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 畑仕事でついた土を清らなか井戸の水で落としてから、二人は鳥の巣の中に戻った。(畑仕事のあとだから、汗をいっぱいかいていたし、とっても気持ちよかった)

 白藤の宮は若竹姫のために、冷たいお茶を入れてくれる。

 若竹姫はその間、さっき自分たちでとった新鮮な瓜の一つを包丁で切って、葉っぱの形をしたお皿の上に盛り付けた。(新鮮な瓜は包丁で切ると、ざくっと、とても気持ちのいい音を立てた)

 二人は鳥の巣の縁側に戻ると、そこに腰をかけて、冷たいお茶を飲み、それから取り立ての瓜を食べた。(思っていたよりも、むきになっていたのだろう。白藤の宮は、なんだかとても疲れていた)

「美味しい」

 と、驚いた顔をして、(ほっぺたを膨らませながら)若竹姫は言った。

 いつもはお喋りの白藤の宮は、瓜を食べている間、そんな若竹姫の(子供みたいな)顔を見ながら、にっこりとただ微笑んでいるだけだった。(もしかしたら、畑仕事で疲れているだけなのかもしれないけど)

「あなたの結婚のお話、聞きました」

 瓜の乗ったお皿が空っぽになったところで、白藤の宮がいつもと変わらない顔で、そう言った。

 若竹姫は無言。

 若竹姫はずっと、ただ気持ちよく晴れている鳥の巣の上に広がる青色の空だけを見ていた。(その青色に憧れるように。あるいは、その青色を懐かしむように)

「あなたはとても美しい人です。そんなあなたに今まで良いご縁の結婚のお話がなかったことが、むしろ不思議なくらいですよ。都一の可憐で美しい花だと言われる、あの撫子の宮よりも、若竹姫、あなたのほうが美しいと私は思っていますよ」とふふっと笑いながら、若竹姫を見て、白藤の宮は言う。

「……そんなこと、ありません。褒めすぎです」

 と若竹姫は(頬を赤く染めて)言った。

 それは謙遜ではなくて、若竹姫の本心だった。

 若竹姫は一度だけ、撫子の宮と宮中の中であったことがあった。(ただすれ違っただけだったけど)

 そのときに見かけた撫子の宮は、本当に(まるで本物の天上界に住んでいる天女でもあるかのように、この世の人とは本当に思えないほどに)本当に、美しい人だった。

 ……、美しくて、華やかで、優雅で、真っ白な肌と、長い黒髪が綺麗で、とてもいい香りのする、女の人だった。

 なにもかもが、ゆっくりと動いていて、まるでそこだけ時間が遅くなったようにすら感じた。

 若竹姫はそんな美しい撫子の宮に見惚れてしまって、しばらくの間(その場にいたほとんどの人たちがそうであったように)動けなくなってしまった。

 そんな若竹姫を見て、撫子の宮はにっこりと、子供みたいな無邪気な顔で、花が咲くように笑った。

(あとで知ったことだったけど、それは撫子の宮が都の天子さまのお妃になられることが決まった日のことのようだった)

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