Ⅰ-ⅳ.商業都市
015 東から南、そして西へ
切り立った山の斜面に、ぽっかりと開いた洞窟。
道らしい道もないし、思った以上に見つけるのが難しい場所だ。トールに案内してもらって良かった。
「松明は持っているかい」
「灯りは大丈夫だ。色々、世話になった」
「お世話になりました。サンドイッチもありがとうございます」
「良いんだよ。また、いつでも来ると良い。山の精霊のご加護がありますように」
「お互いに」
「ありがとうございます」
トールを見送って、洞窟の中を見る。
きれいな木材で補強されてるな。きちんと定期的に管理されているトンネルのようだ。
「松明を持ってるの?」
「持ってないよ。これを使うんだ」
リリーに光の玉を見せる。
卵を割る要領で杖の先に軽くぶつけると、光の玉が発光し、そのまま杖を中心とした周回軌道を描く。
「行くぞ」
「はい」
杖を持って、暗い洞窟の中へ。
「それって、光の魔法?」
魔法っていうか……。
「魔法の玉を知らないのか?」
「魔法の玉?」
リリーが首を傾げる。
知らないらしい。
「中に魔法が入ってる錬金術の道具だよ。これは光の魔法を込めた光の玉で、松明代わりに使えるんだ」
四、五人で歩けるぐらいの十分な明るさが確保出来る便利な道具だ。
「これも旅の必需品なの?」
暗い場所を歩くことなんて滅多にないし、普通に旅をするなら必要ないんだけど。松明より便利だからな。
「手を出して」
リリーが出した手に光の玉を乗せる。
ついでに紫の玉も渡しておくか。
「わっ」
溢れ落ちそうになった魔法の玉をリリーが慌てて捕まえる。
「白いのが明かりを放つ光の玉で、紫は逃走用の煙玉」
戦闘から離脱する時はもちろん、面倒な奴に絡まれた時に便利だ。
「もしかして、初めて会った時に使ったのって、これ?」
「そうだよ」
良く覚えてたな。
「魔法の玉は色によって入ってる魔法が決まってるんだ。ただ、通常の煙玉は煙が出るだけだけど、俺が作ったのには少し混乱薬を混ぜてある。使う時は気をつけろよ」
「はい」
何もしていない魔法の玉はグレーがかった無色だ。だから、魔法を込めた後に規格に合わせた着色をする決まりになっている。明かりの魔法なら白、爆炎の煙だけを抽出したものは紫といった具合に。
俺が作った煙玉は規格外だから、規格品に混ざらないよう、濃い紫色に着色している。
『いつまで持ってるのさ』
まだ持ってたのか。
「魔法の玉は衝撃を与えたら割れるから落とすなよ」
「気を付ける」
立ち止まって魔法の玉を仕舞うリリーに明かりを向ける。そこまで気を使って管理する必要はないんだけどな。
「ほら、行くぞ。離れるなよ」
「はい」
斜め後ろからリリーが付いてくる。
視界の範囲に居ないと途端に不安になるな。明かりの範囲から外れて居なくなることはないと思いたい。
ただ、一本道と聞いていた割には脇道が多い気がする。
「メラニー、バニラ。探索出来そうか?」
『かなり広いぞ』
「そんなに?」
『古い時代に採掘に使われた洞窟だろう。あちこちに坑道跡がある』
この洞窟は、坑道の名残だったのか。
『脇道は崩れる恐れがある。探索はしない方が良い』
「わかった。道中に危険があったら教えてくれ」
『了解』
『了解』
整備された正しい道と、放置されて塞がれた脇道の違いは明らかだ。このまま進もう。
「メラニーとバニラって、探検が得意なの?」
「闇の精霊は、暗い場所の把握が得意なんだ。大地の精霊は、地下や地面の状況を把握できる。他にも、岩や石、鉱物の情報にも詳しいんだよ」
「そうなんだ」
メラニーが何も言わないってことは、洞窟内に人の気配はない。順調に昼までに抜けられそうだ。
……にしても。
グラシアルの王都近郊に採掘場なんてあったか?
もしかして、ラゴプス鉄鉱山?
