奪還前
盗賊が回復してから、勇者一行は再び戦の準備を整える。前回大規模な奇襲を退けた際にかなり名のある魔族を討ち取っていたこともあり戦線が少し落ち着いたのだ。そのため北の獣人連合との連絡や補給線の確保のため、北側にある砦の一つを奪還すべく動くことになっていた。作戦的には獣人連合側との合同であるが、連携が取りづらいため大まかな作戦は挟撃するというだけである。
だが要は勇者だ。先の奇襲防衛戦での活躍からしても切り込み隊長として申し分ないだろう。しかも今回に関しては勇者や僧侶、魔法使いに盗賊と言った職業別に配置が分散されるわけではなく、『勇者一行』として動くことができる。これで攻守共に隙がなくなるだろう。
さて、砦を一つ経由して遂に戦場へと辿り着いた。距離が近くなってきたこともあって獣人連合側との連携も取りやすくなってきている。襲撃に先んじて、斥候が既に偵察を始めている。今の所作戦は順調で魔物達に目立った動きは見えないとのことだった。まぁ泳がされているのか、はたまた本当に作戦が順調なのかは定かではないわけだが。
というところで、盗賊が勇者に耳打ちした。
「俺が砦まで先行して様子を確認してくる。軍の斥候が信用できないわけじゃないが、情報の優位性は確保しておきたいからな」
対する勇者は端的に頼んだ、と返す。盗賊も頷き、指揮官に一言断りをいれてから単独で行動を開始した。
山野を駆けつつ、盗賊は周囲の状況を確認したが、魔物やその他動物などの様子に特段違和感は感じない。魔族と対峙した時のような嫌な感覚も特に感じない。
(この調子なら、報告通り作戦は順調だと踏んで問題ないな)
盗賊は内心そう考えながら更に走り、砦を遠くから一望できる場所まで辿り着いた。盗賊は目を細めて砦の兵の数や配置を細かく見て把握していく。見たところこちらにも異常は見られなかった。ただ一つだけあるとしたら、その兵は獣人だということだ。そして監視塔には
(城壁の上を巡回している兵は…獣人奴隷。誇り高い獣人連中のことだ、魔王軍に下るくらいなら死を選ぶだろうが…現に彼らはここにいて、砦を守護している。となれば洗脳されていると考えるのが妥当…つまり)
盗賊は偵察を切り上げ、本隊に合流すべく帰路に就いた。
一方、盗賊が旅立ってすぐの勇者一行は司令官と作戦の確認を行いつつ、行軍を続けていた。
「───とまぁこのように、あくまでキミ達勇者一行は陽動…と見せかけた本命だね。敵戦力はこっちの本隊で大体は釣れるはずだから、その間に敵首魁である魔族と思われる存在の討伐を頼むよ」
作戦は単純明快。本隊が何とか耐え忍んでいる間に勇者一行が魔族を討伐し、魔物の統制を潰して取り返す、さしづめ電撃戦というわけである。と、説明中に司令官が手を挙げてハンドサインをする。すると、一人の騎馬兵が近寄って来た。騎馬兵は人馬共に頑強な全身鎧を身に纏い、左手に盾、右手にランスを掲げていて隙がない。
騎馬兵は勇者を一瞥してから、司令官に「お呼びでしょうか」と低い声で言う。司令官は少し微笑むと、勇者に向き直り、
「敵の力があまりに強大で、キミ達の力が及ばない可能性も考慮して彼を待機させておく。彼は獣人連合側にいた一騎当千の騎士でね、前線において獅子奮迅の活躍をしてくれているんだ」
そう告げる。勇者と騎馬兵───騎士は軽く挨拶を交わし、合図の話に移る。司令官は「合図は…そうだね、何でもいいんだけど…」と言いながら懐から何かを取り出して見せた。それは穴の開いた木片に紐が繋がっている不思議なものだった。
これは、と目を見開く勇者に対し、司令官は告げる。
「これは『回笛』と言ってね。ボクの故郷のモノで、これを使って魔物や動物除けにしていたんだ。使い方は紐を持ってくるくると回すだけ、簡単だろう?」
司令官はその場で軽く回して見せる。すると不思議な音が鳴り、しかし合図にしては音が小さすぎるという懸念を勇者が示した。
すると、以外にも騎士が口を開いた。
「…私は獣人ゆえ耳が良い。この特徴的な音ならば戦場の喧騒の中にあっても搔き消されることなく聞こえようもの。私はこれで構わぬ」
無骨な印象を受ける言葉遣いに勇者は苦笑しつつ、合図はこれに決めた。そんなところで、盗賊が偵察より帰還した。
「待たせたな、情報をある程度持ってきた」
