第十五話 不安になる必要なんてないはずなのに(上)
「ねえ、レゼンはさ、一緒に寝るの平気?」
ギルドからの帰り道、ラズリルはレゼンに問いかける。
「何言ってんだ? いつも一緒に寝てるだろ」
ラズリルは声は出さずに「あああそうだよねええ」と脳内で頭を抱えた。
普通にしすぎたのだ。
潜り込むか潜らないかの違い。本当なら迎えてくれることに喜ぶべきなのに、ラズリルは、今までの自分の行いに心の声で叫ぶ。
そして緊張しているのは自分だけなのか、レゼンも緊張しているのか。
しかし、その様子だと何も思っていない。
ラズリルは仕掛けるべくレゼンの腕と己の腕を絡ませる。
「おい」
「いいじゃない、街までまだまだだよ」
これは普通に出来る。もしかしてレゼンにくっつくのは当たり前すぎた。
いや、前は凄く恥ずかしがって、キスだって赤くしていたのに。
「しょうがないヤツだな」
ラズリルは、この余裕は何! と叫びたかった。
「……キスもしたい」
「本当に好きだな」
歩みが止まってレゼンがラズリルを見る。どう見てもキス待ちの時間。
ドキドキしながら、少しだけ背伸びをして唇を合わせる。
ふに、と柔らかい。頭が蕩けそうだった。
「満足か」
「……うん」
「なら行くぞ、街までだろ」
レゼンが、自然とてのひらを向けてきたので、手を繋ぐ。
一日でレゼンに何があったのだろう。別れの準備? 何かの決断? こんなにされると、もっと好きになって離したくない。
いや、元々離すつもりなんてなかった。
でもレゼンからの好意を感じる度、自分のわがままが幼稚に見えて、和解の道を選ぶべきじゃないか? と考える。
……でも、あの国は駄目だ。
ラズリルは報告書に書かれていたことを思い出す。
戦後の交渉も頭を下げるだけ、公衆工事の出資、村々への保護や補填、再生、亡くなった貴族たちに対する発生した金銭、経済政策もない、止めない豪遊。
さっきの冒険者たちから聞いたところ、変わり映えないようだ。
ここでレゼンが帰ったところで何をさせられるのか分かったもんじゃない。
反乱の空気もある。どうしようもない両親も詳しいことが分からない兄弟も。
レゼンが片付けるべきものなのだろうか。
ぎゅと手を握る。
「どうした?」
「あのね、こうしてくれて本当に嬉しい。でも、僕はレゼンに抱かせるから、ハルタ国に行かせない。諦めないよ」
「……分かってる。ちゃんと考えてる。不安になったか?」
不安だよ、そう口にしたらハルタ国に行かないでくれる? そこはレゼンの自由だ。
ラズリルは、一緒に寝ても抱かれてもレゼンを止められるかと言われたら、
「ううん」
手を握り、肩を寄せて目を瞑る。
いつのまにかレゼンはラズリルの背を超していた。
「ちゃんと考える。お前のことも、国のことも、っと」
ガサガサと植え込みを越えて、レゼンは木に背中をつける。ラズリルが胸元に抱きついたからだ。
心臓の音を聞くようにラズリルはレゼンの心臓の音を聞く。
抱きつかれたレゼンは、前のように騒ぐことなく、肩に手を置いてラズリルの好きにさせる。
「大好き、レゼン、大好きだよ」
「ああ」
この言葉が、どれだけ通じるか届いているか分からない。
ふい、とラズリルは顔を上げて唇を合わせた。少し長い沈黙から大きく息を吐いて離れる。
「これ、嫌い?」
「そうだな、嫌いじゃない」
そう言われてラズリルの顔が困り顔になった。これも慣れてしまうのだろうか。
「ラズリルはそういうことをする」と。
二人に沈黙が絡み、先に動いたのはレゼンだった。
「この時間ならリーヴ兄上に報告ができる。行くぞ」
「うん」
植え込みから出て、街まで歩く。
道は木漏れ日に溢れ、足元の土は硬く、ギルドに行く為に踏まれた軌跡だ。
数分経てば街へ行く道に出て、
「街に行かなくていいのか?」と、
レゼンは言ってた。
「うーん、今はリーヴ兄ちゃん優先かな」
「元気ないな」
あはは、と言いながら「そんなことないよー」とラズリルは返す。
「言いたいことがあれば言え。いつもそうしてきたろ」
少しに考えすぎただけだ、と口にできればいい。
でも、レゼンの中のラズリルは元気でいたいのだ。
「ん、大丈夫! さっき補充しましたし!」
「補充って」
実は切なくなっているんです、などラズリルは言わない。
「早く、帰ろ」
そうだな、とレゼンが返して、また手を差し出した。
「レゼン」
「城まで、まだあるだろ?」
ラズリルは手を重ねて、きゅと唇を結ぶ。
嬉しいことだろう、舞い上がっていいだろう、でもレゼンが何を考えているのか、分からない。別れの挨拶をされているようだ。
「レゼン、やっさしー!」
王城に着くまで二人は支え合うように歩いて行く。
ラズリルは、さきほどまで聞いていた冒険者の話をしながら子供のころのように歩いていく。しばしの会話に舌つづみを打っていたところで、城に着く。
「お帰りなさいませ」
門番が、にこやかに出迎えてくれて、
「ただいまー!」
ラズリルが返すと、門番の笑みは深くなる。
そのまま小門から入り、城内を歩く。
「お二人とも、お帰りなさいませ」
途中でロプレトに会って「ただいま」「ただいま帰りました」と声をかける。
「レゼン様、陛下がお呼びでございます」
「父上が?」
はい、とロプレトは腰を曲げて肯定すると、レゼンとラズリルは目を合わせる。
「大事なこと、ですよね」
「はい」
レゼンは紙束をラズリルに渡した。
「ラズリルだけでいいか?」
「うん、いいよ。なんだろうね?」
「すぐ、戻ってくる」
そう言ってレゼンは言ってしまった。残されたラズリルは紙束を見ながら「では」と下がったロプレトの背中を見る。
「いやなことじゃないといいな」
先ほどから感じていた不安が一気に押し寄せて、レゼンがどっかに行ってしまうのではないかと考えた。
ぶんぶんと頭を振る。どうして悪いことばかり考えてしまうのか、レゼンの好意は自分が望んだ好意と近いものだというのに。
「持って行かなきゃ」
息を吸って吐いて、ラズリルはくるりと周りリーヴの自室へと歩く。
そう、今はお試し期間みたいなものなのだ。傷つく必要はない。
「大丈夫!」
口にして、廊下に響く。それが薄暗いせいで空しく聞こえた。
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