第24話 交わらない思惑 ※加筆修正

 天使と合流後に事務所へ向かうも、やけに焦ったような様子の店長に「今は時間がない」と追い返されてしまった。その後も店長に話を聞きに行きたい気持ちはあったが、これ以上精肉売り場を放置するわけにもいかず、いつも通りに仕事に励んだ。


 そして退勤時間ギリギリの今。仕事を終えて作業場を片付けた後、天使を引き連れてやってきた事務所で、ついに店長と相対することに成功した。昼に会った時にはあからさまに邪見にされたが、今の彼の様子に異常はなく、落ち着いている。これなら話が聞けそうだ。


 天使はふう、と大きくため息を吐いた後、店長の目の前にふわりと降り立つ。


「おい。いい加減ボクたちの話に付き合え。一日振り回されてうんざりだ」


「……あなたも一緒なんですね」


 店長は天使を一瞥した後、私に向き直り深々と頭を下げた。突然のことにギョッとして慌ててしまう。


「火口さん、先ほどは申し訳ございませんでした。忙しさを言い訳に酷い態度を取ってしまって」


「え、あ、ああいえ、大丈夫です。むしろ一日中追い回してしまってすみません。お忙しいのに。この後も、もし都合が悪いのであれば、後日に回していただいても大丈夫、ですよ」


「とんでもないです。もう用事は終わったので、ゆっくり話ができますよ。応接室で話しましょうか、ここでは人が通る可能性が——」


 デスクから立ち上がった店長の背後に、人影が現れた。中肉中背の成人男性。おかしいのは、店の制服を着ていないこと、真っ黒い腕がにゅるりと蛇のように不気味に動いていること。天使がばさりと翼を動かす。それを横目に、バンダナを握って目を閉じた。


「小雪」


 暗い視界に、その言葉はよく通る。黒い腕が伸び、店長の首にかかる——それよりも前に一気に近づき、鋭く蹴りを入れた。「うぐっ!?」店長の声と、なにかがぶつかったような、ガタリと大きな音。続いてパチ、パチ、と、ゆったりとした拍手の音が聞こえた。


「よくやった。咄嗟の判断にしてはやるな」


「これくらいなら余裕です。……店長、ご無事ですか?」


 目を開ければ気絶してしまうため確認ができない。尋ねると、後方から「なんとか……」と弱弱しい声が聞こえた。恐らく私が幽霊に蹴りを入れた衝撃で驚いて転んでしまったのだろう。悪いことをした。謝ると、大丈夫ですとこれまた弱弱しい声が聞こえる。


「どんくさいぞ八十八。普段幽霊を避けているから雑魚幽霊にやられそうになるんだ」


 私の頭上に浮いているらしい天使へと顔を向ける。「どうします?」


「ふむ。倒してしまってもいいが、見たところ完全には悪霊になっていないようだし。おい八十八今すぐ商品を……いや。この様子じゃ、今更食わせたところで助からないか」


 ふわりと、風で髪が揺れる感触がする。やがてバン、と声がして辺りが静かになる。そっと目を開けると、床に刺さった白い弾丸が見えた。幽霊の姿はすでにない。


「やったんですね」「不可抗力だ」


 天使がそっと弾丸を拾い上げ、光の粒へと変える。美しいその光景に目を引かれつつ、振り返った。店長と目が合う。


「今の、悪霊になりかけている幽霊ですよね。転化霊、というやつ」


 店長が立ち上がり、眼鏡を直す。目をそらしたままぽつりと呟いた。


「……散々ですよ。今日だけで何度襲われかけたか。まさかこんなに幽霊と遭遇することになるなんて」


「店長にも見えているんですね。……店長は、この幽霊騒ぎ……従業員の皆さんにも幽霊が見えてしまっていること、ご存じなんですか」


 私の言葉に店長はこくりと頷いた。


「すでに何件もご相談を受けています。今日もその調査のために各部門を周っていました」


 天使が眉を顰め店長の元へと向かう。店長の額に人差し指を当て、ぐい、と無理やり目線を合わせて覗き込んだ。


「原因は? わかっているんだろう。お前が遅番の仕事を止めているからだ。商品を求める強欲な悪霊が行き場を無くしてお前や従業員を襲っているんだ」


 細くて真っ白な華奢な指先が、ぐり、と強く店長の額を押しつぶす。


「野良の幽霊まで使って危害を加えようとしている。先ほど今日だけで何度襲われたか、と言ったな? どうやらかなり危険な状態らしいな。……ボクとしては、重要な顧客であるお前に死なれると困るんだけれど」


