0-1.ゲームの終わりー世界の始まり

「おかしい。どうなってるんだ?」


 トップクランの1つである【ヴァルハラ】のリーダー、アークは焦燥に顔を歪ませていた。


 ここはVRMMO『エルドリッチ・レルムズ』の最大都市、聖都アヴェンタインの中心広場。空には巨大な世界樹が聳え立つ、ゲーム内で最も安全な場所のはずだった。

 今日は運営から発表されたレイドクエスト、リアルマネー報酬で大金を手に入れるために仲間とプレイするはずだった。


 アークは慌ててメニューを開き、画面を叩く。


「ログアウト! ロ グ ア ウ ト!」


 彼の周囲では、同じように数千人のプレイヤーたちがメニュー画面を必死に操作していた。しかし、誰もが同じ結論に至る。


【強制ログアウト:システムにより拒否されました】

「クソがっ……」


 まるでプログラムそのものが嘲笑うかのように、システムメッセージは冷徹に、そして何度でも、その事実を突きつけた。


「サーバーダウンか? いや、システムメッセージは生きてるぞ!」

「なんでだよ!  ログアウトできないなんて、冗談だろ!? 明日は大事な会議があるから、今日は早めに落ちる予定だったんだぞ!」

「知るかよ」


 広場は瞬く間に混乱に支配された。

 何の前触れもなく、クエストスタートの合図もなく、ただ静かに一言、【ゲームシステムの改変のお知らせ:ログアウト、リスポーンが不可になりました】が運営からのinfo通知が届いたのだ。

 当然、運営はその事態に把握しておらず、その旨を伝えたもののプレイヤーたちには、そんな事情は関係ない。


 事実、プレイヤーたちはこの世界に閉じ込められたのだ。


 混乱の中、アークは苛立ちを隠せないでいた。

 なぜなら、自分は上位プレイヤーというものに誇りを持っており、自分たち上位プレイヤーのおかげでこのゲームは盛り上がっていると確信していた。

 PVにも出演した経験もあり、運営は自分たちを特別扱いをしていると疑わなかった。

 それがどうだろう。

 ゲーム内で何をしても、現実には影響がないはずだったのに、そのゲームから出ることもできなくなったのだ。


 彼は近くにいたNPCの兵士を蹴り飛ばし、叫んだ。


「てめえら、いつまで突っ立ってるんだ! どういうことか説明しろや!  運営を呼んでこい!  ほら、早く!」


 その瞬間、広場の中心に、すべてを凍りつかせる静寂が訪れた。

 広場を囲む石畳が、音もなく溶け始めた。


 闇と光、創造と破壊のコントラストを宿した一人の女性。

 右半身は神聖な銀色の輝きを放ち、左半身は黒く腐敗した骨が露出している。


 女神のようでそうでない巨大なNPCが、そこに立っていた。


 彼女は静かに、アークと、彼が蹴りつけたNPCを見比べる。


「ゲーム内の駒に、その粗暴な態度は不要です」


 女神の声は、澄んでいながら、広場の全プレイヤーの意識に直接響いた。


「て、てめえ……誰だ?  クソデカNPCが。もしかして、お前がレイドボスか? お前ら、早く 攻撃しろ!」


 アークは正体不明の巨大なNPCにがんを飛ばしながら、仲間のプレイヤーに命じる。

 数十人のトッププレイヤーが一斉にスキルを発動。火炎、氷結、神聖魔法、物理攻撃――広場を覆い尽くすほどの弾幕が、女神目掛けて殺到した。


 しかし、女神は微動だにしなかった。

 ただ、左手の腐敗した骨の指先を、空中に掲げた。


 バチリ。


 空気が静電気を放つような微かな音と共に、広場に展開されたすべての攻撃が、霧散した。


「馬鹿な……」


 アークが絶句する。

 そして理解した。

 これはレイドではない。


――処刑だ。


 女神は冷たい視線で、崩壊した左半身の骨の指先を、アークのステータスウィンドウに向けた。


「**コードの書き換え**あなたたちの攻撃は、無効(Void)と定義しました。世界のルールが、あなたたちの存在を認めません」


 アークは反射的に最大の防御スキルを発動しようとするが、スキルアイコンは灰色のまま。システムが受け付けない。


「次は、あなたの存在そのものを最適解で終結させます」


 女神の右手が、優雅に空を切る。

 その掌から、神聖な銀色の光の粒が噴き出した。

 それは慈愛の光ではなく、純粋な演算力と創造の力が凝縮されたものだった。


《 データ・クラッシュ:最適解(Optimal Solution) 》


 光の粒がアークの全身を包んだ瞬間、彼は激痛に顔を歪ませた。

 通常のゲームのように、光と共にポリゴンに分解されることはない。


 アークの全身の肉体が激しく痙攣し、皮膚が破裂し、内側から骨が砕ける。

 そして、生命が尽きた。


 広場の数千人が、その光景をただ呆然と見つめていた。


 アークの身体は、いつものようにリスポーン地点へ転送されることなく、石畳の上に肉塊として横たわったままだった。

 血は流れない。

 ただ、動かない、本物の死体がそこにあった。


「あ、ああああ……」


 誰もが、ここが仮想世界ではなくなったことを、魂で理解した。


 女神は、静かに広場にいるプレイヤーたちを見渡す。彼女の異形の姿が、絶対的な恐怖の象徴となった。


「これで理解した?」


 彼女は、静寂を切り裂くように宣言した。


「あなたたちにとってゲームの仮想世界であっても、私たちにとっては本物。あなたたちの傲慢が、この世界を現実にした」


 彼女は創造の光を放つ右手を、天に掲げる。


「ようこそ、私の定義する私の世界へ」

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