第22話 7歳児です。

2章の始まりです。よろしくお願いします。



ーー


 姉のロイリーが、ハネリウス伯爵家の侍女になってから、3年が経った。



 今日は、魔王建国歴8902年10月15日。


 魔王建国歴とは、初代魔王がサピンレ帝国をつくった年を1年とする暦だ。

 十二刻で1日、6日で1週間、5週間でひと月。それが12回で1年である。

 合計すれば地球と大差ないが、1週間やひと月の定義が少し違うので、慣れるまで間違えないか怯えていた。


 サピンレ帝国とセレビュア王国しか使っていない。




 私は7歳になった。来月8歳を迎える。


 ロイリーは今年からハリトン学院に通っている。寮生活なので家にはいない。

 手紙は月1くらいで送りあっている。


 婚約者のテンタルト子爵家のレイバンス様は彼女の2つ上なので、彼は学院3年生だ。

 ラブラブしているといいが、彼女の性格から鑑みると可能性は低い。

 もし私に婚約者ができても同じだろうけど。


 弟のカイレーはどんどん成長して、5歳になった。

 どこかの誰かさんに影響されて騎士に憧れているらしい。

 英雄譚を読み聞かせるお前も共犯だろう、というごもっともな指摘には耳を塞いでおく。


 侍女長のリエとは相変わらずだ。

 私への忠義も信頼も増すばかりで、応えられないことに心苦しさまで感じる始末。

 でも、彼女がいてくれるから真っ直ぐ突き進んでこられた面は、絶対にある。


 騎士志望の侍女であるコノンには、いろいろな仕事を頼んでいる。

 11歳への仕事量でないことは承知の上だが、彼女はそれでも自主練は欠かさない。脱帽するばかりだ。

 そして、どうやらカイレーと遊んだときに認知されたようで、いまでも交流は続いている。

 このまま出世街道に乗ってくれ。


 ハネリウス伯爵家の三女リンクララ様は、いまだに私の主人候補だ。学院に入学次第、彼女の侍女になることは決定路線である。

 そのこともあり月に何度か通っているのだが、やはり性格が合わない。

 入学するまでに伯爵令嬢として問題ないレベルまで成長するのは、不可能とみていいだろう。

 彼女の侍女にそれとなく頼まれているが、それはあなた方の仕事だと断った。


 その伯爵家の屋敷で出会った悪友殿、改めギヌメール子爵家のマリアンヌとは会話が弾んでしょうがない。

 彼女は、私の住むハネリウス伯爵領の隣のご自分の領地に住んでいるのだが、これがあまり遠くない。

 文通も盛んだが、会って話すことも多い。



 家庭教師であったエデンは、彼の姉エリスと同様に解雇され商家に戻った。

 あとで紹介するが、とある女性と入れ替わりだった。


 理論的に反論する要素はなかったので、無言で受け入れたが。

 せっかく心をむんずと掴んだので、むざむざと逃すわけにはいかず、いまでも月に1度くらい会っている。

 そもそも彼には恩がある。




 さて、ここで新しく知り合った人を紹介しようと思う。


 教鞭を取られているアルロッテ・カバレリアニー先生だ。


「ミュラー、気を逸らしてはなりません!」

「すみません、先生!」


 私への呼び方でわかるが、彼女は貴族である。

 伯爵から送られてきた。


「身体を揺らさない!」

「は、はひっ」


「辛くても外に出さない!」

「すみません!」


 スパルタかっ!

 あなた、生粋の令嬢なんですよね!?


 あとから知るところによると、アルロッテ伯爵夫人は、武で国を支える辺境伯爵家のご出身であった。

 そりゃあ、スパルタだわ……とほほ。


「どうして真っ直ぐ歩くこともできないんです」


 病人を舐めてるよね、先生!?


「すみません」


 この教育を受け始めて、既に3年を超えている。

 アルロッテ様に逆らうとろくなことがないと肌で実感したので、躊躇ためらったり反論したりすることはなくなっている。

 ロイリーは成長だと表現したが、私は自分で考えないことは人間のすることではないと思う。

 かといって反抗できるかと問われれば答えは否なので、どうしようもないのだが。


「いったん座って休憩しなさい。限度を超えて身体を酷使してもいいことはありません」


 既に限度は超したと思うのは私だけだろうか?


「ありがとうございます」


 思っていることと発言が全く異なることに、私は霹靂へきれきするのであった。



 これが建前というやつなのだろうか。


 “建前”とは、実際のことを馬鹿正直に言って反感を招かず、表面上の理由を述べるものと思っている。

 貴族のみならず政治家にも御用達である。


 認めたくはないがいまの私の現状となにが違おう。

 これが、本音を隠し建前を言う練習だとでも言うのか。

 ……マジかよ。



「体力が足りませんね……」


 体力で生きてきたあなたに言われたくありません。

 騎士家族に振り回されていた可能性もあるが。


「座ってやりましょうか。姿勢だけならば整えられるでしょう」


 やれるなら先に言ってくれ。


「はい」




ーー


 座れるからと言って、簡単だと思ったか。


 とある主人公の構文が頭に浮かんでしまった。



 ずっと姿勢を保つことは、あまり痛みを伴わなかった。

 7歳児に腰痛は無縁だからだ。

 リエのおかげで猫背でもないし。


「あと半分」


 砂時計で時間を測るアルロッテ様。



 話を戻そう、何が大変か。


 目線すらも動かしてはならないことだ。

 身体を1ミリも動かさないことは、想像以上にキツいことだった。

 気を紛らそうにも、目線を動かさず表情にも出さずにすることは難しい。


 詰んでいる。


「姿勢が曲がってきていますよ」

「はい」


 すぐに正す。

 ……いまは姿勢に集中することだ。


「はい、お疲れ様です」


 ふ~おわっ


「じゃあ、もう一度やりましょうか」


 おい、悪魔。






作者注

 ※「とある主人公の構文」の解説

  魔王学院の不適合者の主人公アノス・ヴォルディゴードがよく使うので、アノス構文と呼ばれています。

  ……宣伝ではありません。

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