道を渡ろうとしているおばあさんがいたら?

 質問です。おばあさんが、通りのはげしい道を渡ろうとしているのを見たら?
わざわざ行って助けますか? 自分が同じ道を渡っているなら助けますか? それとも、自分の利益になるなら助けてあげますか?
 この質問にピンときた人には、本作をお薦めします。ピンをこない人にもお薦めしますが。

 本作は、RPG不朽の名作『ウィザードリィ』をリスペクトしたド硬派本格異世界ファンタジーです。主人公とその仲間が迷宮を探索、その途中で遭遇した黒い剣士によって仲間を喪いパーティーは敗走……ここから物語が始まります。
 圧倒的な強さを誇る黒い剣士を倒すことはできるのか? そしてその正体は? 迷宮都市の王族を巡る謎とは? 迷宮を巡る謎と苦難を、主人公である若き魔法使いが、仲間たちと共に乗り越えていくという、古き良き時代の正統派冒険譚。
 そんな作品世界を彩るのは、細部まで作り込まれた世界観。例えば、冒険で「死亡した」仲間の蘇生は『ウィザードリィの』某寺院システムに準拠しています。元ゲームの鬼畜寺院では、死亡したキャラクターも金を払えばささやいて祈って詠唱して念じて、運が良ければ生き返ります。運が悪ければ? その場合、キャラクターはロスト、つまり永遠に失われます。一度きりの人生の何兆分の一かの時間をつぎ込んだキャラが、ある程度冒険を進めて愛着がわいてきたキャラが、完全にゲームから消えてしまうのです。
 リアル現実なら当然のことですが、死人も基本的に金さえ払えば何度でも即時蘇生するヌルいゲームが跋扈するこの世界で、こうした無慈悲な仕様は衝撃的。そしてこの作品も、そんなスパルタンな精神を受け継いでいることが、最序盤で読者に示されます。迷宮に挑む危険、一歩間違えれば容赦ない破滅。ああこれこそ、正統派ファンタジー!
その一方で、主人公を巡る恋模様といった微笑ましい息抜きも忘れていません。本家『ウィザードリィ』にも、カシナートの剣とかボーパルバニーとかのネタ要素がありましたし。
 いずれにしても、これは「本物」です。いわゆる異世界テンプレものには飽きた方、ハナから硬派ファンタジーにしか興味の無い方、是非本作をお読みください。ついでに言えば、本作はまだ「序章」。完結後にタイトルを「#0」に修正していますが、これは当然「#1」以降も期待せよという作者からの宣言だと思いますので、本作をお読みになって是非続きを! という方は、作者に容赦なく続編希望の旨を伝えましょう。

 ちなみに、冒頭の「道をわたるおばあさん」の話は、『ウィザードリィ』の説明書の定番ネタで、このゲームのキャラクターの「性格」(善・悪・中立)を説明する例えとして引用されています。
 では、カクヨムで本格ファンタジーを読みたがっている人がいたら、どうしますか?
 善も悪も中立も、みんな本作を推薦しよう!

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