第28話 YOU & I VS. THE WORLD①

 運命の日がやってきた。

 AMEの連中がわざわざ指定してきたこの日の札幌は、雲一つない青空が広がっている。

 客入りにマイナスとなる要素だけはできるだけ排除しておきたかっただけに、この晴天はありがたい。

 札幌駅の構内――特にJRから地下鉄に乗り換える通路は、昼間から人で溢れている。

 この人たちの大半が向かう先は、地下鉄南北線に乗った先にある真駒内アリーナだろう。

 世界的天才少女シェリル・スターキーの集客力というのはやはり凄まじい。

 俺はそんな人混みをよそに札幌駅から東へ向かう。

 今日の戦場は真駒内アリーナではなく、SQUARE GARDENというライブハウス。

 キャパシティ三百人を埋められなければ、俺と詩羽のユニット、グレープフルーツムーンはデビューの夢を絶たれることになる。

 それでも詩羽単独ならデビューの道はあるだろうが、あいつは多分それを望んではいない。あくまで二人でのデビューが狙い。

 大手芸能事務所がバックに付けば、タイアップされたり、規模の大きなイベントに呼ばれるようになったりする。そうして売れさえすれば、必然的に収入が増える。

 詩羽が目指す、『俺の手術代を稼ぐ』という最終目標にも近づくというわけだ。

 だから今日のライブというのはグレープフルーツムーンにとっての分水嶺。

 この結果次第で、俺たちの未来が変わる。

 そんな重要な日ではあるのだけれども、俺はあまり緊張していなかった。

 元来緊張するタイプではないこともあるし、それ以上にうまくいく未来しか見えなかったというのもある。

 AMEが仕掛けてきた理不尽なゲーム。無論、俺が何も策を立てずに臨んだわけではない。

 今頃真駒内アリーナかどこかであの二人は余裕を見せているのだろう。

 その鼻っ柱をへし折ってやろうと、静かに俺には気合が入っていた。


 ライブハウスにたどり着くと、珍しく詩羽が先に来ていた。

「ちょっと遅かったじゃない。いつも早く来るから何かあったのかと思っちゃったじゃん」

「そういうお前は馬鹿に早いじゃないか。遅刻ギリギリの詩羽はどこいったんだか」

「だ、だって今日は勝負の日だし……それに、ゲストだっているんだから呼んだ側の私たちが早くこないとダメでしょ?」

 俺が考えた作戦の一つ、それはゲストアクトを呼ぶこと。

 AMEの連中は日程と会場以外は自由にしろと言った。だから俺たち一組でワンマンライブをやる必要はない。協力者を呼んでも問題はないのだ。

 以前あいつらがそうやって地村リクトをアピールしようとしたように、ゲストバンドを呼べば集客力は上がる。三百人のキャパシティを埋めるためにまず思いついたのがそれだった。

 しかしゲストを呼ぶにしてもコネがない。おまけに、集客力のある人気どころは既にスケジュールが埋まっていてなかなか応じてくれない。

 それでもある一組だけは快く応じてくれた。

「大丈夫大丈夫。そのゲストさんにさっきそこで偶然会ったから連れてきた」

「そこで偶然会った……?」

「ほら、こっちっすよ、『ストレンジ・カメレオン』の皆さん」

 ぽかんとしている詩羽をよそに、俺は後ろにいた四人組を呼び寄せる。

 そこに現れたのは、先日AMEの企画ライブで一緒だった『ストレンジ・カメレオン』の四人。

 普段は東京を中心に全国を飛び回っている彼らだが、たまたま予定が合ったので来てくれることになった。

 彼らとシェリルの客層は違うので、そもそもシェリルに興味がない層を呼ぶという意味では効果がある。

 数万人の集まるドームではなく、三百人のキャパシティを埋めればいいわけなので、作戦としては結構効果があるだろう。

 挨拶を済ませると、詩羽はライブハウスのスタッフに呼ばれて行ってしまう。

俺はストレンジ・カメレオンのリーダー兼ドラム担当の芝草(しばくさ)さんと二人になった。

「今日はよろしく。なんだか聞いた話だと、AMEに勝負をふっかけたんだって?」

 個性の強いメンバーの中で彼が一番地味な存在ではあるが、どうやらかなりの信頼を置かれているらしくリーダーを任されている。

 サウンド面でも精神面でもバンドを支えている縁の下の力持ちだ。

「ええ、まあ。向こうが提示してきた条件にちょっと腹が立ったので」

「ははっ、君等もそうだったのか。噂には聞いていたけど、AMEにはそういうのがよくあるらしいね」

 芝草さんの言う『君らも』という言葉に俺は思わず反応してしまう。

「えっ? もしかしてそっちも勧誘を受けたんですか?」

「うん。まあ、勧誘というより引き抜きだったけど。ボーカルのソロデビューをしないかって」

「それって、うちとまるっきり同じじゃないですか」

 芝草さんの話を聞くと、どうやら彼らもAMEから俺たちと同じような交渉を持ちかけられたのだとか。

「僕らのバンドはずっとインディーズで自分たちのやりたい音楽をやろうって決めていたし、小さいけど頼りになる事務所に入ってるから問答無用で断ったんだけどさ」

「あのサウンドは四人じゃないと出ないですから。本当に音楽を聴いていたら引き抜きなんて愚策だってすぐにわかりますよ」

「ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「にしたってあいつら、節操なさすぎじゃないですか」

「確かに。よほど能力のあるボーカルを引き抜きたいんだと思うけど、世の中のバンドやユニットがボーカルだけで全て成り立っているわけじゃないことに気がついてないのかもね」