グラシアル女王国初期の主要な収入源で、フォノー河に架かる鉄橋の建材に使われたことで知られる鉄鉱山。
オペクァエル山のどこかにあるって言われてたけど、まさか、こんな所にあったなんて。
道理で、このルートが知られていないわけだ。
資源採掘場は軍事的な要衝の為、正確な位置が公表されないことが多い。ここは地図に載ることのない道なんだ。
「メラニーは明るいのは平気なの?」
「何の話だ?」
「洞窟の闇の精霊は、明かりを避けてるみたいだったから」
洞窟に居る精霊が見えたのか。
「精霊と人間の見え方は違う。闇の精霊は暗ければ暗いほど視界が晴れるらしいんだ。……メラニーも明かりは苦手だろ?」
『これぐらいなら平気だ』
平気なのか。
人間と一緒に居る期間が長ければ慣れるのかもしれない。
というか……。光を放つ精霊が見えているリリーには、洞窟はそこまで暗い場所じゃないのか?ここに、そんなに精霊が居る?
「他には、どんな精霊が居るんだ?」
「大地の精霊と風の精霊」
意外だな。大地の精霊はともかく、風の精霊もいるなんて。風通しの良い洞窟なのかもしれない。
「でも、雪の精霊は見かけなくなったかも」
『こんなつまらないところには来ないわ』
ナターシャ。
雪の精霊にとって、雪のない洞窟はつまらない場所らしい。
「俺と一緒に来たら雪なんてしばらく見られないぞ」
『良いのよ。私、山から出たかったんだもの』
「ナターシャも旅は初めてなの?」
『えぇ。人間と契約したのはエルが初めて。だから、あなたと一緒ね』
こんなに人間に慣れてそうな精霊なのに、契約は初めてなのか。
『遠くまで行くみたいだから楽しみだわ』
「うん。私も」
いや。ナターシャも、リリーだから普段通りの接し方が出来るんだろう。リリーには精霊と人間の垣根を感じない。
「たくさんの精霊と契約したら、寂しくなさそう」
「契約している精霊が多ければ良いってわけじゃないぞ」
「そうなの?」
「契約には魔力の提供が必要で、魔法を使うにも魔力が必要だ。複数の精霊へ魔力を渡す約束をしてしまえば、魔法を使う余力がなくなるぞ」
「そっか」
複数の精霊と契約すれば、契約時に結ぶ約束を果たせなくなる。
「それに、魔法を使うのに一番重要なのは精霊とのコミュニケーションだ。信頼関係がなければ魔法を使えないし、精霊同士の仲が悪ければ合成魔法も使えない」
「使えないの?」
「たとえば、エイダとジオの仲が悪かったら、風の魔法で威力を増大させた炎の魔法を放つなんてことも不可能になる」
『オイラは、そんな難しいことないと思うけどねー』
『そうですよね』
『人間は難しく考え過ぎだ』
魔法の理論の話をしてるんだけど。
合成魔法は二種類以上の属性を合わせて放つ魔法で、威力の増加や特殊な効果の付与が期待できる魔法だ。合成結果の属性は主となる魔法に依存する。
炎と風を合成した炎の竜巻なら、風属性といった具合に。
「確か、合成魔法には属性の相性があるんだよね?」
「反属性のことか?」
「うん」
光と闇のように反対の属性を持つもの。
求め合い、消滅する関係。
「魔法の合成が不可能な関係は存在する。けど、合成しなくても複数の魔法を同時に扱うことは良くあるからな。精霊の機嫌を損ねれば、魔法の発動に影響するのは一緒だ」
今のところ、俺と契約している精霊たちは仲良くしてくれているみたいだし、魔法が使えない状況にはなってないけど。
……いや。エイダには、未だに魔法の発動を止められてるな。
「だから……。複数の精霊との契約っていうのは面倒なことが多いんだ。一人の精霊とじっくり付き合う方が精霊との絆も深まるし、魔法への理解も深まる。結果的に良い魔法使いになれるんだよ」
俺はまだ精霊たちの力を完全に引き出せてはいない。
引き出せているのは表面的な力だけ。
信頼関係や深い理解があれば、精霊にしか扱えない魔法も扱えると言われている。
「リリーとイリスなら良い魔法使いになれるよ」
「え?」
これだけ信頼し合っているなら問題ないだろう。
「でも、私は……」
魔力が無い。
……でも、女王の娘は魔法を使えるようになる方法がある。
「言いたくないことは言わなくて良い」
「ごめんなさい……」
謝る必要も、そんな顔をする必要もない。
※
トラブルもなく、昼には洞窟を抜けることができた。
天気も良いし、ランチ休憩するのに丁度良い時間だ。
「美味しい」
リリーがサンドイッチを頬張っている。本当に、なんでも美味しそうに食べるよな。
