第2話:眠れない夜に問う、あの『夢』は
深い闇に包まれた寝室で、ジニーはいつまでたっても眠れずにいた。絹のシーツは肌に心地よく馴染むはずなのに、その優しい感触に包まれながらも心は一向に落ち着かない。閉じた瞼の裏で、ベッドに入る前までに起きた出来事が次々と浮かんでは消えていった。
父ゼンダー公爵から、突然「騎士団長」を任じられた。その言葉が耳に残って、まるで頭の中で響き続けているかのようだ。
「私が……騎士団長……。時に驚くような決断をする父だけれど、まさかあんな一言で」
呟かれた言葉は、静寂の中でか細く震えていた。理解しようとすればするほど、現実感が薄れていくような不思議な感覚。騎士たちはこれまで、彼女にとって頼もしい存在だった。しかし、その頂点に立ち、采配を振るうなど、想像もすることはなかったのだ。
騎士団長となれば、ここゼンダー公爵領の治安や防衛だけでなく、所属する聖王国全体の軍事体制においても重大な役を果たさなければならない。国に11しかない騎士団の一翼を率いることとなるのだ、その責任を考えるだけで身が強ばり震える。
だから、本来騎士団長という職務は、経験豊富で軍事に精通した者が就くべきなのだ。ただの名誉職なんかではありえない。それなのに、まだ15歳の自分にその責務が託された。期待に応えたい気持ちがある一方で、自分には到底務まらないという恐怖が、闇夜の静寂の中で激しく彼女の心を蝕んでいく。
たしかに自分は、高位貴族の令嬢として、様々な教育を受けてきた。それは礼法だけではなく、社交や学術だってそうだ。でも、戦いの技術や知識なんて学んでない。組織を率いる経験もない。それでも、騎士団長に任命されたからには、やらねばならない。逃げることは許されない。父の指示でもあるし、きっと期待も、あるのだから。
どうしても眠れないジニーは、ふと横に置いてあったクッションを抱きしめ、闇に向かって問いかけた
「なぜ、こんなことに? これも、あの熱の中で見た、変な『夢』のせいなの?」
ジニーの脳裏に、『夢』の記憶が蘇る。林立する高い『ビル』、道を行き交う『車』、『赤信号』を待つ間に、目的地に行くため『スマートフォン』を操作して、『インターネット』で地図を確認する……。
「え? 『ビル』って、なに? 『車』って、なに? 『赤信号』って、『スマートフォン』って、『インターネット』って、なに!?」
そんなもの、戦いの技術や知識と同じように、学んだことも聞いたこともない。ない、はずだ。
でも、あの日見た『夢』に出てくるそれらをジニーは知っていた、なんの違和感もなく。
そして、今思い返しても、その知識にもう可怪しさは感じない。
「なに? 私、どうしちゃったの? ……こわい、こわいわ……」
か細い声が、闇の中に溶けていく。どこからか忍び込んだ冷たい夜風がカーテンを揺らし、月明かりが室内に差し込む。
「私、どうしたらいいの? ああ、運命神様。どうかお教えください!」
どうしようもなく不安になったジニーは、信じる神、運命神に祈った。
運命神オリヒメは、多くの人の運命の糸を織り上げて、世界という布を織り上げるという。では、私にはこれからどんな運命が待っているというのだろう?
そうして、どれほどの時間が過ぎたのか。いくら祈っても、全身は緊張したままで、全く眠れそうにない。
そんな時、もう館はすっかり寝静まっているというのに、静かに部屋の扉をノックする音がした。
「お嬢様……、もうお休みになられましたか?」
聞こえてきた、ルビーの優しい声。ジニーはハッと扉を見つめ、僅かの躊躇の後で、ベッドから抜け出し、おずおずと扉を開けた。
「ルビー……、まだ起きていたの?」
問いかける声には、安堵と驚きが混ざっている。
「ふふ、きっとお嬢様はなかなかお休みになれないだろうと思いまして。……少しお話をしませんか?」
ルビーが持ってきたティーカップから、ほんのりとカモミールの穏やかな香りが漂った。ジニーはやっと微笑んでルビーを部屋に招き入れ、二人は部屋の端に置かれたソファに並ぶ。
「ありがとう。……実は、いろいろ考えすぎてしまって……眠れなくなっていたの」
ジニーが正直に打ち明けると、ルビーはさもありなんと頷いてから。
「さすが、聡明なお嬢様です。騎士団長というお役目の重みを、十分に理解しておられるご様子。そんな主にお仕えしているこのルビーも、鼻が高いです」
「……もう、ルビーったら」
軽い冗談に、ちょっと呆れたようにジニーが返すと、ルビーは次に心配を深く顔に浮かべて、ジニーを覗き込んだ。
「そんな、聡明で繊細なお嬢様です。どうか、無理に抱え込まないようお気をつけください」
その気遣いの込められた声に、ジニーは思わず涙が溢れそうになるが、ぐっと堪える。
「私、父様の期待に応えなければと思って……でも、何をどうすればいいのか分からなくて……。それに、前に熱を出した時見た『夢』が、どうしても気になって。……もう、頭の中がごちゃごちゃして、全然まとまらないの」
