第15話 幼馴染と俺は俺次第

 




「でもね……次はもっと大きなお願いだから、覚悟しておいてね!」


 玲奈のその言葉が、じわじわと俺の胸に重くのしかかっていた。彼女の"お願い"は毎回俺の弱みを的確についてくるが、今回はそれ以上の何かを感じた。玲奈は本気で俺との関係を変えようとしている――そんな空気が漂っていた。


「次って……一体何を考えてるんだよ?」


 俺が不安を隠せないまま尋ねると、玲奈は意味深な笑みを浮かべた。


「それはお楽しみ。私が本気出したら、拓、もう逃げられないかもね?」


 その言葉にドキリとしつつも、俺は半分冗談だろうと思っていた。だが、玲奈がこういう顔をするときは、本当に何か仕掛けてくるのが常だ。


 翌日、学校での一日は特に変わったこともなく過ぎていった。だけど、玲奈が言っていた「大きなお願い」がずっと頭の片隅に引っかかっていた。俺が想像している以上に、玲奈は強く出てくるのかもしれない。それを考えると、少し緊張してしまう。


 そして、放課後。


 玲奈はいつも通り、俺の席にやってきた。だけど、その顔はいつもよりも少し真剣で、彼女の中で何かが決まっていることが伝わってきた。


「ねぇ、今日も少し付き合ってくれる?」


 そう言われて、俺は覚悟を決めた。何が来ても、受け入れるしかない。玲奈に振り回されるのは慣れているし、逆らうこともできないからだ。


「わかったよ。どこ行くんだ?」


 俺がそう聞くと、玲奈は少し笑みを浮かべて答えた。


「今日は……ちょっと特別な場所に行きたいの。少し遠いけど、ちゃんとついてきてね」


「遠いって、どこだよ?」


「それは、行ってからのお楽しみ」


 玲奈の言葉には、明らかに企みがある。俺は再び彼女のペースに引き込まれるのを感じながら、玲奈に従って歩き出した。


 電車に揺られ、俺たちは少し郊外の方に向かっていた。普段行くような場所とは違い、静かな住宅街や広々とした公園が広がっているエリアだ。玲奈は途中まで何も言わず、ただ楽しそうに窓の外を眺めていた。


「ここ、どこなんだよ?」


 俺が尋ねると、玲奈はふっと微笑んだ。


「もうすぐだから、楽しみにしてて」


 やがて電車を降り、少し歩いた先に広がる大きな公園に着いた。そこは俺たちがよく来る公園とは違い、自然が広がる静かな場所だった。木々が風に揺れ、小さな川が流れていて、都会の喧騒とは全く違う落ち着いた雰囲気だ。


「ここ、初めて来たな……」


「うん、私もね、前に一度来たことがあって。すごく静かで、落ち着く場所だと思ったんだ」


 玲奈は少しだけ照れたように笑っていた。彼女がこんな場所に連れてくるなんて、少し意外だった。


「それで、大きなお願いってのは?」


 俺がそう尋ねると、玲奈は少し考える素振りを見せ、ゆっくりと口を開いた。


「……拓、実はね、今日ここで言いたかったことがあるんだ」


 その真剣な口調に、俺は思わず息を飲んだ。玲奈がいつもとは違う雰囲気を醸し出しているのが伝わってくる。


「な、何だよ?」


「実はさ……」


 玲奈は一歩俺に近づいて、真っ直ぐ俺の目を見つめた。その瞳には、今まで見たことのないほどの真剣さが宿っていた。


「私、もう拓を振り回すのはやめようと思うの」


 その言葉に、俺は驚いた。


「え、どういうこと?」


「これまでずっと、拓にお願いばかりしてたでしょ?それで、拓を困らせるのも楽しかったけど……本当は、もっと正直に気持ちを伝えたかったんだ」


 玲奈はそう言って少し目を伏せた。彼女がこんな風に素直に話してくれるのは珍しい。いつも強気で、俺をからかうことが多い玲奈が、今は何かを決意したような顔をしている。


「だから、今日はちゃんと伝えるね。私、本当に拓のことが好き。もう、幼なじみとしてじゃなくて、一人の男の子として、ちゃんと好きなんだ」


 玲奈の告白は、今までとは全く違う重さを持っていた。彼女が俺に本気で向き合ってくれていることが、痛いほど伝わってくる。


「玲奈……」


 俺はどう返せばいいのか、すぐには言葉が出なかった。彼女の本気の気持ちに、俺も答えなければならないと思ったけれど、自分の気持ちがまだ整理できていない。


「急に答えを求めてるわけじゃないよ。でも、私の気持ちをちゃんと知っておいてほしかったの」


 玲奈はそう言って、少し照れくさそうに微笑んだ。彼女の告白は、これまでのどの「お願い」とも違い、本当に心からの言葉だと感じた。


「俺……ありがとう、玲奈。お前の気持ち、ちゃんと受け取ったよ」


 俺がそう言うと、玲奈は少しだけ安心したように頷いた。前は受け止めることすら出来ていなかった。でも今日はそれは出来た。

 ──あとは俺次第だ。


「今日はこれで大きなお願いはおしまい」


 玲奈は照れ笑いを浮かべながら、俺の肩を軽く叩いた。その軽い一撃に、俺は思わず笑ってしまった。


「じゃあ、今度は俺が何かお願いする番だな」


 俺が冗談めかして言うと、玲奈は驚いた顔をして、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


「いいよ。私、拓のお願いなら何でも聞いてあげる」


 そう言って、玲奈は公園の風に揺られながら、また楽しそうに歩き出した。彼女との関係はこれからどう変わっていくのか、俺にはまだわからない。


 でも、玲奈が本気で向き合ってくれるなら、俺も彼女にちゃんと応えていこうと思った。

 ──もう答えは決まっていた。


 そして、俺は玲奈の後ろ姿を見ながら、そっとその手を握り返した。

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