高山 遥 06

「久しぶり。元気だった?」

 義人は私に向かって微笑みかけながら、さりげなく肩に手を置いた。


「うん、まあ」

 私は義人から目を逸らして、曖昧な返事をした。


「そっけないな。なんか怒ってる?」

 そう言って笑いながら、義人は私の顔を覗き込んだ。義人からはほんのりとアルコールの匂いがする。その手には、ジントニックの入ったカップが握られていた。


「べつに……そういうわけじゃないけど」

 小さい顔、丸くて大きな目、一直線に通った鼻筋、薄い唇。

 義人はいわゆる優男のような顔立ちで、柔らかい雰囲気を醸し出していたから、彼に惹かれている女性も少なからずいた。バンドの知名度が高かったわけでは決してないのに、大学時代にもファンが義人に差し入れを渡しているのを何度か見かけたこともある。


「この子が綾子が言ってた、遥のいとこ?」

 義人がゼロニーを指してそう言ったので、私は慌てて我に返った。義人を目の前にすると、ついゼロニーのことを忘れてしまう。


「うん、そう。二郎くん」

 ゼロニーは義人に向かって軽く頭を下げた。義人は腰を屈めてゼロニーの顔をじっと見つめたあと、

「ふうん。……あんまり似てないんだね。まあ、いとこなんてそんなもんか」


 『IF』はニュースで取り上げられてはいたものの、その姿は公開されていなかったので、精巧に作られているゼロニーを見てアンドロイドだと義人が気付くはずもなかった。


「遥たち、打ち上げどうする?」

 綾子が声をかけてきて、私が返事をする前になぜか義人が口を開いた。


「ああ、俺たちはいいや。みんなで楽しんでよ」

 義人はそう言うと、私の肩に手を回した。

 ゼロニーと触れ合った時には起こり得ない、久しぶりに人肌に触れた感触がよみがえってくる。私は拒めなかった。


「そう……? 遥、大丈夫? 帰らなくて良いの?」

 眉をひそめて、綾子が私に尋ねてくる。たぶん綾子は、義人と私の関係が健全なものではないとなんとなく気付いている。


「私……」

「綾子こそ、子供もいるんだし帰ったほうが良いんじゃないの?」

 私の話をさえぎって、義人がそう言った。


「大きなお世話。今日は母が預かってくれてるの。……私だって、ちょっと顔出したら帰るわよ」

 不服そうに返事をする綾子を見て、私は思い出した。

 もう大学生の頃のように、ライブが終わってから綾子と二人で語り合うことはできない。――綾子にはもう、他に帰る場所があるのだ。


「私も、いいや。せっかくだけど遠慮しとく。誘ってくれてありがとう」

 愛想笑いを浮かべながら言うと、綾子はまだ怪訝けげんそうな顔をしながら、

「……また、連絡するからね」

 と言って、去って行った。


「遥はこれからどうするの。二人でどっか行く?」

 息がかかるほどに顔を近付け、義人は私に尋ねてくる。私はゼロニーのほうに目をやった。

「私、うちに帰るよ。二郎くんもいるし……」

 そう言うと、義人はゼロニーを見つめた。


「そっか、彼は未成年か。じゃあ、駅まで一緒に送るよ。そのあとどっか行かない?」

 当たり前のように義人がそう言うので、私はよくわからなくなった。


 もう三ヶ月以上も連絡を取っていなかったのに――義人にとって、私は何なのだろう。私が義人の誘いを断らないというその自信は、いったいどこから来ているのだろう。


 黙ったままゼロニーを見つめる私を、ゼロニーは不思議そうな顔で見つめ返していた。私たちは、そのままライブハウスを出た。

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