第14話 作戦決行!
悪霊の拳をするりと躱し、イカが触腕を叩きつける。攻撃は目玉に当たらずに終わり、その隙をついて悪霊が影を飛ばしてくるが、俺が水鉄砲を撃ちなんとか軌道をそらす。
動きが素早くなかなか致命傷を与えることのできないまま必死になって戦っているうちに、かなり遠くまで来てしまったようだ。火口さん達の姿も気配もわからない。マグロさんはちゃんと天使さんを守れているのだろうか。そんな一瞬意識をそらしたそれだけの隙に、悪霊が襲い掛かってくる。影でイカごと俺を覆いつくすように、広がる黒が眼前に現れる。まずい、このままだと喰われる。イカも反応が遅れたのか動かない。前にもこんなことあったな、あの時は高草木さんが助けてくれたけれど、今周囲に人はいない。学習能力のなさに心臓が痛む。とにかくダメージを減らそうと水の壁を周囲に展開していると、突然目の前が光に飲み込まれた。咄嗟に目を瞑る。キイン、という甲高い音が周囲を包む。この音はもしかして。眩しい視界をなんとか振り払い目を開けると、そこにいたのはやはりあの人だった。
「——天使さん!!」
「待たせたな」
彼が普段撃っているものよりもかなり大きな弾丸が悪霊を貫き風穴を開けている。すごい、と彼を見ると満足げに笑っていた。その表情は晴れやかで、どうやら話もうまく片付いたらしい。彼を乗せているマグロを見ると、ゆっくりとヒレを振ってくれた。マグロも無事のようだ。
「こいつ、速いな。おかげですぐに追いついた」
「……あなたの弾丸の速度にも追いついていましたもんね」
第三者の声に振り返ると、豚に乗った火口さんがそこにいた。目を瞑ったままの彼女に教えるように豚が俺の方を向く。目線は合わないが、彼女は俺としっかり顔を合わせてお辞儀をした。
「すみません雨水さん、遅くなってしまって。怪我はありませんか」
「だ、大丈夫です! ありがとうございます。むしろお二人こそ、その……」
「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
そう言って笑う火口さんの表情も晴れやかで、思わず頬を緩めた。二人だけの問題だろうから詮索はしないが、上手くいってよかった。
二人と合流してほっとしたのもつかの間。目の前の黒がゆっくりと動き始める。天使さんの弾丸は目玉には当たらなかったようだが、悪霊の大部分を吹き飛ばしたためか動きが鈍くなっている。これならなんとか倒せそうだ。
「作戦、どうします?」さっさと倒してしまおうと思い二人に問いかけると、二人は顔を見合わせる。
「作戦……そうか、作戦か。作戦を立てるといいんだな」
「私たち、なんというか自主性重視だったので……いつも各々適当に動いていました」
それでうまくいくのだから、二人は相性がいいのだろう。しかしお邪魔なことに今回は俺がいる。離脱してもいいのだが、これ以上火口さんに負担を強いたくはない。ええと、と頭の中で言葉をまとめていると、背後から殺気を感じた。慌てて振り返ると同時、バシン、と何かがぶつかるような音がした。視界には天使さんの翼。
「平気だ、受け止めた。あいつ動きが速いな」
天使さんの手のひらに見慣れないものが握られている。黒い槍、恐らく今の攻撃の正体だろう。悪霊が槍を飛ばしてきたらしい。続けて飛んできた二発目を、火口さんが豚さんに指示を出し炎で消し炭にする。俺たちの相棒と天使さんが攻撃を受け止めている中、手早く話し合いを済ませる必要がある。
「……敵の目玉、一つ目ですね。となると」
「ボクが仕留めるべきだって?」
「俺もそう思います。天使さんの弾丸は当たれば一発で倒せるんですよね?」
「ああ。だが今の状態では難しいな。ッ、よっと、動きを止めてくれれば話が早いが」
悪霊が飛ばしてきた攻撃を天使さんが華麗に受け流す。後方で衝撃音が聞こえた。ここが本当に店の中だったら今頃店は大崩壊しているのだろう。
「ボクは、防御をしながらでも当てられる……と言いたいところだが、一応自分の実力はわかっているつもりだ。今の状態では無理だな」
彼らの言葉を受け、頭の中で現状を組み立てていく。