ルビーは優しく微笑むと、 ジニーの小さな手を両手で包み込んだ。その温もりは、まるで闇を照らす灯火のよう。
「お嬢様、騎士団長としての重責は本当に大きいものですが、不肖メイドのルビーも、ここにおります。どうぞ、頼ってくださいね」
ジニーはルビーの温かい言葉に、ぐっと心が軽くなるのを感じた。さっきまで一人きりだと感じていた不安が、少しずつ溶けていくのを感じる。
「ありがとう、ルビー。そうだよね、私には、貴女がいてくれる……」
そう言ったあと、ジニーは上目遣いになると、思い切って口を開く。
「ねえ、ルビー。聞いてくれる?」
そして、ジニーはついに、『夢』について話していく。どうにもあやふやなところが多くて、言葉にするのが難しかったけれど、たどたどしくでも一生懸命話すジニーに、ルビーはずっと耳を傾けてくれた。
「それは、もしかしたら『異世界』の記憶や知識かもしれません」
ルビーの言葉に、ジニーは不思議そうに聞く。
「『異世界』?」
「はい。なんでも、私達が住むこのオリヒメ様の世界とは、全く異なった別の世界がどこかにあるそうです」
「まあ! それじゃ……」
期待と不安が入り混じった声に、ルビーは慎重に言葉を選んで続ける。さっと周囲に目を遣って気を配ると、
「お静かに、声をお慎みください。なぜなら、『異世界』の記憶や知識は一部で非常に重要視され、それを持つ者は人を人として扱われないこともあるとか。お嬢様が万が一異世界の記憶と知識を持つことが知れたら、どのような扱いを受けるかわかりません。それが例え公爵家の一員であったとしてもです。さすがに公爵家の皆様は、そんなことをなさらないと思いますが……」
思案げに言うルビーに、ジニーも考え込みながら応える。
「いいえ、そのように重要な知識なら、お父様は厳しく管理されるでしょう。……ねぇ、ルビー。私、怖いわ……」
ジニーは無意識にルビーに身を寄せる。ルビーは優しく肩に手を添え、
「では、ひとまずこのことは、私達だけの秘密としておきましょう。私も、どうすればいいか、一緒に考えさせていただきますから。お嬢様がお一人で悩まれることはありませんからね」
しばらく、ジニーを優しくさするルビー。その支えで、ジニーはやっと前向きな気持ちになれた。
彼女は再びルビーからもらったハーブティーを一口飲むと、ベッドに戻り。
「ありがとう落ち着いてきたわ、おかげで休めそう。明日また、もっといい方法がないか考えてみるわね。ルビーと一緒に。……ああ、そうだ!」
「どうされましたか、お嬢様?」
「『夢』の知識を、ひとつだけ貴女に試してみても、いい?」
「お手柔らかにお願いしますね」
微笑んだルビーが、頷きながら目を閉じる。
「いきます。……『ステータス、オープン』!」
そう宣言したジニーは、しばらくルビーのことをじっと見回して観察するのだけれど。
「私のことが、おわかりになりました?」
「……いいえ、まったく」
どこかしょんぼりとうなだれたジニーに、ルビーは笑いながら話を続ける。
「私はいつもどおり、お嬢様のルビーです。それではいけませんか?」
「……ううん、それがいいわ、ありがとう」
「他人のことが洗いざらいわかるようになってしまったら、それこそ厳しく管理されてしまうかもしれません。お嬢様は、それで良かったのですよ」
それを聞いて納得していたようなジニーの目が、ふと疑問の形に変わる。
「もしかして、ルビーは『ステータス・オープン』の意味を知っているの? どうして?」
「それは、前に少し本で読んだことが。私が秘蔵している特別な書籍に書いてありましたので」
「ルビーが本を集めているなんて、知らなかったわ。……もしかして、その本には他の『異世界』のことも書いてあるの? だったら、ぜひ読ませてほしいわ!」
期待と好奇心に満ちた眼差しで迫るジニー。ルビーは逃げるように顔を逸らして。
「あ、いえ……。あのような本をお嬢様のお目にいれるとなると、ご教育上の問題が……」
「どういうこと?」
追及をかわすように立ち上がったルビーは、誤魔化すような笑顔を浮かべてジニーに挨拶をした。
「お嬢様がもう少し成長あそばされましたら、こっそり仕入れた『ウスイホン』をお見せしても構いませんよ。でも、今晩しっかりとお休みにならなければ、おおきくなれませんからね。どうぞ、おやすみなさいませ、お嬢様」
それで、どうにも釈然としないままルビーを見送ったジニーは、目を閉じて再びベッドに横になる。でも今度は柔らかな寝具の感触を心地よく感じることができた。
さっきまでの重苦しい不安は、ルビーと話せたことで随分と軽くなっている。深い闇の中でも、心の中には小さな明かりが灯ったように感じられた。
重荷も秘密も共有してくれるルビーがいる。もう、独りではない。そんな穏やかな思いに包まれながら、ジニーはゆっくりと深い眠りへと誘われていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます