読書報告への応援コメント
最近、「戦争は、」という絵本を読みました。
後半のページに、「戦争は、沈黙である」と書いてあったのですが、まさにその通りだなぁと。
そうであるし、言葉には言い尽くせない。
一郎さんのその本、内容もさながら文字の色や、装丁にもこだわりが感じられ、かなりすごい本の一つだと思っています。
作者からの返信
「戦争は、沈黙である」ですか。
なんだか、誰もいない荒野が思い浮かびました。風が吹き渡って、砂埃が舞う……。人の口は固くつぐまれていて、たくさんの人間がいてもそこには沈黙しかない。
――みたいな。
『戦争は女の顔をしていない』を読んで、この本について自分の浅はかな言葉で勝手なことを言うことはできないなと思いました。
本当の戦争を知らない私が何を言ってもそれは偽物で借り物な気がします。
一郎さんの本、3だけ青文字なのが何かあるのかなと思わされたり、表紙も紙もいいですよね。
装丁や文字の色にここまでこだわった本はそうそう見るものではないので(ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』を思い出しましたが)、そこも面白く拝見しています。
なぞなぞ その3のこたえへの応援コメント
この曲好き!(他の曲は別に、、、)っていうアーティストが沢山いる。
心の栄養には、雑食が一番効率が良い。
作者からの返信
効率はいいかもしれませんが、私は「効率」という言葉はあまり好きではありません。
浅い雑食というのは何者にもなれないような気がしてしまうのです。
声への応援コメント
声にはまさしく「色」を感じますね。
コーラス部のこゆさんなら分かると思いますが、同じ「青」でも濃い青、うすい青があり、それが白い声、透明な声にうまく混ざると、えも言われぬハーモニーが生まれます。
作者からの返信
なるほど色ですか。美しいですね。
私は、しかし、声を色として考えたことはあまりないような気がします。声そのものに色があるというよりは、「声」はあくまで媒体であって、それが伝える「イメージ」の方に重点があるといいますか。
自分の頭の中にあるイメージを聴き手の頭に伝えるものであって、「色」はイメージの方にあるというか。
うねりや質量や振動として考えたことはありますが、そこに色をつけようとは思いもよりませんでした。
なぜだろう……
自分の中で、聴覚的な情報と視覚的な情報が全く結びついていないのかもしれません。どちらかといえば音は触覚に近いかも。
とはいえ、それぞれ「十人十色」の声を持ちながら、その感触を調和させていくのはとても繊細で楽しいことです。
「声」って素敵だなあと、常々思います。
電話越しへの応援コメント
12歳から18歳までを日本で過ごした息子が、インターナショナルスクールに通っていたにもかかわらず、日本語で電話する時、頭を下げながら日本語で話すのを見て、妻が笑い転けていました。今でもその話を思い出して、微笑んでいます。
作者からの返信
それは微笑ましいですね。インターナショナルスクールでさえ身につくとは、恐るべし日本の精神。
えっ、電話で頭を下げるの日本だけ?! と一瞬戸惑いましたが、確かに。
よく考えてみれば見えない相手に向かってお辞儀したり頷いたりするのははたから見ればちょっぴり滑稽ですね笑
実は昨日、中学時代の恩師のいらっしゃる学校に電話をかけたのです。楽しくお話させていただいたのですが、途中で気づいてしまって。
あれ、今私、激しく頷いている! と。
それでもやめられない。見えていないとわかっていても、身体で気持ちを表す癖がそうさせてしまう。
声は身体から出るものだから、きっと気持ちは伝わってるかな……と思ったりもします。
いやあ、面白いです。
脇役の人生への応援コメント
教師が主人公の物語でいちばん好きなのは『坊っちゃん』です。二番目に好きなのは『金八先生』、三番目は『今を生きる』(映画)かな。
作者からの返信
坊っちゃんも金八先生も、名前は知っていますが読んだこと、観たことはありません……。
『いまを生きる』は知らなかったので、Google検索してみました。面白そうですね。観てみたいです。
教師を主人公にした物語、探してみればあるのでしょうが、誰もが知っているというくらい有名なものは数少ない気がします。だからこそ見てみたいです。
と、その前に、まずは「いつかやろうは馬鹿野郎」を直して『坊っちゃん』を読もうと思います。
幸い、手元に祖父からもらった『夏目漱石全集』があるので……!
