10 以仁王の誤算


「えっ」


 驚愕は宗時だ。

 彼は、頼朝が以仁王の叛意を「ご注進」に来たのかと思っていた。

 大体、北条は平家の一支族。

 頼朝は流人で、北条は見張り役だ。

 それが、何をもって。


「兵を起こせとおっしゃるのだ、頼朝どのは」


「よせ宗時」


 ここで時政が宗時を止めた。

 時政は理論派ではない。

 むしろ、勘で動く男だ。

 その勘が、「ここは頼朝に従った方がいい」と告げていた。


「義時」


 大姫にをさせながら、政子が言った。


「早急に調べなさい。伊豆の目代もくだいとするなら、誰か」


「も、目代」


 目代とは、ある国を知行とする国主が京にいる場合、現地代理人として、その国を差配し、行政を回す役割の人間のことである。

 そしてその目代の、次は誰かとは。

 いったいこの姉は何を言っているのか。

 義時は頭をかかえた。

 だが次の瞬間、姉の言いたいことに気がついた。


の、目代……」


「そう。以仁王さまは、きっと失敗する。はかりごとは良くても、以仁王さまは、武士を知らない。いくさを知らない。そんなお方が、清盛入道に勝てるか」


 以仁王はなるほど聡明だろう。

 摂津源氏・源頼政を味方につけることに成功するかもしれない。

 しかし実際に合戦となれば、どうか。

 頼政は善戦するかもしれない。

 だがそれだけだ。

 一介の武士からとまで言うと言い過ぎだが、ともかく武士の身から太政大臣にまで昇りつめた男に、いくさの素人の以仁王と、かなりの高齢の頼政で、やり合えるのか。


「だから、きっと負ける。だから、そのあとに備えろと、頼朝どのは言っている」


 政子の言葉に、頼朝はうなずく。

 ここで宗時が「待てよ」と異を唱えた。


「頼政どのは負ける。それはわかった。そうすると、令旨をもらった頼朝どのが危うい。それゆえに……われら北条に兵を用意しろと?」


 北条の娘を妻にしているから、北条が守れと言いたいのか。

 宗時は、ずうずうしい願いだとふくれ面をしたが、義時がその袖を引っ張った。


「兄上、兄上」


「何だ」


「姉上は言っていたではないですか……の目代は、と」


「あっ」


 よくおどろく男である。

 そう思いつつ、時政もおどろいていた。

 次の目代。

 つまりは、目代が変わるということ。

 目代が変わるのはなぜか。


「知行国主が変わるから……か」


 伊豆の知行国主は源頼政だ。

 その頼政が叛乱に加わるというのなら、そしてその叛乱が失敗に終わるというのなら、目代も変わることになろう。

 時政はひとりごちた。


「時代が変わりつつある……やもしれぬ」


 そこまで先が見えるということは、頼朝も政子も、もっと先を見すえている。

 自分のような勘で動く男は、このような者たちにあとを譲っていくのが良いのでは。

 そう思える時政であった。



 京。

 以仁王はあせっていた。


「……なぜじゃ」


 せっかくの全国規模の策略が。


「……なぜ、ばれてしまったのじゃ!」


 ものの見事に露見し、平家に追われる身となってしまったからである。


「おのれ、おのれ」


 源頼政に会うことはできた。

 全国の源氏が立ち上がったら、頃合いを見てという話もした。

 頼政は確答しなかったが、かなり心が動いていたことは、見て取れた。


「それが、あとひと押しだというのにッ!」


 源行家からは、熊野、伊豆の頼朝、木曽の義仲、そして陸奥の義経まで「話をした」、というふみはもらっていた。

 あと、ひと押しだ。

 もう一回、頼政に会い、決起は間近だと説けば。


「……おのれ」


 どこから、露見したのか。

 以仁王は懊悩するが、今は逃げることが先決である。



 実は露見させたのは、他ならぬ行家の長年の潜伏先であり、庇護されていた熊野である。

 行家は、まず熊野で令旨を見せ、以仁王への協力を求めた。

 かつての「たつたはらの女房」であり、今は鳥居禅尼という姉──かつての熊野別当(熊野の長)の妻をたのんで、行家は、大上段に「熊野立つべし」と説いた。


「なんだ、あれは」


 面白くないのは、当代の別当、湛増たんぞうである。

 彼は鳥居禅尼の娘婿であったが、だからといって、熊野の浮沈にかかわる大事において、おいそれと同調するつもりはなかった。


「たしかに全国の源氏が立てば、なるほど源三位頼政げんざんみよりまさは立とう。京は押さえられよう。だが、その先はどうだ?」


 湛増には、福原京から疾駆してくる平家の、清盛の大軍が見えるような気がした。


「その清盛と戦うのは誰だ? 以仁王か? 頼政か?」


 どちらが清盛を相手するにしても、まず京に近い熊野に動けと言ってくるだろう。

 そして熊野を盾にするだろう。

 もしかしたら、その間に逃げるかもしれない。

 そうでなくとも──最初から逃げるにしても、熊野は置いてけぼりになる。

 熊野は熊野三山あってこそ。

 そこから動けない。


「であれば、清盛入道の振り上げた拳が落ちるのは、まず熊野よ。これほどわかりやすい見せしめもあるまい」


 まだ遠方の──伊豆の頼朝であれば、大軍が押しかけるまでにやりようがあるかもしれない。

 だが熊野は駄目だ。


「京にも福原にも、近過ぎる」


 こうして湛増は平家への密告を決意した。

 つまりは、煽動者として有能な行家が、その膝下である熊野から計略を露見させるという、皮肉な結果となった。

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