40 頼朝の「再起」

「では維盛、これより海道を征き、頼朝を討て。甲斐を討て。以上じゃ」


 宗盛は、言うだけ言ったとばかりに、場を退出した。

 残された維盛は、「何だったんだ」と言いたげな顔をした。


「そもそも……いくら兵を連れていけ、兵糧はこれくらいだ、という話がまるでない」


 となると、また伊藤忠清に頼らなければならないのかと、維盛は頭をかかえた。

 忠清は忠実な武士であり、合戦に強い。

 清盛からも、軍の実務を任されている。

 維盛自身の乳父めのとであるため、関係が深い男である。


「ただ……強情ではある」


 現場の

 忠清はそう思われているし、実際、本人もそう思っている。

 だからこそ、現場側の――兵の気持ちを大事に思っており、上に対しても忌憚なく直言する。

 維盛もそういう男だと思って接しているが、たとえば先の以仁王の挙兵における宇治合戦でも、「いくさを知らない」と維盛と重衡をこき下ろしたことがあった。


「なまじ乳父めのとであるだけに、遠慮を知らぬ。何とかならぬものか」


 ただ諫言するならともかく、いくさを知らないなどと非難してくるのは、いかがなものか。

 大将と副将の威厳にもかかわるし、いざという時、将兵が維盛よりも忠清の言うことを聞く、という事態になりかねない。

 しかし、維盛はそれでも、事態は急を要し、今は何よりも早く出陣すべきだと心得ているので、この保元の乱以来の平家の先陣を務めた男を外すことはしなかった。


「なるべく早く兵を集めよ。ある程度集まったら、出陣じゃ」


 急がねば、手遅れになる。

 この聡明な貴公子はそれを見抜いていた。

 だから、準備不足、兵糧不足ではあるが、できるだけ早く兵を出して、とにかくことに当たらねばと、気がいていた。

 ところが。


「いえいえ維盛さま。いくさというのは吉日をえらぶべきです。今はまだ悪日。次なる吉日は……」


 などということを、忠清が言いだした。

 さすがの維盛も、いくらなんでも宣旨が出ているので(清盛が手を回して、東海道諸国に頼朝追討を命じた)、早く征かねばと説いた。


「悪日悪日と、気にするのはわかるが、かの平治の乱の時を考えよ。あの時、平家は不利で、祖父・清盛は熊野から落ちのびようとしていた。それを、父・重盛が励まし、戦った。いかに悪日、いかに不利といえども、戦わねばならぬ時もある」


 その時重盛は、「年号は平治、都は平安、われらは平氏、三つ同じだ。ならば敵を平らげよう」と清盛や味方を励ました。

 維盛もまた、父にならって、不利な状況ではあるが、出陣したいと思っている。

 ところが、そうしようと思えば思うほど、忠清が頑強になってそれを止めるのだ。

 おそらく、悪日を避けたいという兵の気持ちだけでなく、いくさの実務者として、準備不足で戦いに征きたくないのだろう。加えて、そういう状況で維盛を戦わせたくないという思いもあるのだろう。

 変に依怙地いこじになって妨害するより、善意に基づいているだけ、それは厄介だった。


「……やんぬるかな」


 こうして、維盛の出陣は伸びに伸び、大庭景親が頼朝挙兵の報をもたらしてから、実にひと月経過しての出陣となった。



 平家軍、つ。

 その知らせを聞いた時、頼朝はすでに安房上陸を果たし、房総を制圧していた。

 頼朝に扈従こじゅうしていた北条義時は――いずれはこうなるとは思っていたが――目を見張る思いだった。


「……ほんとうに、頼朝どのは、石橋山で負けたのか?」


 そう言いたくなるぐらい、頼朝の再起は順調に進んだ。否、順調どころか急激に進んだ。

 頼朝に先立って安房に上陸していた三浦義澄は、兄・杉本義宗のかたきであり、この時の安房の豪族である長狭常伴ながさつねともを討った。

 これを受けて頼朝は、やはり安房の豪族である安西景益あんざいかげますふみを送った。

 安西景益は、現実の三浦の脅威と、一度は負けたはずの頼朝が、もう安房に進出して地盤を築きつつあることを考慮して、味方することにした。


「それに、味方しておけば、にうま味がありそうだ」


 これには、ふみを持って来た北条義時という男との会話が影響していると思われる。

 いずれにしろ、安房の長狭と安西を得た頼朝は、次に上総へと向かった。

 上総の勢族・上総広常は、平家の任命した知行国主の高圧的なに我慢できず、抗議のために息子・能常よしつねを京へ向かわせたが、それを「不届き」とされて、捕らえられてしまう。

 これに激怒した広常は、翌年、頼朝が挙兵すると知り、すぐに支持を表明していた。

 ところが。


「上総が……広常が来ないだと?」


「はい。兵を集めるのに、時がかかるとのこと」


 広常の使いからそのように聞いて、頼朝は少し考えると、そばにひかえた義時の耳に、ぼそぼそとささやいた。

 義時が驚いたような表情をすると、頼朝は――彼にしては珍しくにやりと笑い、「そのように説得せよ」と命じた。



 上総広常の館。

 広常は実際に兵を集めていた。

 頼朝に味方するにせよ、しないにせよ、どちらにせよ、兵は必要だ。

 上総の兵力は万を数える。

 この上総の兵が味方すれば、趨勢すうせいは一挙に傾くだろう。

 ……上総の味方する方に。


「されどここは考えどころだぞ、広常」


 上総広常はおのれに語りかけていた。

 このまま頼朝に味方するのはいい。

 来たるべき頼朝の「国」で枢要を占めることができよう。

 しかし。


「今ここで頼朝どのをしいしたてまつれば……」


 頼朝の首と引き換えに、大功を得られる。

 それは魅力的な考えだった。

 そして最後にはこう思うのだ。


「……かつての将門公も、結局は官軍に敗れたではないか」


 と。

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