「そうしたら……攻撃を防ぐ、というか注意を引き付ける人と、敵を拘束する人が必要ですね。火口さんは一応安全な役割がいいと思うんですが……拘束ってできます?」
「私の豚は攻撃専門ですし……他の子も拘束は、難しいですね。私も攻撃しかできませんし。……大丈夫ですよ、私が陽動をします」
「火口さん……」
火口さんが陽動兼攻撃、俺が拘束、天使さんがトドメ。俺のイカは拘束もできるであろうし、これが最善だろう。もちろん懸念点はあって、火口さんが一人で気絶せずに陽動できるのかが一つ。——俺が、初めて呼び出したイカさんの力を使って、あの悪霊を一定時間拘束し続けられるかが一つ。
「……まあ色々心配事はありますけど、三人もいるんですし大丈夫ですよ。張り切って燃やしていきましょう」
俺を鼓舞するように、火口さんの右足から漏れ出す炎が火力を増す。豚さんも俺たちの方を振り返り、鼻から炎を噴出した。イカと目を合わせると、触腕で悪霊の拳を受け止めながらぎょろりと俺を見てくれる。それを見ていたら、なんだかいけるような気がしてきた。ぐ、と手に力を入れ拳を握る。
「はい。すみません、弱気になるのが癖で」
天使さんが片手で槍を掴み、ぽいと投げ捨てる。ふは、と笑みを浮かべて俺を振り返った。
「お前のその卑屈精神を叩き直すためにも、成功体験をやらねばな。——準備ができたなら、やつにむけて宣戦布告の一発を撃つ。それが攻撃開始の合図だ。いいな?」
「いけます。まずは私が敵を天使から引き離しつつ注意を逸らすので、隙を見て雨水さんは拘束をお願いします」
「わかりました!」
「よし。それでは——開始!」
天使さんが高らかに宣言し、勢いよく飛び上がった。槍を素早く躱すと、羽を一枚引き抜き弾丸へと変化させ「煙幕!」と叫び発射する。一瞬で悪霊の元へと到達した弾丸は、その体を貫く前に破裂して光の粒子となった。なるほど目くらましか。悪霊は天使さんの思惑通り、視界を塞がれたため動きを止めているようである。今のうちに近づこうとイカに目くばせをして移動を開始した時、隣にいたはずの気配が無くなっていることに気が付いた。火口さんはもうすでに動き始めていたらしい。煙幕とほとんど同時に駆け出したのだろう。天使さんのやることがわかっていたのだろうか、さすがバディ。
視界を前に向けると、火口さんはすでに悪霊の元へ到達していた。そして目を瞑っているとは思えない身のこなしで影のそばに潜り込み、炎をまとった蹴りを喰らわせていた。同時に豚も頭突きをお見舞いする。悪霊はその攻撃を受け、火口さんへと狙いを定めたようだった。
「——さあ、こちらに来てください!」
火口さんはそのまま天使さんから引き離すように悪霊を誘導する。悪霊の攻撃は絶えず彼女を襲うが、豚が体を巧みに使い力強く受け止めている。しかし限界があるだろう、俺も早く向かわなければ。
「イカさん、もしできたらスピードアップお願いしてもいいですか?」
悪霊の意識は俺から逸れているようだし、一気に近づきたい。イカは俺の言葉に返事をするように触腕をひらりと揺らすと、ぐぐ、と足に力を込め始めた。覚えのあるその動きを見て、衝撃に備えるために慌てて体を固定する水のリングを掴む。間もなく体が吹き飛ばされるような衝撃を感じた。視界に入る商品棚の幻影が背後へと次々過ぎ去っていく。イカの猛スピードの泳ぎが、店内を風のように貫く。
「あれ、雨水さん!? 速いですね」
火口さんが気配に気が付いたのか驚いている。イカの泳ぎの速さに俺自身も圧倒されたままだが、意識を切り替えなければ。「はい! お待たせしました!」思わず出してしまった大声に悪霊が反応する。流れるように自身の体の一部を槍に変えると一直線にこちらへと投げてきた。
「イカさん!」
「射撃!」
俺がイカに指示を出して槍を叩き落とすと同時、眼前を光の弾丸が通り抜けていく。弾丸は悪霊の右腕が持っていた槍を鮮やかに吹き飛ばした。危ない、悪霊が二発目を構えていたようだった。天使さんのフォローが身に沁みるが、これ以上彼の手を煩わせるわけにはいかない。
「危ないぞ気引き締めろ!」
「すみません! もう大丈夫です、天使さんは準備を!!」
後方で上空へと飛び立った天使さんの姿を確認し、悪霊に向き直る。巨体に似合わぬ素早さで俺の元までやってきた悪霊がタックルをするように巨体を叩きつけてくる。間一髪で躱し、どうしたものかと思っていると、俺と悪霊の間を縫うように炎が躍る。
「雨水さん、いけますか!?」
火口さんが炎を飛ばし攪乱し、続けて蹴りを叩きつける。その隙に距離を取ろうとその場を離れる。ここに至るまでは上手くできるかただただ不安だったが、今はそんな余計なことを考える暇もないくらいに集中していた。いける、俺は大丈夫。火口さんと天使さんのことを信じて。離れた俺を追おうとした悪霊の目の前に立ちふさがる炎が、周囲一帯を赤く染める。
「——あなたの相手は私です。目を離さないでください。陽動とはいえ体力は削らせてもらいますよ!」
瞳を閉じたままの火口さんが右足を一歩後ろへ下げる。足首につけられたバンダナから吹き出る炎が爆発的に広がり、柱となって店を照らす。ぴょんと前に飛び出た豚が、鼻から炎を噴出させた。
火力を増した炎とともに火口さんが飛び上がる。そして悪霊へと足先を向けると同時に豚も飛び出し、勢いよく標的へと向かって行った。火口さんのドロップキックと豚のタックルが、悪霊を最終地点として交わる。金切り声のような異音が響いた。悪霊の姿が炎に埋もれて見えなくなる。
「ダ、ダイナミック火葬……」
呑気に呟く俺の腕をくい、とイカが引く。そうだ、ここで俺が拘束しないと作戦が破綻してしまう。イカさんに指示を出して……と思ったが、炎が強すぎて悪霊本体の位置がわからない。というかこのまま突っ込んで大丈夫なのか、イカ焼きになってしまわないか? どうすればいいんですか火口さん、と嘆いていると、ふと自分の体を固定する水の縄が目に入る。そうだ、俺たちには水があるじゃないか。
「雨水!」
俺がイカとともに炎へと近付くと同時、上空から天使さんの声が聞こえた。羽をもぎ取る姿が見える。この一回で仕留める。
「イカさん!」
俺の叫びに応えるように、イカがくるりと炎へ足を向けた。そしてその足を花びらのように開くと、その奥、中心にある小さな口をぱかりと開いた。俺がイカの上から飛び降り、手をかざして力を込めると、その口の中心に水が集まり球体を作り上げていく。満ち溢れんばかりに水をためこんだ球体が弾けるかと思われた瞬間、イカが触腕を伸ばした。
「イカキャノン発射———!!!」
球体は水のビームとなり、触腕とともに炎へと当たる。瞬く間に鎮火する炎の中、悶える黒い影に二本の触腕が絡みついた。振り払おうともがく悪霊に抱き着くようにその他八本の足も絡みつき、イカが悪霊を羽交い絞めにした。こうなれば素早い動きも、槍での遠距離攻撃もできない。
このまま天使さんの弾丸でトドメを刺せば、と息を吐いたがしかし、悪霊の中心に位置する目玉が勢いよく閉じる。目玉に当たらなければ致命傷にはならない。せめて殺されないようにという抵抗だろう。火口さんが悔しそうに舌打ちをし攻撃をしようと炎を展開するが、その必要はない。再度イカへと手をかざし力を込めると、イカは体に絡ませていた触腕を悪霊の目の上下瞼に触れさせた。ぐぐ、と力が込められて、少しずつ、白目が見えてくる。イカの強大なパワーにより、無理やり開眼させられていくその瞳。徐々に開かれていく瞳の黒目が見えた瞬間、思い出したかのように心臓が緊張でドクリと音を鳴らした。
「天使!」「天使さん!!」
俺たちの叫びと同時に、悪霊の瞳が完全に開眼する。遥か彼方上空、天使さんがその美しい相貌で俺たちを見下ろし笑った。白魚のような指先の先端、彼の体ほどの大きさの弾丸が狙うは、おあつらえ向きに差し出された的。弾丸からあふれる光がこの場にいる全ての生き物の目を奪う。眩しく美しい浄土の光。巨大な弾丸の奥で、天使さんが余裕綽々呟いた。
「——じゃあな。お前が少しでも安らかであることを願うよ」
白く輝く弾丸が悪霊を貫く。途端に広がった光の氾濫にきつく目を閉じた。
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