「……」


「ボクたちが何を言いたいのかわからないわけがないだろう。いい加減変な意地を張るのはやめて、遅番を再開させろ。このままではお前だけじゃない、関係のない従業員にまで被害が及ぶことになる」


「このままだったら、そうかもしれません。けれどあなたとの契約を解除すれば、全てなかったことになりますよね?」


 契約の解除? 上手く頭が理解をしてくれずにただ固まっていると、天使がそっと人差し指を離した。


「……対価を払うのが、苦しくなったんだな? やはり寿命は——」


 天使の言葉を途切れさせるように、ザザ、とノイズの後、店内放送が流れ始めた。


 ——閉店時間を過ぎています。従業員は速やかに退勤してください。繰り返します、閉店時間を過ぎています。従業員は——


 店が閉まってから十分が経ったらしい。つまりこれ以上店に残っていると残業になってしまう。店長が残業嫌いなことは従業員は皆知っているため、すぐに店から人影はなくなるだろう。だから事務所にも誰も来なかったのか、と一人納得をする。


「閉店時間ですね。お二人も早く退勤をお願いします。私もすぐに帰りますので」


「八十八。お前が契約の解除を望むのなら、その意志は尊重してやろう。……だが一つ、やらなければならないことがある。店に潜んでいる悪霊がいるんだ。そいつを潰してさえしまえば、この騒ぎも収まる」


 天使はそう言って翼を動かし、私の隣に戻って来た。


「悪霊をおびき寄せるための商品を用意しろ。あとは小雪とボクで対処する。お前だって、悪霊が店にいるのは不都合だろう?」


「……そうですね。わかりました。すぐに用意して倉庫に置いておきます」


「ああ。よろしく」


 それだけを言って、天使は私から背を向けた。顔だけで振り返り、私に目を合わせる。


「小雪。すぐに準備をして売り場に来い。元凶の悪霊を倒すぞ」


「それで、この幽霊騒ぎが終わるんですね」


「ああ。……全部終わりにしよう」


 言葉の途中で天使は再び私に背を向け、飛び去って行った。店長と二人でその背を見送った後、ぺこりと店長に頭を下げ、私も向かおうと足を踏み出す。


「火口さん。……今まで、本当に、ありがとうございました。これからも、精肉の従業員として、よろしくお願いします」


 はい、ときちんと返せていたかわからない。けれどそのまま私の体は店長の元から去り、事務所を出て、薄暗い階段を駆け下りていく。


 店長と天使は契約を結んでいる。店の繁盛させる代わりに、幽霊に商品を売り、悪霊を倒す手伝いをさせるという契約を。契約が解除されたら、天使がこの店にいる理由がなくなる。そうなったら遅番の仕事は終わり、彼女とも会えなくなる。


 このままで、いいのだろうか。現実感のないふわふわとした頭のまま、それでも足は動いていく。まりさんや従業員の皆が困っているのなら、それを解決できるのが私たちなのであれば、行かなければならない。私の中にいるはずの半身は、眠っているのか気配すらない。


 ふらつく足を動かし、無心で倉庫へと向かった。



▼▼▼



 外に出ると、まだ外は明るかった。当たり前だ、今は遅番終わりの夜ではなくて、中番終わりの夕方なのだから。


 仕事を終え、着替えてタイムカードを片手に受付へ。退出時間を記録簿に記入して、受付のおばちゃんに挨拶をしてから扉を開く。風が髪を鮮やかにかき混ぜていった。辺りを見渡すと、探すまでもないすぐそばに彼の姿があった。小走りで近付く。


