第2話 西国失踪少女ー『1ミリの後悔もない、はずがない』より
うしなった人間に対して1ミリの後悔もないということが、ありうるだろうか。
タイトルで回収されているとおり、この問いかけの答えは明白で反語的ともいえる。
うしなう、という言葉に私は浜辺の砂が指の間を通り抜けるような無力さを感じる。
到底及ばない何か大きな力がはたらいて自らの意思に反してさらわれる。
いつまでも鮮やかなまま刻みたいけれど、どんな鮮烈な記憶も負った傷も時と共に多少薄れて平凡で退屈で膨大なノイズに埋もれていく。悲しくて心地よい癒やしと再生。それでも尚、うしなわずに済んだ未来を想像せずにいられないのが人の性である。だから後悔するのだ。
話を元に戻そう。物語は大人になった主人公:由井が夕飯の支度をしているところから始まる。どうやって入り込んだのかイカの体内で堰となっていた魚を引き抜くと同時に、そのような『初体験』に伴う恐怖に関連して由井自身の中学生の頃の恋人:桐原の記憶の栓も引き抜かれる。
さて由井の目を通して描かれるこの桐原というキャラクター、非常に色っぽい。
身長が同年代の男子の中で誰よりも高く、できたばかりの喉仏が目立つ彼。
徐々に読み手は由井の目を通して見る彼に性的な魅力を覚えるのである。
特に桐原の喉仏の動きの描写は読んでいてなぜか目を背けたくなるような羞恥に駆られる。
桐原が他の男子よりも早く成熟しつつあることの象徴のように描かれるそれは身長の高さと相俟って由井に生物として、オスとしての魅力を感じさせているからだ。
正直、桐原の外見は華やかではないように思う。
色白で、少しくせ毛の黒髪、眼鏡、清潔感がありいつもパリッとしたシャツに身を包んでいる。
大人しくて、だけど教師が相手であろうと屈することなく間違っていることは間違っていると主張できる。外見だけでなく、中身も大人っぽいし芯が通っている。育ちが良く欠乏を知らない恵まれた人間、それでいて自分に与えられている物に頓着しない。冷静で自制的で率直。器用だけど自分の中のやましい気持ちとの付き合いに苦しむ人。
結局由井は引っ越しし定時制の高校へ、桐原は私立の有名校へ進学し2人の繋がりは途絶えてしまう。どのように由井が桐原をうしなったのかは語られていない。
由井の中で桐原との思い出はお守りのようなものなのだと思う。辛い時に自分を強くしてくれるような。この先一生忘れることはないだろうし、美化も劣化もしないだろうし、ただ心の奥深くで輝きを放ち続ける。
誰にでもそんな思い出があるし、時々思い返してみては相手が今どこで何をしているのか気になって調べたりすることもあるだろう。
どんなに円満な別れでも、うしなった人間に対して1ミリの後悔もないはずがないのだから。
のんびり読書記録📝 長谷川 千秋 @althaia
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