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「あらあら。お寝坊さんですね」

 朝の遅い時間に目を覚まして、自分のところにやってきた若竹姫を見て、にっこりと笑って白藤の宮はそういった。(若竹姫は気が付いていなかったのだけど、このとき若竹姫はとても不安そうな顔をして白藤の宮の顔を見ていた)

「おはようございます。白藤の宮」

 小さく笑って若竹姫はいう。

 そこにはいつもと変わらない元気な姿の白藤の宮がいる。(……、よかったと若竹姫は思った)

 ……、現在の時刻は、どれくらいなのだろう?

(少しだけ目をつぶっているだけのつもりだったのに、いつのまにか、眠ってしまった)

 寝坊はしてしまったけど、それほど長い時間寝過ごしてはいないはずだった。

 白藤の宮は白い割烹着を着物の上に着て、台所に立って朝ご飯の準備をしていた。

 とんとん、という気持ちの良い包丁の音が聞こえる。(そんな、台所に立っている白藤の宮の後ろ姿を若竹姫は少しの間、入り口のところからぼんやりと眺めていた)

 日の光りの差し込んでいる台所にはお米を炊いている白い湯気がたっていて、竈には炎が燃えていて、ぱちぱちというお魚を焼く音がしている。それから、ぐつぐつというお湯の沸く音と、お味噌のいい匂いがしている。(思わず目を閉じて、くんくん匂いを嗅いでしまった)

 若竹姫が浅い眠りから目を覚ますと、もう横の布団の中には白藤の宮の姿はなかった。(布団はきちんとたたまれていて、部屋の中には明るい太陽の光りが障子越しに、たくさん差し込んでいた)若竹姫は朝日の昇った鳥の巣の屋根の上から軽快な動きで音もなく下りると、まずはこっそりともう一度、お風呂場をかりて、そこで身を清めてから、乱れてしまった身支度を整えて、なにごともなかったかのように布団の敷いてある部屋に戻って、ぐっすりと眠っている白藤の宮を起こさないように気を付けながら、そっと(もう冷たくなってしまった)自分の布団の中にもぐりこんで、それからすぐに短い眠りについた。

 まだ眠たい目をこすりながら、名残惜しそうにもぞもぞと布団を出ると、(布団を綺麗にたたんでから)若竹姫は白藤の宮を探して鳥の巣の中を歩き始める。すると、すぐにいい匂いがしてきて、白藤の宮のいる場所が台所なのだとわかった。

 朝ご飯の用意は、もうほとんど終わっていた。

 焼いたお魚(鮎のようだった)に炊きたてのほかほかの白いご飯。

 大根のお味噌汁。

 それにきゅうりのお漬物。(大根もそうだけど、きっと白藤の宮がこの鳥の巣で、自分で育てた愛情たっぷりの野菜なのだろう)

 それは本当にとても美味しそうな、贅沢な朝ご飯だった。

「どうかしたの? 若竹姫。あなた、まるで『幽霊でも見たみたい』な、とてもひどい顔してるわよ。ほら、ぼんやりしていないで、まずは顔を洗って、きちんと着替えをして、それからお食事の支度を手伝って」

 と楽しそうな顔でにっこりと笑って、白藤の宮はまだどこか寝ぼけた顔をしていた若竹姫にそう言った。

「あ、はい。わかりました」

 とぱちっと優しく自分の両方のほほを手のひらで叩いてから、目をしっかりと開けて、小さく微笑みながら、若竹姫は元気な顔で白藤の宮にそう言った。

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