12話 生きててよかった
「え?」
兄弟というか、正確には異母兄弟になるが。
「今から経緯を話します、先輩」
先輩は何かを思考している様子のまま、病室の丸椅子に座った。お母さんも張り詰めた顔のまま、立っている。
私のお父さん――充希は、私のお母さんと結婚していた。ただ、そんな中、充希は不倫していて、不倫相手とに子供ができる。その子供が先輩だった。そしてその一年後、私のお母さんと充希の間に子供ができる。その子供が私。私が四歳の頃に充希とお母さんは離婚する。私の苗字は春坂になる。そしてそれから充希は、不倫していた――つまり先輩のお母さんと結婚する。そして先輩が十一歳の時に、充希はトラックに撥ねられ、死亡――。
先輩が今度は豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「なんで――お母さんは先輩を見てお父さんの子供だってわかったの?」
「――顔がそっくり。充希と、健史くんが」
私が四歳の頃にお父さんは家を出て行ったから私はお父さんの顔をほとんど覚えていない。なるほど、だから私は気づかなかったのか。
「最低だな。父親は」
先輩は低い声で言った。
不倫をしていた上に妊娠させるなんて。それに、先輩が屋上で話していたこと。
――俺の父親は暴力ばっかだったし。
私はお父さんから、暴力を受けた覚えはないが、お母さんの体にあざがあったのを思い出した。もしかしたら、お母さんは暴力を受けていたかもしれない。
――そん時の俺は本当にずつと父親のせいで辛かったから、父親を轢いたやつに感謝までしてたくらいだ
先輩の言葉が今なら、よく理解できた。
私は言った。
「私と先輩は異母兄弟だったんですね」
「気づかなかったな」
先輩がさっきより幾分か明るい声でそう言った。
「そりゃそうでしょ、先輩の名前知らなかったんだから」
先輩と私はぷっと吹き出し、笑った。病室に笑い声が響く。
すると、お母さんがおずおずと話し出した。
「ごめんなさい」
私はお母さんの方に顔を向けた。
「今の、やりとりであなたたちの関係が悪いものでないことがわかったわ。話を聞かず、責め立てて……。沙奈も健史くんもごめんなさい。」
お母さんは俯いた。それから――。
「ねえ、なんで沙奈は屋上に行っていたの?それだけ教えて」
お母さんは暗い声でそう聞いた。
「それは……」
「春坂……」
先輩は不安そうに私の名を呼んだ。
怖かった。言うのが。でも、お母さんが私を信じてくれた。先輩と私の関係を。じゃあ、私も言わないと――息を大きく吸った。
「お母さん、私ね。いじめられてたの。クラスの人に。それでね、でも、言うのが恥ずかしくって。いじめられてるなんて、言えなくて……」
自分の言葉が震えていた。急に鼻がツンとして、いじめられていた日々を思い出した。お弁当の中身を捨てられたこと、机を教室の窓から落とされたこと。涙がせりあがってきた。
「私、お母さんに迷惑かけたくなかったの。お母さん、仕事で忙しいし、私のせいで色々、世話かけたら、いけないと思って……それで、屋上に逃げて――そしたら先輩がっ、いて、匿ってくれて」
嗚咽が漏れた。涙が服に滲んだ。言うのが怖かったんだ。私。恥ずかしかったんだ。いじめられてるなんて、そんな悲しいこと、お母さんに言えなかった。
「ごめん、沙奈。私……そんな……」
お母さんは、私の言葉を整理できていないようだった。お母さんは、私以上に涙が出てきたみたいで、私より泣いていた。お母さんの嗚咽が続いた。
「ごめん、ごめん、沙奈」
お母さんは言葉が出てこないようだった。でも、ちょっとしてから言葉が喉から溢れたみたいに言った。
「迷惑、かけたらダメとか、そんなこと、思わなくていいから、沙奈が、幸せでいてくれ、る、のが、一番嬉しい、から。ごめんね、気づけ、なくて……」
その言葉を聞いた瞬間に、私のはりつめていた何かもぷつんと切れて、涙が溢れてきた。ああ、言ってよかったんだ。
そして、ぐすりと先輩の鼻を啜る音も聞こえた。面白くて、私はちょっと笑った。
「なんで、先輩が、泣いてるんですか」
「俺は、泣いてない」
「泣いてるじゃないですか」
「泣いてねえよっ」
少し強めに先輩が言い返した。そっぽを向きながら、鼻を啜る、先輩。
みんな泣いていた。窓から日差しが差し、私たちを明るく照らしていた。
あとから、朝の点検に来た、看護師さんが私たちがあまりにも泣いているので少しびっくりしてからいた。それから、私が目覚めたのでみんな泣いていると勘違いして、こう言った。
「沙奈ちゃん、生きててよかったね!」
私も、涙でぐしょぐしょになった顔を看護師さんに向けて、言った。
「はい、生きててよかったです」
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