編集済
サウイフモノニ ワタシハナリタイへの応援コメント
良い意味で大人になったのかもしれませんし、良い意味で違う景色から見えたのかもしれませんね。
カンジョウ は 勘定 なんでしょうけど、
自分は 感情 として読んでました。
作者からの返信
感情!
確かに。気づかなかった!
「自分を感情に入れず」
これも、大事なことです。
初めてこの詩を読んだとき(小学生くらいかしら?)は全くもってちんぷんかんぷんだったのですが、今日、ふと読んでみて、共感するあるいは憧れる要素が生まれていることに気づきました。
自分が変わってきたのは確かなことですね。
文芸作品というのは時を経て読み返すことで表情を変えるものだなと、19を目前にして気付かされるこの頃です。
キャラに言わせてみたいセリフ26への応援コメント
本当のところ、どうなのかはわからないけれど、
多分周りの人があんまり読んでなさそうな、自分だけが愛おしいと思っている作者さんの本、あるなぁ〜
作者からの返信
たしかに、読者の側でも、ありえますね!
そっかあ、じゃあ、作者は「読んでもらえてない」と思っていても、きっと一人は好きでいてくれる人がいるかもしれない。
そう思うのも良いかもしれませんね。
「おもいやりぞーん」への応援コメント
なるほど、やわらかいですね。
元来「呼びにくい」とされているもの(生理現象、性的嗜好、精神疾患など)の呼び名には、先人たちのさまざまな工夫が感じられますね。
中でも「お手洗い」は傑作ではないでしょうか。
作者からの返信
やわらかくていいですよね。「おもいやりぞーん」と言われると「優先席」よりおもいやりが湧いてくる気がします。
それは、「優先」という言葉に「してあげる」というニュアンスがつきまとうからでしょうか。
外に出る行為よりも人の内面を表すという発想に感服します。
「お手洗い」は天才ですね。語義も収め方もとてもきれいです。
こんな言葉、いったいどうやって生まれたんだろう……。
レンタルへの応援コメント
アメリカ、フランス、ドイツなどでは、『デジタルデトックス(スマホから距離を置く)』が注目され、紙本の人気が再燃しているようです。
学校や職場などに、『読み終わった本を置いて、好きに取っていけるスペース』っていうのを設置する、でも面白いのかなぁと思ってます。
編集済
レンタルへの応援コメント
うちの地元の近隣の市町村では、図書館の建て替え、移転の際に、
駅ビルに入ることが流行っています。
そして、けっこう遅い時間までやっていたりします。
蔵書をオンラインで検索、予約できたり、
飲食OKだったり、進化しています。
ありがたく思う人、多いでしょうね。
作者からの返信
そんな取り組みがあるのですね。それはありがたいかもしれません。
しかし地元の図書館というものは、基本的にそこの住人しか利用できないというのが難点です。
私は、ふっと訪れた、縁もゆかりもない場所でもすっと誰でも借りられるようなサービスがあったらいいのになと思いました。誰でも気軽に借りたり返したりできるような。
現実的に考えると課題はたくさんありますが。
ともあれ、図書館の間口が広がれば、日本人の読書が少なからず充実するかもしれませんね。
編集済
ちなみにへの応援コメント
おぉ、そうでしたか。
今週も子供が先生の本を図書館から借りてきていました。
私も読んでみます。
★追記★
この春から、小3と小5です。
二人とも、保育園児の頃、Eテレで先生が監修されている番組「日本語であそぼ」を見て以来のファンで、図書館では、作者名で検索しているようです。
★追記2★
『齋藤孝のガツンと一発シリーズ第8巻〜キミは日本のことをちゃんと知っているか!』です。
日本人のアイデンティティを説いた本で、外国人に会った時に、日本の、日本人の良いところをちゃんと話すことができますか?みたいな内容。
目の前にいる子供たちに、語りかけるような優しい口調。
軽快で、わかりやすく、でも芯があって、書き手として感動的な文章です。
勉強になります。
作者からの返信
ほお、今週「も」お子様が。小学二年生とおっしゃっていた気がしますがあっているでしょうか。
齋藤先生は子ども向けから大人向けまで、いろんな本を出してらっしゃいますよね。子ども向けといえど大人が読んでも面白いものもきっとありますし。
ぜひ、読んでみてください。
追記のお返事
小3と小5でしたか! やんちゃ盛りでしょうか。最近はめっきり小学生と接していないので感覚がわかりません(^^;)
なるほど日本語であそぼですね。先生も授業でよく話してらっしゃいます。意外と、と言ったら失礼ですが、けっこう観てる方いらっしゃるんですね。(当たり前か。)
素晴らしい番組(私は観たことないけど)なので、さらに本まで読んでいるとなれば、ムーゴットさんのお子さま方はきっと将来有望ですね!
……というようなことを、齋藤先生は自信満々でおっしゃる気がします笑
ちなみに今はどの本を読んでらっしゃるのでしょうか?
追記2のお返事
なるほど~、それはなかなか勉強になる本ですね。私も日本について聞かれたらうまく答えられる自信がありません笑
っていうか先生、シリーズものなんか出してるんですか。
そういえば、まだまだ書き続けて一生で千冊くらい本を出したいなんてこともおっしゃってたなあ……。
大事なことを、誰にでもわかる言葉で伝えることができるというのは、考えてみればすごいことですよね。
尊敬の念が絶えません。
編集済
会話2への応援コメント
こゆさんの側から声をかけているのですね。
事情は分かりませんが、
避けるわけにはいかないようですか。
終えどころを探るとは、
とことん最後まで深入りしたくないとのことですか。
知人ではあるが、友人ではない?
敵に回したくない人?
ごめんなさい、勝手に創作のヒントとなる可能性を感じています。
でも、これが回り回って、新たな解決につながれば。
書き手はこうして昇華する手立てを持っています。
作者からの返信
まったく見当違いですね〜。逆です。
私は私の意志で話しかけに行っています。それが楽しいし、有益だからです。
友人ではなく敵に回したくもないというのはある意味では合ってるかもしれませんが……ムーゴットさんのおっしゃっている意味とは少し違うかもしれません。
終えどころを探るのは、むしろ深い話をしたい、そしてその後を気持ちよく終われるようにしたいからです。
そう深刻に考える必要はありません。
創作のヒントになるかはわかりませんが、常にアンテナを張っておくのは良いことですね。
獣への応援コメント
数年前まで勝っていたシーズの雄犬は、私達の家に来た時は、ネグレクトが酷く、かなりやんちゃな犬でしたが、虚勢もして、おとなしくなりました。妻はこいつをかなり可愛がってましたが、時々やんちゃをしてしまい、妻に怒られると、私のところへ来て隠れていました。そんな時、幼い頃、母に叱られて、家から閉め出された後、そっと家に入れてくれた祖母を思い出しました。私の幼い頃は、自分の中の獣を余り躾できてないガキ大将でした。
作者からの返信
大事な想い出ですね。お話を聞いて、胸の底がじんわり温かくなりました。
私の幼い頃を思い出してみると、割とうまく獣を飼い慣らした子どもだったように思います。
記憶にある限り、獣をその思うがままに暴れまわらせたことはありません。
常に鎖を解かないように気を使っているのか、それとも獣そのものが生来おとなしい性格なのか。
得をしたような、損をしたような、フクザツな気持ちです。
キャラに言わせてみたいセリフ24への応援コメント
(嫌なヤツ相手なのに)
「随分と優しいな」
作者からの返信
「こういうのは、地味に嫌なことでネチネチ攻めるのがいいんだよ」
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
塵も積もれば山となる。
「◯ね」とか願うのはカッコ悪いですし。
キャラに言わせてみたいセリフ23への応援コメント
「今よりずっと長い『将来』が楽しくなくなるからさ」
あるいは、
「将来のためと今の楽しさ、両立させてみせろよ。他の誰でもない、君が!」
作者からの返信
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ。『将来』ってなんなのか、それを教えてよ!」
困ってそうな人を見たときへの応援コメント
直近の話。
映画館で、座席の肘置きにあるドリンクホルダーの話。
左側の席の人の、さらに左側の同行人との会話が聞こえた。
右側を使うべきか左側を使うべきか、と言っている。
私は、右側の同行人とシェアしていたので、
声をかける。
「こちらは使いませんから、どうぞ。」
困り事が判断できれば、ストレートな対応が一番。
お節介かどうかが微妙な時もあるが。
映画も微妙でした。
作者からの返信
微妙でしたか笑
人との関わりって、難しいです。困り事のときにどう動くかで人間性が試されているような気がします。
さっと声をかけられるムーゴットさんは素晴らしいですね。
困ってそうな人を見たときへの応援コメント
最近笑ったのが、SNSのとある記事。
「大丈夫?」と訊いて「うん、大丈夫。」と答える人は、大丈夫じゃないそうです。
「何が?」と答える人は大丈夫だそうです。
作者からの返信
おー! なるほどー!
それは真理かも。ありがとうございます。
編集済
困ってそうな人を見たときへの応援コメント
「どうしたんですか?」は結構有効だと思ってる。「大丈夫ですか?」よりは話しやすいんじゃないかな。
作者からの返信
お答えありがとう。確かにそうだね! 自分が言われる立場になってみたら、自然と口をついて説明してそうだ。
キャラに言わせてみたいセリフ23への応援コメント
今しかないことをすればいい。
なすこと全てが学びだったと思う。
資格試験に臨むようなことだけでなく、
旅行も飲み会も何もかも全て。
学びを求めることそのものが、今その時の喜びでもあった。
単に好奇心が満たされることで満足になっていたのかも。
20歳代後半ぐらいまでは。
30歳を前にして、ふと思った。
学びに時間を費やして、ここまでやってきたけど、
結果を出すための時間は、どれほど使ってきただろう。
ここらで、学びはひとまず置いておいて、
何か結果を出さなければ、学んできた意味がない。
「入力」したからには「出力」に生かさなければ。
本当に満足感あふれる「出力」のために、
それを期待する「入力」は楽しいものです。
ちょいと話の趣旨がブレてすみません。
思いついただけです。
作者からの返信
ありがとうございます。
経験してきたことは何一つ、本当の意味での「無駄」になったりはしない。日々の全てが学びです。
でも受験生のときなどにふと思ったのです。
「『将来』って、いつ来るんだろう」って。
私たちはいつも未来を見ています。未来のために勉強するし、貯金もする。
それが必要であり価値のあるものであるということは十分にわかっていますが、なんだか虚しいような気持ちに襲われて。
それでも、未来を見ずには進めません。
ただ、『将来』を見すぎて『今』を見逃さないようにだけ、気をつけようと思います。
編集済
別世界の扉への応援コメント
未読分を一気に読んできたので、通知を埋めてしまっていたらすみません。
ここに書くのもなんですが、前回の——
四月一日。
陰……?
は、さすがに言葉足らずでしたね。
こゆさんの陰といえば『四月一日』に表に出てくる彼女。
属性が『陰』とはとても思えないけれど。
という意味でした m(_ _)m
異常があって、感じることができる別世界。
感じたくとも、体に異常を来たしたくはないので悩ましい問題ですね。
作者からの返信
通知欄は大丈夫です。読みに来てくださってありがとうございます(^^)
四月一日。なんとなくそのことをおっしゃっているような気がしていました。
そして、まさか、あれは陰じゃないよなーと思ってその憶測をスルーしておりました。
(かといってあれは、何だろう。よくわからない立ち位置ですが、陰でないことは確かです。)
ここで言う「陰」は、人というものの暗い部分のことです。弱点であり、ときに強さにもなり得る、そんな「陰」です。
体の異常はなるべくなら経験したくないものですが、「異常」は「特別」とも言い換えられるような気がしてなりません。