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ありがとうとごめんなさいへの応援コメント
タイムリーですね。
ご存知の通り、今朝私もありがとうを記しました。
作者からの返信
同じタイミングで「ありがとう」について書くとは、奇遇ですね。
少し前に、「ありがとう」と言おうと思ったのについ「ごめんね」と言ってしまったことがありまして。
ありがとうの気持ちを面と向かって伝えるのは、なかなか難しいものです。
電話までへの応援コメント
昔は電話代も高かったのよ。
中途半端な距離の中距離恋愛も辛かった。
ちょっと無理すれば会えちゃうものだから、
交通費も時間もどんどん奪われる。
だから、一緒になろうっていう結論になったのだけれど♡
作者からの返信
最後の一文にふふっとなってしまいました(*´ω`*)
今はスマホがあって、手軽な連絡手段はたくさんあって、画面越しに言葉を交わしたり声を聞いたり姿を見たりするのは簡単になりましたね。
それでもやっぱり、直接会って触れるのには敵わない、代替手段でしかないと感じます。
ちなみに私の場合も中距離に分類されると思われます。片道2時間半の距離です。
会えそうで会えないのがもどかしくて、隣の県ってこんなに遠かったのかと驚かされます。
まさか自分がこんな悩みをするようになるとは思わなかった……人生とは面白いものですね。
誓いはへの応援コメント
世の中、『絶対』は無いんだな。
『絶対』に縛られて、本当に大切なモノを失うこともある。
柔軟に軌道修正する術を、今も探し求めている。
長を務めるには、働き方改革など言っていられないらしいが、
支える周囲も大変だ。
必要あらば臨機応変。
自滅するわけにもいかないしね。
作者からの返信
「絶対」など無いというのは百も承知です。
それでも人は誓いを立てる。なぜか? と考えたとき、「絶対守る」と言えるように誓うのかな、と。
不確定な未来にピッタシと狙いを定めるのが誓いなのではないか。
守れなかったら守れなかったで、それなりの理由があるはずです。
臨機応変に柔軟に対応するとしても、一本筋の通ったものがあるのとないのとでは変わってくるでしょう。
誓ってから「守れるかな」とクヨクヨするのではなく、「絶対守る」とキッパリ切り替えてしまうが得なのかななんて考えた次第です。
会話のキャッチボール(私の場合)への応援コメント
私の悪い癖。
親しい仲で油断すると、相手の質問に対する返答で、
イエス、ノーを省略して、いきなり内容を語りだす。
スムーズに流れて意味が通じる時もあるが、
怒られる時もある。
「それって、結局、OKなの!?ダメなの!?」
自分のボールは、相手の頭上を超えて、
どこかへ行ってしまう事があります。
作者からの返信
頭上を越えてしまっては、拾うのも一苦労ですね笑
たしかに結論から話すとよいと聞いたことがあります。回りくどい話は聞いていてもどかしいですね。
私も気をつけようと思います。
会話のキャッチボール(私の場合)への応援コメント
会話をキャッチボールに例えるのは良いですね。
私の場合、会話相手に向かって投げる前に、全方向に投げてしまう感じです(笑)。いつも妻に話が長いと叱られます。
作者からの返信
会話をキャッチボールに例えるのはよくあることです。
誰が考えたのか知りませんが、言い得て妙だと思います。
全方向に投げる笑
それはなかなか会話が進まなそうですね。
人によって話し方は様々なのだなあと驚きます。うまくコミュニケーションを取りたいものです。
キャラに言わせてみたいセリフ30への応援コメント
表に返して、勇気を出さなければ、始まらない、って。
そんなことはわかっているよ。
だけど、ね。
作者からの返信
一度完全に表に返ってしまえば、格段に気が楽になるのですが。
手探りで進む過程が息苦しいものですね。
Ambivalenceへの応援コメント
サイゼに行ってから、ミスド。
作者からの返信
なるほど両方ですか。
このときは時間的余裕がなくどちらかを選ばなくてはなりませんでした。
胃袋的余裕も鑑みると、なかなか難しいですね。
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ありのままallergyへの応援コメント
「ありのまま」だと、なんか外的要因も含まれそうなので、「自分が思うがままに」ならどうだろう。
つまらない人間への応援コメント
自分も同じ思いに度々なります。
病的なものではないのですけど、ちょっといろんな事情で、その時空間における自分の在り方や存在意義を自分の心に問いただすことがあります。
そして、自分の回答としても、
藤堂さんが書きたいことを、書きたいタイミングで、書きたい場所や書きたい空間で書くことが良いと思っています。
自分の面白さや自分のつまらなさ、
自分で定義及び再定義することはできますが、
