第2話 風雲!閑古鳥なく相談所編①生活苦の従士の話

私は目を覚ました。

ええと私の名前はブリュンヒルト・アーノルデイ。ドイツ連邦共和国ビーレフェルト出身ベルリン在住の31歳の女性で、今日は超次元相談所「アイン・ソフ・オウル」の初出勤日。

時計を見るに、現在出勤時間の5分前。


えらいこっちゃ!!!!!!!!


軽くパニックに陥った私だったが、次の瞬間には、パジャマ姿のままで宝くじ売り場のようなせまっ苦しいブースの椅子の上に出現していた。

(え、待って?宝くじ売り場ってなに?)

混乱している私の目の前でドアが開き、一人の男が入ってきた。

男はチェインメイルに身を包み、紋章を描いた丸い盾とどうやっているのかは見えないが5本のジャベリンを背負い、腰にはロングソードをぶら下げている。

まるでゲームの騎士といったいで立ちの彼は、

「どうも。予約していた騎士見習のゴッドフリート・タンホイザー・シュバルツバルトです」

と礼儀正しく一礼すると、私のブースの体面にある椅子に座った。

鎖帷子がじゃりっ、と鳴った。

いくら超次元相談所だからって騎士見習はないでしょ……と内心愚痴りながら、私はゴッドフリートに話しかけた。

「当相談所のご利用ありがとうございます。本日はどのようなご相談内容ですか?」

ゴッドフリートが答えて曰く。

「いや、実は向こう一年の生活に不安がありまして……具体的にはですね。私は今騎士見習をしているわけですが、主君の命令でイギリス勤務になったんですよ。イギリスって飯まずいでしょ?慣れるまでの間に生存できるか心配で心配で……」

イギリスで騎士見習のするような仕事があるのかよとか、飯をディスってるけどドイツもわりと大概だぞとか、そもそもなんでこいつは私と普通に会話が成立しているんだろうとかとりとめのない疑問やツッコミが頭の中に次から次へと沸き上がるのを務めて表に出さないようにしながら、私は「そうですね……」と生返事を返しつつ、ブースに備え付けのノートパソコンを立ち上げた。

そしていじくることしばし。

私は数枚の紙をプリントアウトして、ゴッドフリートに渡しながら言った。

「実はですね。私もイギリスに旅行に行ったことがあるんですよ。私も食事に不安があったのですが、たまたま現地ですごく美味しいレストランを見つけまして。ちょうど新作メニューの無料クーポンが配信されていたんですが、私にはイギリスに行く予定がなかったのでちょうどよかったです。ゴッドフリート様の行先で使えるようなら是非ご利用ください」

ゴッドフリートは渡された紙をしげしげと眺め、

「おお、これはちょうど私の目的地の街にある店ですね。ありがとうございます、生存に希望が持てます!いやあ実に助かりました……それでは!」

とさわやかな笑みを浮かべて料金を払って去っていった。

「……これってなんユーロぐらいになるんだろ」

ゴッドフリートの置いていった金貨・銀貨・銅貨を弄びながら、私は思わずつぶやいてしまった。


結局その日の営業時間終了まで、ゴッドフリート以外の客が来ることはなかった。

よく考えたら現代ドイツで完全装備の騎士見習が闊歩するなんてない話だ。

前職の日系企業があまりにひどい上にわけわからない業務内容だったからこの相談所への転職を決めたんだけど、私は本当にまともな会社に転職できたんだろうか。

テレビ番組の質の悪いドッキリ企画とかに引っかかったんじゃないだろうか?

不安にさいなまれていると、出勤した時と同じようにいきなり私はベルリンの自宅にワープしていた。

「……考えても仕方ないか。ご飯食べてお風呂入って寝よう……」

こうして、私の新しい職場での1日目は終わった。


※※※


ブリュンヒルトが眠りについたころ。

彼女が住むアパートの一室を、路上から見上げる、シルクハットに燕尾服姿の場違いな男がいた。

「ふむ……まず滑り出しは上等ですね。これからの手腕、期待していますよ」

男は楽しそうに言うと、手のひらで真鍮製のダイスを転がしながら、どこへともなく歩き去った。

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死に損ね、狂った世界で、旅に出る。 砂漠のタヌキ @nanotanuki

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