 芝草さんの言うとおりだ。と、俺は思った。

 自分みたいな脇役の存在を主張したいわけではないが、優れたボーカル一人で音楽が成り立つほど単純なものではない。

 そんなことくらい業界にいればわかりそうなものだが、大手にいると見えなくなるのかもしれない。

 ある意味、AMEの連中が気の毒に思える。……まあ、今はそんな情をかける気など毛頭ないが。

「でもいいんですか? あいつらのオファーを断ったうえで今日のライブに出たら、芝草さんたちは余計に睨まれるんじゃ……?」

「いいんだよ別に。AMEからはもう報復も受けてるから」

「えっ? マジなんですか?」

「うん。この夏出るはずだったエゾロックフェスの出演枠、こっそり地村リクトに差し替えられていたよ。やることがえげつないよね、まったく」

 エゾロックフェスといえば北海道で開催される日本三大ロックフェスの一つ。

 その出演陣はかなり豪華で、出演したくないというロックバンドは存在しないと言い切れるくらいの憧れの舞台だ。

「それって……やっぱりあいつらが主催者に……?」

「圧をかけたんだろうね。うちの事務所は小さいから、そこの対応がうまくできなかった。せっかくの機会だったけど、バンドがなくなることと天秤にかけたらこれはしょうがないかなって」

「それは……残念でしたね」

「だから今回、言い方は悪いけど憂さ晴らしのライブが北海道でできるっていうのが楽しみだったんだ。おまけにAMEと真っ向勝負。そういう意味では呼んでくれてありがとうだよ、道長くん」

 芝草さんはニカっと笑う。

 バンド的にはかなりダメージを受けていそうなのに、そんなのお構いなしという感じ。

 俺は本能的に、この人は強いなと思った。そんな人が今回味方にいるのだから、なんだか心強い。

「それにしても随分と思い切った作戦だね。本気で勝ちたいって気持ちが伝わってくる」

「まあ、やれることは全部やっておきたかったんで」

「あんな値段でチケットが売られてるの初めて見たよ。びっくりした」

 俺が考えた作戦の二つ目、それはチケットをギリギリまで値下げすること。

 さすがに無料にはできないとライブハウス側に言われてしまったので、可能な限りで値段を下げた。

 来てくれる人を増やすには、やはりハードルを下げることも必要だから。

 自分たちを安売りするのは少し気が引けたが、今日に限ってはそんなこと言っていられない。

 キャパシティを全部埋めたとしても赤字になってしまうが、逆にこれは投資だと考えてしまえば安いもの。

 金で俺たちの未来が買えるなら、いくらだって出せる。それに、すべてがうまく行けば、ここで負った赤字を全部返す自信もある。

 だから無謀な作戦ではない。

「『やれることは全部やっておきたかった』ってことは、他にも何か作戦があるんだよね?」

「はい。他にやったのは、開演時間をちょっと遅めにしてみたりとか……」

「それはやっぱり、シェリル対策?」

 今日の最大のライバルは真駒内アリーナにいるシェリル……と、地村リクト。

 同日開催となったものの、運良く彼らの開催時刻は一般的なライブに比べて少し早かった。

 おそらくシェリルはライブ後すぐに移動を控えていて、終演後の飛行機に間に合うような時間設定をしているのだろう。

 俺はそれが今回の一番付け入ることのできるスキだと思った。

 ならば俺たちのライブは開始時間を可能な限り遅くして、あわよくばシェリルのライブ帰りの人を取り込めないかと考えた。

 先ほどのギリギリまで値下げしたチケットとの合せ技で、それなりに効果を発揮してくれそうな気がする。

 他にも考えた作戦はあるが……今明かすのはこれくらいにしておこう。

「それだけ策を考えてるなら、あとは最高のライブをするだけだね」

「……はい、やるしかないです」

「僕らも微力ながら援護させてもらうよ。そういう裏話を聞いちゃうとさ、この三百人のハコを埋めてやろうって思うからね」

「ありがとうございます! ストレンジ・カメレオンがいればめちゃくちゃ心強いですから」

「伝説の夜にしよう。そしてみんな笑顔で打ち上げに行こう。ジンギスカンを食べに」

 芝草さんは再びニカっと笑う。その表情は完全に観光客のそれ。

「そっちのほうが目的ですよね?」

「冗談冗談。でも、ライブがうまくいったら絶対美味いよね」

「間違いないです」

 つられるように俺も笑ってしまった。

 協力してくれる人たちがいる。絶対にその想いに答えたいなと、俺は心に誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る