第29話 YOU & I VS. THE WORLD②
控室の中で、私は柄にもなく震えていた。
普通の女子高校生よりはいろいろな人生経験をしているとは思う。けれども、この先の人生がかかった勝負をいざ目の前にして、どうしても身構えてしまう。
さっき道長に会えたときはまだ大丈夫だったけれども、こうやって一人になるとどうしてもいらないことを考えてしまう。
まるであの日、すすきののラブホテルで覚悟を決めきれなかったときのように、私の手は震えていた。
彼は打ち合わせの真っ最中。しかし本音を言えばそばにいてほしい気持ちがある。いっちょ前にわがままなことを言っている自覚はあるけれども、やっぱりここまで二人でやってきた以上、一人だと心細くもなる。
「……大丈夫?」
柔らかい、天使のような女性の声。
そんな聞き覚えのある声をかけられて、私は我に返った。
この声の主は、ストレンジ・カメレオンのボーカルギターを務める奈良原(ならはら)さんだ。
この人を一言で言えば、『透明感のあるきれいな人』
ちょっと儚げに見えるのだけれども、その歌声と作る楽曲は力強い。
奈良原さんは同じ女性ボーカルとして、ステージ上での振る舞いを観ているだけでいろいろなことを教えてくれる。まるで教師みたいな存在だ。
「だっ、大丈夫です! ちょっと緊張しているだけなので!」
「ほんと? だいぶ顔色が良くなかったけど……」
「い、いつもこんな感じなのでお気遣いなく……ははは」
私は無理やり笑顔を振り絞ってごまかそうとする。
ステージに立つ人間がこんなに怯えていてはダメだと、身体ではなく心にムチを打って気を取り直した。
「……というか、奈良原さんたちの控室、隣の部屋ですよ?」
「あれ? そうだったの? いつも控室って対バンの人と一緒だから間違えちゃった」
「んもー、しっかりしてくださいよ。メンバーの皆さん心配してますよ?」
「そうだね。……でも、私は詩羽ちゃんのほうが心配になっちゃった」
「だ、大丈夫ですよ。これくらいどうってことないですから」
虚勢を張っている。
舞台に立つのが今までにないくらい怖い。
自分が失敗してしまったら、グレープフルーツムーンとしての活動が立ち行かなくなる可能性がある。
道長と一緒に音楽をやっていく未来、道長と一緒に生きていく未来が破綻するのを想像してしまうと、身体の内側が締め付けられるような感覚を覚える。
絶対に失敗できない。絶対に間違うことが許されない。
私は極限状態に近いコンディションで、このライブに挑まなければならない。
そんな私の心境というのは、おそらく奈良原さんに伝わってしまっていた。
「そっか。……でも、せっかくだし私とちょっとおしゃべりしようよ。リハーサルまではまだ時間あるよね?」
「は、はい……」
「なにか色々事情があるのかもしれないけど、それじゃいいライブは多分出来ないから。私で良かったら話してみてよ」
奈良原さんは控室にある椅子に腰を掛けた。
私もつられるようにもう一つ置いてあった椅子に座る。
目の前にいる天使のような佇まいのちょっと年上の女性は、なんだかお姉ちゃんみたいだった。
一人っ子だから姉という存在がどういうものなのか分からないはずなのに、どうしてか奈良原さんに対しては素直に自分の気持ちを話してもいいかなと思えたのだ。
「――そういうわけなんです」
「……そっか、思ったより大変だったんだね」
「だから、今日のライブは絶対に下手をこけないというか、必ず勝たなきゃいけなくて……。私は強く振る舞わないといけなくて……」
振り絞る声でなんとか自分を奮い立たせようとする。
すると、奈良原さんはそっと私の手を握ってきた。
ちょっと体温が低めなのか、奈良原さんの手はひんやりしていた。でも不思議と、温度以上に温かみを感じる手だった。
「私もね、そういうここ一番の勝負みたいなライブを経験したことがあるんだ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。それこそ、バンドが続けられるかどうかをかけた大事なライブだった。強くならなきゃいけない、必ず勝たなきゃいけない。そう思えば思うほど、怖くて怖くて震えてたよ」
「今の私に、すごく似た状況ですね……」
「そうだね。でも、そのときドラムの融(とおる)……えっと、芝草くんがね、おまじないみたいな言葉をかけてくれたのを、ずっと覚えてる」
「芝草さん、何て言ったんですか?」
「『ステージの上でパニックになりそうになったら、バスドラムのキックに耳を澄ませてほしい。そのバスドラムの音には、必ずベースの音が乗っかってきて、ギターも重なってくる。つまり、君は一人じゃないって、その音が証明している。だから大丈夫、歌える』って」
とても心強い言葉だなと思った。
どんなに辛くても支えてくれるメンバーがいる。
それを確かに感じられるよう、わかりやすく言葉にして教えてくれる。
「かっこいいですね。芝草さん」
「うん。とてもかっこよかった。彼がいなかったら今の私たちはいないだろうから、精神的に支えてくれる存在がいるっていうのは大切だなって思うよ」
「精神的に支えてくれる存在……」
そういえば、道長もそんな感じで理論立てながらわかりやすく私の歌が凄いと説明してくれていた。
「大丈夫だよ、詩羽ちゃんには道長くんがいるでしょ。もうすぐここに来るだろうから、ちゃんとお互いに気持ちを打ち明けながら話せば、きっとそんなプレッシャー、すぐに飛んでいくよ」
――道長と話をして、お互いの存在を確かめ合いたい。自分たちは凄いんだって、確認しあいたい。
それが今の正直な気持ち。
奈良原さんと話してみて、明確に自分の気持ちが言語化できた気がする。
同じような経験をしてきた人生の先輩というのは、こんなにも頼もしいものなのだなと私は改めて思った。
また時間のあるときに、奈良原さんとたくさん話がしたい。そこから得られるものというのは、多分これからの自分と道長の行く先で必ず必要になることだと思うから。
奈良原さんはまた後でと言って自分の控室へ向かった。彼女にとっても貴重な時間だったはずなのに、わざわざ私のために割いてくれて本当にありがたい。
支えてくれる人たちがいる。だから、その恩に報いることができるよう、全力で歌わなければ。
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