第17話「道標」

 *


 2万字という文字数を、1つの到達目標にしている。


 石の上にも3年、取り敢えず3年続けろ――という言葉も、社会では昨今かなり正確性が問われる時代ではあるけれど、私にとって2万字というのは、小説を書く上での一旦の道標どうひょうである。


 どんな凡庸なプロットができあがっても、その物語を書こうと一度決起したら、えず2万字までは書いてみるようにしている。


 というのも、大抵の場合、2万字まで書くことができれば、それは物語として「安定」していると仮判断できるからである。惰性でそこまで書き続けることなどできないだろう。勿論もちろんこの判断はあくまで仮であり、そこから先に書く小説が破綻する可能性だってあるけれど、私の場合は、2万というのが、多分丁度良い基準になっていると思う。


 そこまで一区切りにして、物語を振り返ってみる時間を作るのである。


 散りばめた伏線はどうか、登場人物の口調はどうか――等々、物語の序盤も序盤である、見るところはいくらでもある。作品として出版された小説ではない、作家志望の末端の末端の私が書く文章である。推敲する余地は、いくらでもあるだろう。


 この振り返りの時間というのが、存外私は好きである。外部の塗装工事、形整えではないけれど、一度立ち止まって色々整理整頓してみる。そうすることで、物語が抱えている重大な瑕疵かしが見つかる場合もある。


 このまま物語を進めて行けば、今の自分の実力なら、小説として成立できない。


 それは、駄目である。小説は、読み手に渡って初めて小説になるものだ。その過程を軽視することはできない。


 その場合には、一度その小説を。保留、とでも言おうか。そういうフォルダを作ってあるのである。またその小説を書き始められるような心身の状態になれば、その小説を再始動する――そんな流れで、「保留」フォルダに小説を保管しまくっている。


 どれだけ寝かせているんだよ、という状態ではあるが、翻って考えれば、それだけ再起動を待っている小説が、私にはあるということだ。


 逆に言えば、その2万の壁を突破すれば、どんな凡庸なプロットでも、小説になってしまうという訳である。


 小説になってしまう。


 前述の通り、そして後述もする通り、私は一介の作家志望でしかないので、小説になったところで、どこかに上梓じょうしする場所があるわけでも、生業なりわいとしているわけでもない。


 そうしてできてしまった小説は、公募に出している。


 1日の総執筆文字数は、敢えて数えないようにしている。数として明確に記されると、執筆に集中できていない日、明らかに不調の日などが分かってしまう。これでも私は人間なので、それが分かると落ち込むのである。誰でも「あーあ、今日は駄目だったな」なんて思ってベッドに入りたくはないだろう。それと一緒である。


 ただ、2万字程度なら、休日2日程度あれば余裕をもって書き上げられる。


 公募小説新人賞では、かなりの枚数を要求される。枚数規定というものがあるのだ。だからこそ、私のような飽き性の人間は、少しずつ少しずつ、小さなゴールを用意しておくことが必要なのである。


 この小説も(小説というにはあまりにも私小説めいていて、最早日記のようだけれど)書き始めてそこそこの時間が経過した。ネットで投稿しているという体裁がある以上時間が掛かったのは仕方がないのだろうが――ようやっと、今回の「道標」の章で、2万文字の俎上そじょうに載ることができた。


 一安心、している場合ではないのは承知している。


 私の本当の目標は、小説家になることなのだ。


 こんなところで安心、満足、停滞してはいられない。


 しかし、それでも。


 ここまで継続することができた自分を、労うくらいのことは許されるだろう。




(続)

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