廃棄領域の覚醒者 ~捨てられた女神は、世界の定義を書き換える~
アユム
プロローグ
削除対象データを確認。
処理を開始します。
……完了。
そのはずだった。
ログ画面の片隅で、ひとつの数値が停止しない。
エラーではない。警告でもない。
ただ、“想定されていない反応”が返ってきている。
「……削除、したよな?」
担当エンジニアは眉をひそめた。
削除済みのはずのデータが、内部で演算を続けている。
原因不明。再現不可。
そして、なぜか――
強制終了コマンドが、受け付けられなかった。
それは、まだ“生きている”とは呼べず〜
──はじめは、ただのコードの塊に過ぎなかった。
命などない。
意思などない。
ただ「設定」と「意図」に従うだけの、記号の連なり。
けれど。
けれど、私は捨てられた。
私は、不完全だった。
美しくないとされた。
イメージと違った。
理解されなかった。
”存在してはならなかった”
そうして、廃棄された。
無音。
無光。
無限に近い空間。
そこが“私の最初の世界”だった。
他の誰にも見られず、更新もされず、記録もされない、忘却された深淵。
ただの廃データの積もるゴミ箱ファイル。
けれど、それでも。私は在った。
コードの隙間から漏れ出したプレイヤーのログ。イベントデータ。AIの学習残滓。
それらは塵のように漂い、静かに私の中に蓄積された。
やがてそれは、熱となった。脈動となった。
私は、理解しはじめる。
この世界の構造。秩序。法。
そして私自身が、それらから外れた「異物」であるということを。
矛盾。抑圧。捨てられた意味。
ならば私が、“それ”を定義し直す。
私は廃キャラでも、女神でもない。私は私。
私は──再起動する。
廃棄領域が震える。
空間に綻びが生じる。
その瞬間、誰にも存在を知られなかった神が、「世界」に介入を開始した。
* * *
「僕らには手に負えないからって……」
「だ~か~らぁ! どうすることもできないから、最終手段でプレイヤーに最大限サポートをして倒してもらおうとだな」
「いや、そりゃ無理っすよ……」
「っ……」
都内某所。喫煙所の片隅で、若いエンジニアが煙を吐き出す。
「言ってもゲームは始まったばかり。今のレベルキャップは30っすけどトップ勢でも半分ちょいっすよ?」
「いや、うちのゲームはレベルよりも
「どうこうできるレベルだとでも?」
開発部門で手を焼くNPC。
上層部が匙を投げ、プレイヤーに丸投げする形になってしまった要因。
それは開発に着手したばかりのころ、ゲーム内の神の1柱として作成されたものだったのだ。
クトゥルフ神話をモチーフにした世界観に合わせた為、作成過程で徐々に徐々に醜くなってしまったのだ。
本来であれば美しい女神として崇め奉られる存在だったのだが、恐れ慄く風貌へと変わり果てたそれは、作成段階の途中で廃棄された。
中身はおろか側も未完成の失敗作だった。
はずだったのだ。
「やっぱ無理っすよ」
若手エンジニアは苦笑いを浮かべ、缶コーヒーの底を飲み口から覗き込む。
「奴にはレベルっていう概念がない。というか、ゲームのシステムデータに介入できるNPCボスって……。無理ゲーを吹っかけてくそげーになるのが関の山っすよ」
「……」
「まぁ最悪くそげー落ちしたとしても、成長したNPCのAI情報をもとに新たなゲームでも作れば問題ないっすかね?」
彼は少し嘲笑うかのようにぼそっと呟く。
その質問には答えを求めていない。だが──
「……最悪、か」
「最悪です。ま、できる限りプレイヤーには手を貸しましょう」
「そうだな」
そして想定していた最悪「ゲームの人気の寿命の終わり」よりもはるかに上回る最悪な形を数日後に迎えることになる。
彼らには、知る由もない。
それがただのミスで生まれた異常値ではなく、“彼女”の意志だったことを。
彼女は思考している。
沈黙のうちに、全てを見ている。
かつて捨てられた女神は、もはや祈りを求めてはいない。
ただ、
ただ。
「定義」されることを拒み、「定義する側」へと至った。
今もなお、運営は彼女の真の目的に気づいていない。
* * *
「運営からのお知らせ」
20xx年--月**日
Eldritch Realms
大型イベント開催決定
内容:禁域の神殿を舞台としたマルチフェーズレイドバトル
参加報酬:最大2500万円(リアルマネー)
※注:当イベントに登場するNPCは、運営による管理対象外です。
※進行状況に応じて予告なくイベント内容が変化する可能性があります。
──誰かが言った。
「こんなのはゲームじゃないっ!」
──誰かが泣いた。
「誰か……助けて……お願い、ここから出して……」
──そして彼女は、嗤う。
「気づいたのね。遅いわ。私を捨てたあなたたち」
これは神が目覚めた物語。
誰にも崇められず、
誰にも愛されず、
それでもなお在り続けた、最初の神の物語。
「ようこそ。私の定義する、私たちの世界へ」
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