その定義について、時々、無理をせず誰かの手や叡智を借りてもいいと思います。良い意味で。今回のはしりがきも、その一つだと思うし、とても勇気のいることだったのではないでしょうか。
自分が言えることではないかもしれませんが、
少なくとも自分は藤堂さんの作品群を通して藤堂さんのことを尊敬していますし、新鮮で面白い作品も多く、何よりも素晴らしい人間のひとりだと定義しています(自分が言えることじゃないかもですけど)。
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恋への応援コメント
人としての魅力という確かなものに惹かれる。
それはもう恋だよ。
惹かれれば、身近にいたくなる。
その人を支えたくなる。
その魅力に助けられる。
安らぎを与え合い、共に成長していく。
理想だけどね。
一度や二度、失敗してみるのも悪くない。
若者の特権。
作者からの返信
うーん、私は「恋」というものを神格化しすぎているのでしょうか。
「これが恋なのかな?」と疑う感情を抱いたことはありますが、わからないし、盲目になれるほど人に惹かれたこともないし……。
もしかしたら恋というものを恐れてもいるのかもしれません。
地に足をつけていたい。浮かれて地面に叩きつけられたくない。といった気持ちも働いて理性を呼び起こし、いまいち夢中になれない。常に自分の感情を疑ってかかっている。
答えなんかないのに、愚かしいですね。
試みに問ふてみむとすへの応援コメント
なんでしょう、『後世に自分からは何も残さないこと』ですかね……。
良いことも悪いことも何も残さない。
悪いことはその代で終わらせるべきだし、良いことも本当に他者が良いと思うならあえて自分から残さずとも勝手に受け継がれてブラッシュアップされていくと思うので。
立つ鳥跡を濁さず精神でいきたいなと。
作者からの返信
おお、素敵です。
後世に自分からは何も残さない。謙虚で清廉で素晴らしい精神ですね。
ありがとうございます。
キャラに言わせてみたいセリフ19への応援コメント
自分がその年齢に近付いてくると、本当、五十なんて全然大人じゃないじゃんと思います。
こんなことじゃ五十で天命など知れる訳がないな、と(笑)。
作者からの返信
ですよね笑
小学1年生のとき、6年生が大人に見えていたけれど、なってみたらそうでもなくて、6年生のときは中学生が大人に見えていたけれど、実はそうでもなくて、高校生になっても18歳になっても……と、そんなことの積み重ねでした。
今ではもうそんなことも考えなくなってしまいましたが、人間が「大人」になる日なんて来ないのかもしれない。
それでも、スマートな「大人」への憧れに生かされているのかもしれないなあ、なんて思います。
反抗期?への応援コメント
愛情たっぷりに育ったのは、大いなるアドバンテージだと思いますよ。
古来、大きな仕事をした人には、意外と「ええ所のボンボン」が多い気がします。お釈迦様しかり。マハトマガンジーしかり。
きっと世の中に対するヒガミや偏見がないからでしょうね。
作者からの返信
大いなるアドバンテージですか。確かに、私は幸せ者です。
世の中に対するヒガミや偏見がないかどうかは、なかなか自分では判断できないものだと思いますが、自分では、ない方かなと思っています。
そうとなったら、ぜひとも自律して何事かを成し遂げたいものです。
そのためには、何かを言い訳にせず、自分で自分を見つめて支えていかなくてはなりませんね。
編集済
子どもと大人への応援コメント
コメント連投本当に本当にすみません。
しかしこれについても、自分もとても考えます。
人体では 心臓 神経細胞 水晶体(目)を除いたほとんどの部位は周期的に絶えず入れ替わっている。
自分が敬愛しているエッセイスト(ホントはすごい生命科学者)である 福岡伸一先生の一言の引用が許させるのならば...、
彼はこう言います。
「知り合いとかに久しぶりに会ったら、お変わりありませんね。じゃなくて、お変わりありまくり なのです。」
と。
そういう視点に立って考えると、自分は 変わらないもの って無いんじゃないか とも思っています。
なんか、変えない(変わらない) のではなくて、曲げない(信念や思想、たいせつなもの などを) の方が 自分はしっくり来ます。Change じゃなくて Continue、Consistの方を、自分は大切にしています。
ホント長文コメントばかりすみません。
それだけ自分が考えていることにグッとハマったのです。
作者からの返信
コメント連投は謝らないでください。
むしろ真剣に考えてくださって嬉しいです。
お変わりありまくり、ですか。少し笑ってしまいました。
変えないではなく曲げない。納得です。
私は、結局変わらないのは、「私が私であること」なのかな、なんて思ったりします。
人体も、組織は入れ替わったとしても「私の身体」であることは変わらない。心だって、どんなに考えが変わったとしても「私の心」であることは変わらない。というように。
それは consist なのかも?