「高草木さん! お待たせしました!」「あ、雨水君~お疲れ~」


 茶色いロングコートを羽織った高草木さんがひらりと手を振る。待たせてしまっていたのか、と焦りながら謝ると、大丈夫だよとケラケラ笑っていた。良かった、いつも通りだ。突然夜ご飯を食べようと言われた時は不可解すぎる発言に警戒しまくっていたが、少しほっとした。警戒などとんでもない、単純に俺とご飯が食べたかった、そういうことなのだろう。高草木さんは嬉しそうにニコリと笑うと、手に持っていたスマホをポケットにしまった。


「そしたら……俺行きつけのお店があるから、そこでいい?」


「はい、大丈夫です」


 ついてきて、と軽快に歩き出す高草木さんの隣を歩く。たわいもない雑談をしているとすぐに目的地にたどり着いた。スーパーから少し離れたところにあったそのお店は、こじんまりとしているがお客さんはちらほら入っており雰囲気も明るい。外観だけの印象だと古風な喫茶店のように見えたが、看板を見るにカレー屋のようである。


「カレー屋さんですか?」


「そ。この店、カレーはもちろん使ってる野菜がすんごい美味しくてさ」


 上機嫌な彼に続いて扉に入ると、女性スタッフが笑顔で迎えてくれた。案内された席に向かう途中、ふわりとカレーの香りが鼻腔を撫でる。ぐう、と密かにお腹が鳴った。席に座り、ご注文が決まりましたらお呼びください、と去って行くスタッフを見送りメニューを開く。確かに、野菜を売りにしているお店らしい。鮮やかな野菜たちがたくさん入っているカレーの写真が並んでいた。見ているだけでお腹が空いてしまう。どうしようかと悩んでいる俺を見て、高草木さんがにんまり笑った。


「一番前のページに書いてあるやつ、それそれ。それおすすめだよ」


「旬の野菜カレーですか? 確かにおいしそう……」


「時期によって入ってる野菜の種類が違くてそれも楽しいし、何より野菜が大振りで新鮮なんだよね。市場から厳選したやつを仕入れてるんだって。店長さんの顔が広いから、業者さんとも仲が良くて美味しいやつをいただいてるんだとか。んで、今の時期だとなんだろうな……やっぱ大根と白菜かな?」


「大根と白菜? カレーに入ってる状態で食べたことないかもしれないです」


「本当? この時期の大根とかって甘いからカレーと合うんだよねえ。しかもここのはゴロッゴロ大粒で入ってるから超嬉しい! しかもちゃんと煮込まれてるからほろほろ口の中でとろけて、すっごく美味しいんだ」


「うちでも大根はもちろん売ってるけど、それよりも……」と楽しそうに話す高草木さんを見ていると、青果の社員さんであることが改めて感じられた。普段はちゃらんぽらんに見えるが、やはり仕事には真剣に取り組んでいるのだろう。俺なんかよりもよほど立派だ。


「高草木さんはやっぱりすごいですね」


「ん? 何が?」


「いえ、その……知識があって、詳しくて、かっこいいなって。俺はその、魚に対する知識はほとんどないですし、別に魚が好きだったわけでもないので……」


 そこで、店員さんが通りがかったので注文をする。自分の分と高草木さんの分、まとめて俺が注文してしまおう。高草木さんに手間を取らせるわけにはいかないし。快く注文を取ってくれた店員さんが去ってから、ようやく高草木さんが口を開いた。


「……いや、俺、別に、この店に愛着があったわけでもないし……全然そんな風に褒めてもらえるような人間じゃないよ。この店を就職先に選んだのだって……」


「え?」


 ぽつり。小さく呟かれた言葉はあまり聞こえなかったが、高草木さんらしからぬ弱気な言葉だった。何を返せばいいかわからず戸惑っていると、ぱっ、と高草木さんが顔を上げる。


「なーんて。なんでもないから気にしないで。てかそうだ思い出した。雨水君に聞いてほしいことがあってさー。俺の彼女の話なんだけど」


「え。……え!? 高草木さん彼女いたんですか!?」


 「いるよぉ失敬な」とケラケラ笑う彼に思わずどもってしまう。なぜなら俺は彼女というものが今までの人生で一度もいたことがないからである。どうしよう惚気とかされたら、どういう反応をすればいいのかわからない。そんな俺の胸中なんて露知らず、高草木さんは一層とろけたような顔で話し始めた。