盗賊は、砦はこちらの進軍に気付いた様子はなかったこと、そして獣人奴隷が従軍していることを先に伝えた。すると司令官は神妙な顔つきで少しの間考え込むと、
「…わかった、そのコトも含めて作戦を少しだけ練り直すことにするよ。情報提供に感謝するよ」
そう言った。盗賊は短く返事をすると勇者の下へ行き、再び耳打ちした。
「…勇者一行だけで話がしたいんだが、可能か?できれば他には聞かれたくない」
「…一応、僧侶は遮音の魔法を使えるみたいだけど、それで大丈夫かい?」
盗賊は頷いて何事もなかったかのように預けていた自分の馬に乗り、勇者を中心とした位置に戻った。
30分ほど後、砦を目前にして陣地設営のために束の間の休息を取ることになった。その際に勇者一行で集まり、作戦会議を行う。勿論、僧侶による遮音魔法付きである。
「…さて、盗賊さん、彼らに聞かれたくない話ってなんだい?」
「アンタのことだからこんな時まで冗談言うんじゃないかってちょっとヒヤヒヤしてる自分が嫌だわ…」
心外だな、と盗賊は苦笑するが日頃の行い、という言葉を思い出して真顔になった。
「ま、話ってのは単純だ。砦の総大将についてだが、おそらく洗脳系の能力を有している。洗脳系の魔法に関しては昔からあるから知ってるだろ?」
洗脳系魔法とは、単純明快で行使する側の魔力の強さに比例して成功確率の上がる魔法で、場合によっては大勢を洗脳して思い通りにすることが可能なほどの強力なものだ。その強力さと無法さ故に全世界で禁呪認定されているが、定期的に洗脳系魔法の使い手が出て世界を混乱の中に陥れていた。
「で、勿論こっち側の魔力が強けりゃ抵抗も簡単なわけだが相手は魔族、抵抗できそうなのは勇者一行の俺達と本隊に数十人ってところだろうよ。獣人連合は全滅も有り得るかもな」
じゃあ伝えないのは悪手なんじゃ、と盗賊以外の全員考えたが、盗賊は更に続けた。
「それに関しちゃさっきの会話で司令官サマは気付いてるだろうよ。今頃は魔力の強いヤツを集めて対策を練ってるところだろうさ。まぁ万が一兵の大多数が向こうに洗脳されたとしても一騎当千の兵士がいるから大丈夫だろ」
「でも彼は騎士だろう?騎士は大抵そこまで魔力が強くないはずだ」
勇者の言う通りだが、盗賊はわかってないねぇー勇者クンは、などと言いながら横目で先程紹介された騎士を見た。その鎧は明らかに他とは一線を画しているように見える。
「あの鎧は見た目だけじゃなくて特殊な付与魔法で魔力を遮断しているらしい。つまるところ、洗脳魔法とやらも弾いてしまうだろうさ」
だからさっきの笛も返してきた、と盗賊はしれっと爆弾発言をしつつ反応される前に続けた。
「魔力が強いということは魔法の扱いに長けている証拠でもあるわけだが、その分近接には弱いだろう。どころか、支援魔法などに特化した魔族だとすれば暗殺も可能だ。油断は禁物だが、勇者を中心に臨機応変に対応していればまず負けることはないと言い切れる」
「でもアンタ魔力強くないでしょ。アンタこそ洗脳系魔法効いちゃうじゃない」
魔法使いが話の切れ目にそう差し込んだ。盗賊はあからさまに顔色を変えると目を逸らし、
「いや、俺はほら…そういうのいいから」
などと宣っている。
「いや、そういうのいいから、で済ませられる問題じゃないのよ」
「もう間に合ってるから」
「洗脳系魔法を押し売りかなんかと勘違いしてないアンタ!?洗脳されたら困るのアタシ達なんだけど!」
「真面目な話するとだいじょばない」
「えぇ、アンタが今ちっとも真面目じゃないことだけは理解できたわ」
こほん、と盗賊は咳払いすると、とにかく!と言って場を諫めた。
「マジでほんとのほんとに洗脳効かないから、頭の中はもっと別のことでいっぱいだから、信じてくれよ盗賊の言葉をさ?」
「いっっっっちばん信用できない文言なの本当に理解してから喋ってるならアンタは今日から豚箱行きよ」
「ま、まぁ大丈夫ならいいよ。僕らの生死に関係するところで君が嘘をつくことはないと信じているからね」
と勇者が締めくくった。そしてそのまま細かな作戦会議を済ませ、やがて来るその時に備えて各々は時を過ごすのだった。
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