第35話「価値」

 *


 さる小説公募新人賞の中間選考の発表が、先月行われた。


 文芸雑誌の紙面上で公表される。毎月特定の日に発刊される雑誌であり、皆も良く知るような作家陣が寄稿していたりする。


 確か発売日は金曜日だった。仕事に支障があるといけないので、休みの日の土曜日、少し早歩きで、朝10時、書店が開く直前の時間に到着するように並んだ。


 開店と同時に書店の中に入り、所定の場所へ行く。行き慣れた書店である――どこに何があるのかは、もうほとんど把握している。向かうは雑誌のコーナー、そこに、さる文芸雑誌の最新刊が平積みにされていた。


 私はそれを手に取り、行儀は悪いが立ち読みして、ページをめくった。


 目指すは、中間選考通過者、のページである。


 心拍数の上昇を感じた。

 

 一度捲り切っても当該のページを見つけることができなかったので、目次で再確認し、今度は明確に、辿たどり着いた。


 そこには。

 

 果たして。


 中間選考通過者15名と、最終選考のじょうに載せられる5名の、作品名と筆名が掲載されていた。


 私の筆名は、掲載されていなかった。


 応募したのは昨年である。公募に応募する作品には、どれに特に重きを置くか、ということはしていない。どれも同等の熱量を込めて、出版社に送信している。


 だが、駄目であった。


 私の小説は、落ちたのだ。


 編集部の下読みの段階で。


 もし、学生時代の自分だったら、己の価値を見失い、狼狽ろうばいし、泣き崩れ、落ち込み、それこそ陰鬱な私小説らしくへこんでいただろう。学生時代は、そういう私もいたのは事実である。過度な結果主義で、結果を出せない私は死んだ方が良い、まで真剣に思っていた(そう思うに至った経緯は家庭環境にあるのだが、それはまたいずれ語ろう)。

 

 ただ、今は違う。


 1つの賞に落ちたからといって、私の価値が消滅するというわけではない。


 今回落ちたという事実は、そしてそんな小説を書いて応募したという現実は、私の血となり肉となり、次に繋がるためのかてとなる。


 どんな批評でも、どんな非難でも、小説を書き続けているという私自身の価値をおとしめることは、誰にもできない。


 それを知ってからは、あまり落ち込むということはなくなった。


 というか、落ち込んではいられない――落ち込んでいる暇があったら、小説を書いていたいという気持ちの方が強い。


 勿論もちろん尊敬する作家先生は沢山いる。


 しかし、○○先生のような小説家になりたい、とは、私は思わない。


 誰かみたいな自分ではなく、何かみたいな自分でもない。


 小説を書いている、自分でありたいのだ。


 まあそれでも、落ち込む時は落ち込む。そういう時は、一日思いっきり落ち込んで、次の日から執筆を再開している。


 私も、人間なのだ。


 そんな過ぎし日を思い出しながら、今日も私は、小説を書く。




(続)

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