……ほんとに不思議ですね。
つながりへの応援コメント
これもかなり共感。そして時々考えます。
自分で在ろうとする事は立派だしそれで十分と思う一方、
人間は相対的であり関連で成り立つ存在と思うこともある。
いのち が産まれることで、男女は両親となり、いのち は子となるかなぁ、と。
従来型が生(なま)の繋がりや関連だとして、
イマは電子機器というオブラートを乗り越えての繋がり や そもそも関連が無 になりやすいですね。
生 の繋がりで得られたであろう 信頼と納得が、イマ は憶測と疑念にシフトしていそう。
その中のみで在ろうとする 自分 はニッチのニッチ、個人で自由そうなのに ナゼかすみっこのすみっこで肩身狭しな感じ。
つまり 絶対の自分 と 相対の自分 の二面性が、実はわりと必要かなぁと考えます。
作者からの返信
実は今、母が昔のアルバムやなんかを整理していまして。
見せてもらうと、私の知らない親族がたくさんいるんですね。
葬式の参列者の芳名帳なんかもあったりして、それを見たとき思ったんです。
ああ、私はこの人たちのような広いつながりをもうなくしてしまっている。
お葬式や結婚式が小さくなるのも当たり前だよな、と。
記憶にあるのは祖母の葬式くらいで、そのときの宴会にはたくさんの人が来ていた気がしますが、どんな関係だったのかは知りません。
プライバシーが叫ばれている現在。最近は小学校の連絡網もなくなっているそうで、私が小学生のときは連絡網が友達とのコンタクトの便りだったので、そういうのもなくなってしまうと思うと悲しい。
母の高校の卒業者名簿が出てきました。そこには名前はもちろんのこと住所連絡先、人によっては職業まで書かれていて、今は信じられないことではありますが、恐ろしいとか言って簡単に切り捨てることは、できない自分がいる。
時代が変わるのはわかります。
日本は少子化なんて叫ばれていますが、お金がないという理由はもっともですけれどもそれ以外の理由もあると思うのです。
人と人とのつながりがなくなっていったら、人類は滅亡する?
極端かもしれませんがそんな考えも頭をよぎる今日この頃。
まとまりのない文章になりました。
要するにへの応援コメント
先人の作品との 関連 や そこから受けたであろう 影響 は、自分もよく考えます。
一方で、もしも遺伝子を完全に文字配列に比喩するなら、どこを起源にするか、ものは言いよう考えようなのかなぁとも。
自分で在り続ける、在ろうとする、その中で生まれ、自分が納得でき、自分が愛することができる作品なのであれば、それで十分と思うのです。
あくまで個人的な考えですが(>_<)
作者からの返信
もちろん、先輩方の作品だけが私の作品の起源とは言いません。
私が見てきた景色、知ってきたことがあって、私が私であるということ、その私が書いたということが作品に非常に大きな影響を与えると思います。
ただ、文章の書き方や物語の展開の仕方を(ふんわりとでも)どこから学んだかといえば、それは先輩方の作品を読んだからであり。そもそも本を読まなければ書くこともなかったかもしれないし。
だから、「私」というベースの上に、経験や先輩方の作品が乗っかって私の創作脳をつくっているんじゃないかなんて思うのです。
個人的な考えですが。
いや、再考の余地あり。
そんなこと考えなくても作品は書けるので、むしろ考えない方が楽しいかもしれないとも思います(^^;)
編集済
別世界の扉への応援コメント
未読分を一気に読んできたので、通知を埋めてしまっていたらすみません。
ここに書くのもなんですが、前回の——
四月一日。
陰……?
は、さすがに言葉足らずでしたね。
こゆさんの陰といえば『四月一日』に表に出てくる彼女。
属性が『陰』とはとても思えないけれど。
という意味でした m(_ _)m
異常があって、感じることができる別世界。
感じたくとも、体に異常を来たしたくはないので悩ましい問題ですね。
作者からの返信
通知欄は大丈夫です。読みに来てくださってありがとうございます(^^)
四月一日。なんとなくそのことをおっしゃっているような気がしていました。
そして、まさか、あれは陰じゃないよなーと思ってその憶測をスルーしておりました。
(かといってあれは、何だろう。よくわからない立ち位置ですが、陰でないことは確かです。)
ここで言う「陰」は、人というものの暗い部分のことです。弱点であり、ときに強さにもなり得る、そんな「陰」です。
体の異常はなるべくなら経験したくないものですが、「異常」は「特別」とも言い換えられるような気がしてなりません。
読書報告への応援コメント
最近、「戦争は、」という絵本を読みました。
後半のページに、「戦争は、沈黙である」と書いてあったのですが、まさにその通りだなぁと。
そうであるし、言葉には言い尽くせない。
一郎さんのその本、内容もさながら文字の色や、装丁にもこだわりが感じられ、かなりすごい本の一つだと思っています。
作者からの返信
「戦争は、沈黙である」ですか。
なんだか、誰もいない荒野が思い浮かびました。風が吹き渡って、砂埃が舞う……。人の口は固くつぐまれていて、たくさんの人間がいてもそこには沈黙しかない。
――みたいな。
『戦争は女の顔をしていない』を読んで、この本について自分の浅はかな言葉で勝手なことを言うことはできないなと思いました。
本当の戦争を知らない私が何を言ってもそれは偽物で借り物な気がします。
一郎さんの本、3だけ青文字なのが何かあるのかなと思わされたり、表紙も紙もいいですよね。
装丁や文字の色にここまでこだわった本はそうそう見るものではないので(ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』を思い出しましたが)、そこも面白く拝見しています。
やってみたいへの応援コメント
最近、釣りをやってみようかなと思ってる。
でも、その前に期末テスト……(ほんまに早く終わって欲しい)
作者からの返信
釣り、いいね! やったことないから私もいつかやってみたいなあ。
期末テストとレポートが……やらないといけないことがあるときに限ってやりたいことが出てくるのって何なんだろう笑