「もうすっごいかわいくてさー、おまけに一途なの。俺と離れたくないーってすんごいべったりしてくれて……かわいくてかわいくて」


「へ、へえ……」


 最悪だ案の定めちゃくちゃ惚気られている。こういう時人はどんな反応をするものなんだ、俺友達と恋愛の話とかしたことないのに。頭を回転させていると、天啓が降りてきた。そうだ、興味を持ってあげればいいんだ。そんなアドバイスをネットで見たことがある。


「い、いいですね。写真とかあったりしますか? 見てみたいです」


 惚気に火がつきそうだが、もうこうなったら思う存分語ってくれ。そう思い写真を求めてみると、彼女のかわいさを語っていた彼の口がぴたりと止まる。同時に俺の心臓も止まりかける。これはもしかしてやってしまったのでは?


「あー……ごめんね、彼女あんまりその、写真とか好きじゃなくて……見せられないかも」


 しょんもりした表情の高草木さんの前で、冷や汗が噴出する。まずいまずいまずい何か地雷を踏んでしまった。どうして俺はこうも会話と言うものが苦手なのだ。


「だ、大丈夫ですむしろ無神経なこと言ってすみません!!」


 写真を撮らない人だっているだろうし、軽率に写真を見せたくない人だっているだろう。俺の視野が狭すぎたのが悪い。あたふたしながら謝っていると料理が届いた。ナイスタイミング、持ってきてくれた店員さんが神に見える。


「いいよ、俺こそごめんね。ご飯来たし食べちゃおっか」


 肝心の高草木さんの様子も元に戻ったようだった。料理を前に瞳を輝かせており楽しそうである。一安心、心の中で安堵のため息をつく。今日は高草木さんと楽しくご飯を食べにきたのだ、これ以上失敗しないようにしないと。


 感想を言い合いながらカレーを食べ進める。大根と白菜が入ったカレーは未知のものだったのでドキドキしていたが、どうして今まで知らなかったのだと後悔するくらい美味しかった。具材は大きくしっかりしている上に口の中で優しく溶けるように消えていくなどと、魔法だとしか思えない味わい。夢中で食べていると高草木さんが嬉しそうに笑った。


「気にいってもらえてよかったよ」と左に目線を逸らし、くすくす笑っている。


「み、店の近くにこんなおいしいところがあるなんて……! むしろ教えていただいてありがとうございます!!」


「んふふ。俺もあんまり人と一緒に食べることはなかったから、今日来れてよかったよ。付き合ってくれてありがとう」


 高草木さんもカレーを一口すくい口に運ぶ。瞳はうっとりとその味に陶酔していることを示すようにとろけている。本当にこの店が好きなんだな、と俺もなんだかほっこりしてしまった。今日は来れてよかった。まだ問題は何も解決していないし色々不安ではあるが、俺たちならなんとかできるだろう。湧き上がる自信を飲み込むように最後の一口を食べる。ほどなくして高草木さんも食べ終わったようだが、解散するのがなんとなく惜しまれたのでデザートも頼むことにした。果物がたくさん盛られたパフェを少しずつ食べ進めながら、雑談に花を咲かせる。


 時間が過ぎるのはあっという間で、気付けば二時間程度経っていた。時刻は二十時、店も閉店している時間だ。あ、そういえば火口さん達に調査のこと何も報告してない気がする。まずい、高草木さんに誘われたことで頭がいっぱいでちゃらんぽらんになっていたかも、と一人冷や汗をかいた瞬間、傍に置いていたスマホがブブ、と振動した。確認しようと手に取った時、高草木さんが話しかけてくる。「ねえ」


「……ご飯以外にもさ、どっか出かけたりしたいね。青果にあんま歳近い社員いないから、職場の人と出かけたりとかしたことなくて。雨水君はアルバイト先の人と出かけるとか、めんどくさいかもしれないけど、良かったら」