見晴らしの良い岩の上からは、道が二手に分かれているのが見える。
「ここからキルナ村へ行くには、右と左、どっちの道を行けば良いかわかるか?」
「えっ?」
道と言っても、草木がまばらに生えていて、整備されているとは言い難い状態だけど。
「……左?」
違う。
『やっぱり外したね』
二分の一だったんだけどな。
「今、俺たちが見てる方角が、どっちかわかるか?」
「えっと……」
なんで、悩むんだ。
「東?」
……だめだ。
せめて北って答えてくれたら、まだ希望があったのに。
『リリーに方角を聞く方が間違ってるよ』
現在地もわかっていなければ、これから行く場所が洞窟を出て西ってことも理解してない。
リリーに地図を見せる。
「俺たちは東の洞窟に入って、南に出て来たんだ」
「南……?」
「つまり、俺たちが見ている方角は南。そして、キルナ村があるのは洞窟よりも西寄りの場所。だから、これから行くのは、」
「右?」
「そうだ」
ここまで説明が必要だなんて。
先が思いやられる。
※
『エル。気を付けろ』
「ん」
やっぱり、避けては通れないか。
「どうしたの?」
「亜精霊だ」
「亜精霊?あれが?」
道の先に、白い毛並みの大型の狼の姿をした亜精霊が居る。
「リリー。後ろに下がって……」
「私も戦う」
リリーが剣を抜く。
亜精霊との戦闘経験はあった方が良いか。リリーの実力も把握しておきたい。
「あの亜精霊の特徴はわかるか?」
「えっと……。狼の亜精霊は、動きが素早いのが特徴だよね?」
「そうだ。素早い動きで噛みついてきたり、硬い爪で引っかいてきたりする。それに、あれぐらい大型になるとブレスも吐く」
「ブレス?」
「ドラゴンや獣系の亜精霊が口から吐く高火力の魔法だ」
「魔法……」
魔力で生きる亜精霊は魔法を使うものも多い。
ただ、複数の魔法を扱う亜精霊は極稀だ。大抵は一種類で、せいぜい火力や範囲を使い分ける程度だろう。
「ブレスは、大きく息を吸い込む予備動作をするのが特徴だ。その動作を見たら、敵の正面から逃げるんだ。無理なら、マントで防いでも良い」
「マントって……。このマント?」
リリーが毛皮のマントを見る。
「あぁ。この地方の奴が使うのは氷のブレスだからな。防寒効果の高いマントなら緩和してくれるはずだ」
「そうなんだ」
「他に聞きたいことは?」
「大丈夫」
リリーが剣を構える。
「援護はする。無理はするなよ」
「わかった。……じゃあ、行くね」
言うなり、リリーが走り出す。
早い。
適度な距離を保ちながらリリーの後を追いつつ、身体の周囲に炎の魔法を集める。寒冷な場所だから時間がかかるな。
接近に気付いた白狼が、こちらに向かって駆けてきた。
リリーが白狼に向かって大剣を振る。初撃は飛び跳ねて回避されたが、空中を舞う白狼に向かって、リリーがすかさず剣を振り上げた。
すごいな。あの状態から一撃を当てるなんて。
でも、リリーが斬りつけた斬撃の跡が亜精霊に残ることはない。亜精霊とは、斬っても斬れない存在。体力が限界を迎えるまで、一切、その姿を変えないのが特徴だ。
着地した白狼に向かって、リリーがもう一度剣を振って……。
白狼が避けると同時に剣の動きを止めたかと思うと、避けた方向に向かって突き刺した。
なんだ。今の動き。あんなの、白狼の動きを先読みしていないと不可能だ。
白狼が数歩引いて、ブレスの予備動作を行う。
もう充分だな。
集めていた炎を白狼に向かって放つと、白狼が消滅した。
「消えた……」
「亜精霊は、体力を失えば消滅する存在だからな」
そこに居た痕跡など一切残さずに、跡形もなく消滅する。
「怪我は?疲れてないか?」
「大丈夫」
リリーが剣を背に戻す。
息切れ一つしていない。俺が知ってる中でもかなり上位に入る実力者だ。
「亜精霊って、消滅させて良いのかな」
「亜精霊は自然に逆らった存在だ。元が何だったにせよ、自分の意思で生きることが出来なくなったものなんだよ。さっさと死者の世界に送ってやった方が楽になれる」
「……そっか」
リリーが俯く。
自分を追い回してた連中にも情けをかけていたし、雪山の戦闘でも攻撃を寸止めしてたっけ。
優し過ぎる性格は戦闘に向かない。
亜精霊によっては自我を持つものも居るらしいけど、生き物を見境なく襲う奴は討伐対象だ。
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