっくっ、とロンダルギアが笑う。
意外な反応にレゼンは目を見開いて「父」を見た。
「まだ自分たちが親であると思っておる」
「父上」
嫌みったらしいことを言わせたくなくて、父を制するとレゼンはため息をつく。
「レゼン、これを渡しておこう」
またトレイに乗ってきたのは厚めの紙束で、筆跡はラズリルのものだ。
これかラズリルが二年ほどかけて調べ上げたハルタ国の報告書。
「我が息子ながら、私兵も良い働きを見せている。読んでおきなさい。それで」
「いえ、父上、俺は帰ろうかと思っているんです」
「レゼン、それではラズリルが」
はい、と口にしてラズリルの努力を泡にしようとしている。
書かれていることは、想像がつく。どうしようもないハルタ国の現状だろう。
そして帰るということは責任を負わされる可能性があること。
「無理をしている訳じゃありません。ラズリルに言われました。ハルタ国はあのままにしておけば消滅する、と。俺もそう思います」
「なら、何故」
「この国に来て様々なことを学びました。王という責務、民という宝物。父上、俺は生まれた場所を修羅にするのではなく、人が生きられる場所にしようと思っています。まあ、できなければ逃げ帰ってきますよ。でも、できるから行きます」
ふと笑えば、ロンダルギアは寂しそうに笑う。
「ラズリルは反対するだろう」
「承知の上で、今、色々と考えているのです」
「考え?」
「はい」
それが恋路だとはロンダルギアも知らないはずだ。
「そうか、考えているのか。ラズリルの気持ちを」
こくりと頷くと、今度は安心したようにロンダルギアは笑う。
「ちゃんと、話し合うんだぞ」
「もちろんです」
まだ心の中で決めたことは少ないが、頑固になっても仕方がない。
恥ずかしい気持ちはあるけれども、その分、自分を見直す機会にもなった。
話し合うとは、レゼンは前に一回考えたことがあるなと過去を引っ張り出して、ああと思ってしまう。リーヴに相談しようか思った時だ。
まだあの時はラズリルに振り回され気味で、誰かに相談したくてしょうがなかった時だ。
それも「ちゃんと考える」という意識を持ててからは動じなくなった。
だが抱きつくわ、手を繋ごうとするわ、キスはするわ、で何も変わってない。
こちらから何をする訳じゃないが、一応、いつも通りのことはして、触れ合いも、少しだけ。ここから何が目覚めるのか考えている。
「いや」という気持ちがないだけ、レゼンはラズリルのことが「好き」なんだろう。
この先と考えて首を傾げる。
「どうした、レゼン」
ぱっと気づいて居住まいを正す。
「いえ、何も。手紙と書類は俺が持っていてもいいですか?」
最初の手紙もラズリルの部屋に置きっぱなしだ。
すべて回収して、気持ち悪い手紙を隣にラズリルの報告書を見ることにしよう。
今日は一緒に寝られないかもしれないな、と思いつつ、
「かまわんよ、いいのか、手紙まで」
「いいんです。昔は憎い相手でしたが、ここまで育てていただいたのです。避け方も分かるものです」
笑うとロンダルギアもはっはっと笑い、全てレゼンに渡してくれた。
「これでわしからは終わりだ」
「分かりました。失礼致します」
と、別れの言葉を紡いだところで、交換するようにロプレトが部屋に入ってくる。
何かと小耳に挟みたくて「どうかしたのですか」と、どうにか掴む。
「ラズリル様が、今日はリーヴ様のお部屋に泊まると言うことで」
と、ベッドに誘う相手がいなくなったことに目を見開いた。
リーヴの部屋というのは研究所ではない方だろう。
「何かあったのですか」
ロプレトの腕を捕まえてしまったが振りほどくことはなく、
「リーヴ様から直々の話でして、お食事もそちらでとると」
今日も二人で寝ようと思っていたのに、ラズリルはいいのだろうか。
いや、リーヴが許可を出したと言うことは、よほどのことだ。
「そんな」
「レゼン」
まだ口を出そうとしたレゼンをロンダルギアは止める。
「しかし」
「そういうこともあろうよ」
言われてしまうと、それ以上のことが言えなくて黙った。
ギルドに行ってから、おかしいところはないはず。むしろ道中は、いつも通り、触れ合って帰ってきた。
ロプレトの腕を離し、うなだれる。
何かしてしまったのだろうか。
「わかりました。失礼致します」
ロプレト共にレゼンはロンダルギアの部屋をあとにした。
「大丈夫でございますよ。遠く相手を見ることも必要でございます」
老紳士は礼をしてから去って行く。
遠くから、と思い、レゼンは考える。
今まで近くにいた相手からの好意に応えるという難題を軽く見過ぎていたのかもしれない。
しかもラズリルが反対する帰国までも黙って宣言してしまった。
今日のベッドは一人きりなのか。
そんなことを考えながら自室には帰らず、ラズリルの部屋に行くと、机の上に一通目の手紙が置いてあった。
もしかして帰ってきてないかと思ったが、その様子はなく、レゼンは手紙だけ回収して、あとにする。
リーヴ兄上の部屋に行くべきだろうか、とぼんやり歩いていると、そのリーヴが、前から歩いてきた。
手には紙束。ラズリルは無事に渡せたのだろう。
「兄上、あのラズリルは」
「……貴方の部屋に行くつもりだったのですが。ラズリルは無事ですよ。ただ少し安静にさせたくて私の部屋に置いてきました」
と言いながら、なんでもないようにリーヴは言う。
「あの」
「ラズリルにも言ってきたのですが、お前たち、ちゃんと話し合いなさい」
え、とレゼンは固まった。
それはいつかのリーヴを訪ねた時に、問いたいと思った時の回答そのものだったからだ。続いて、
「私は、これでも兄なので」
あまり見ない、にこやかな笑みでリーヴは踵を返して帰っていった。
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