「あ、ぜ、是非。めんどくさいなんて思わないですよ。俺も、鮮魚に歳の近い友達になれそうな人、いないなと思ってたので……」


 漆畑さんはなんというか、友達とは違う気がするし。


「そっか。ありがとう。また計画立てるから、予定合う時にどっか遊びに行こ」


 笑顔で高草木さんに頷きを返す。すっかり落ち着いた様子の彼の表情に安堵した。倉庫で会った時には死人のような顔をしていたため驚いたが、なんとか彼の中で折り合いがついたのだろう。良かった。そう思いながらスマホを開くと、通知が一件。火口さんから。


 ——これをみたらでんわをください


 一瞬首をかしげたが、どうやら数分前にも電話をかけてくれていたらしい。気が付かなかった。高草木さんが不思議そうに尋ねる。


「どうしたの?」


「ああいえ、火口さんから電話が……ちょっと折り返して——」


 折り返してきます、と言おうとした瞬間、着信が入った。火口さんからだ。慌てて電話に出て、外に出るために立ち上がる。耳にスマートフォンを当てた瞬間、ドン、とけたたましい衝突音が聞こえてきた。


「——え?」


『——っあ、雨水さん、ですか!? よかった……出た……』


 息切れの音と、走っているのか激しい足音、安定しない音声。彼女は一体何をしているんだ。理解しようとただ呆然と立っていると、ざ、と擦れるような音の後、彼女の荒い息の音だけが響いた。爆発音も、先ほどよりも遠くから聞こえてくる。


『ここなら一旦は……ッはあ、すみません驚かせて。すぐに戻らないと天使がマズいので手短に。——まりさ、漆畑まりさんが悪霊に乗っ取られかけていて、それを止めるために交戦中です。天使もいます。今は二人で食い止めていますが、倒せそうにないので救援をお願いします。もう上がっているのにすみません。できれば早くに——っ天使!? っくそ』


「え、ひ、火口さん、火口さん!?」


 慌てて呼びかけるも、通話はすでに切られていた。どういうことだ、一体何が起こっている? 俺の顔色があまりに悪いことに気が付いたのか、高草木さんも真剣そうな顔で尋ねてくる。「火口ちゃんがどうしたの?」


「え、ええと、鮮魚の漆畑さん、が悪霊に乗っ取られて……天使さんと火口さんがそれを止めようとしていて……爆発音とか、ぶつかる音とかが聞こえて」


「……漆畑、さん」


 高草木さんが左に目をそらす。と同時に、彼の左隣に何かが見えた。真っ黒い影、のような、いや違う、人の顔? まるで悪霊のような。天使さんの言葉が頭によぎる。「お前は幽霊探知機能を持っているんだから」


 記憶の中から無理やり光景が引っ張り出された。クラスメイトの肩越しに見えた顔、青白い顔がべったりと体に引っ付いている。確実に彼の命を奪おうと、じわりじわりとその首にかかる真っ白い腕。「幽霊が俺に憑いてるとして、どうすりゃいいわけ?」冷めた瞳。数か月後に知った彼の死。思わず頭を抑えた。そしてある可能性に行き当たり、息を呑む。高草木さんに、幽霊が憑いている? それはつまり、彼の死期がもうすぐ近いということで——


「ッた、高草木さん、」「行こう雨水君。天使ちゃんと火口ちゃんが危なそうだ」


 そんなことさせない、させたくない、止めなければ。顔を上げて高草木さんを見ると、彼は既に荷物をまとめて店から出ようとしていた。「どうしたの、早く行かないと二人が危険だよ」凛とした瞳が俺を見る。ああそうだ、漆畑さんも危険で、天使さん達も危なくて、だから救わないといけなくて。


 どうすればいいのか混乱する頭を一旦放置して、とにかく高草木さんと一緒にスーパーに向かうことにした。彼に何か危険がありそうなら俺が止めればいい。天使さんにも相談すれば、きっと幽霊に殺される前になんとかできるはず。そう言い聞かせて手早く会計をして店を出た。


 すっかり暗くなった道を駆け抜け、店へと逆走するように向かって行く。口の中に残るパフェの甘さが不快だった。たどり着いた従業員口から中に入り、驚く警備員さんに「忘れ物取りに来ました」と高草木さんが言い捨て、ずんずん奥へと進んでいく。俺は申し訳なく思いながらも会釈をしてその後に続いた。

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