09 以仁王の目算

「頼政どのが以仁王さまに従う理由……それがこれだ」


 頼朝が取り出した宋銭を見て、盛長は不得要領な、亀はあからさまに不審げな表情を浮かべた。

 実際、「何なんですか、それ?」と言ったぐらいだ。


「これ」


「いや、かまわぬ盛長。それよりふたりとも、摂津源氏、源頼政は摂津の渡辺津わたなべのつが本拠なのは知っていよう」


 頼朝は語る。

 摂津源氏は、西国から、あるいはさらに遠方の朝鮮や大陸からの輸出入のやり取りが、京畿において──渡辺津でおこなわれるからこそ、繁栄できた。


「……ところが。その収入あがりが、なくなってしまうとしたら、どうなる?」


「何と」


「それは」


 盛長と亀が、同時に身を乗り出す。

 この時代の武士というものは、利にさとい。

 泰平の世とちがって、生きるか死ぬかの闘争など、日常茶飯事である。

 そのような武士から、利、というか生計を奪うとしたら、どうなるか。


「それこそ、死にものぐるいで戦うだろう」


 頼朝は、手のひらの宋銭をもてあそぶ。

 以仁王は、慧眼だった。

 宋銭といえば、平家──清盛だ。

 清盛は西国西海に勢力を持ち、必然的に大陸・朝鮮とのやり取りがあった。

 その、やり取りの中で、最初は船の安定性を保つためとして、慣習的に船底に積まれていた宋銭の束に目をつけた。


 ──宋銭これは、使える。


 と、清盛は、単なる重しとして扱われていた宋銭の、本来的な価値──貨幣として使用することを思いつき、従来、絹を代用貨幣としていたこの国の経済を席巻した。

 一説によると、後白河法皇はこの宋銭の禁止を提案したが、それを嫌った清盛が治承三年の政変をおこした、とまで言われる。


「それはさておき、宋銭と交易を平家のもといとした清盛は、ついに都までも移して、それらに特化しようとした」


 福原京である。

 これができたことにより──遷都したことにより、渡辺津は一挙に価値を激減する。

 何せ、都それ自体が、渡辺津よりも西に位置したのだ。

 今はまだいいが、やがてこれまでの平安京にいた人々も福原に移り、消費地としても福原がこの国「一番」になるであろう。


「大体、平治の乱のどさくさに紛れて、気がついたら清盛のにいた頼政卿が従三位など、おかしいと思っておった」


 今思えば、それは渡辺津の利用価値を下げたことへの慰謝料だったのかもしれない。

 だがいずれにしろ、以仁王は福原が渡辺津を追い落とす構図に気がついた。

 気がついたからには、おのれの野望に積極的に利用するだろう。


「で、では」


 盛長は冷や汗を禁じえない。

 以仁王の企図──全国の源氏を立たせ、その隙をついて摂津源氏と共にみずからが立つという策は、実現可能であり、というか、もう実現間近なのではないか。


「そのとおりだ……が」


 頼朝は宋銭を弾く。

 それは宙空へと上昇する。

 だが、それはやがて。


「落ちてゆくだろう……平治の乱の時もそうだったが、貴人というのは甘い。ありえない過ちを犯す」


 平治の乱当時、頼朝の父・義朝は、藤原信頼ふじわらののぶよりの側について戦った。

 その時、信頼が押さえていた二条天皇に逃げられ、さらに後白河法皇も脱走されたことが、信頼・義朝の敗北のきっかけとなった。

 義朝は信頼を「日本一の不覚人」と罵ったが、頼朝は――当時ではなく、今の頼朝は――それは、貴人というものの甘さがの遁走を招いたと思っている。


「こたびのはかりごともどうかな……以仁王は英邁だ。だが、英邁だからこそ、人の過ちというものを見過ごすやもしれぬ」


 何ごとも、自分の計画どおりに完璧に行くと思うのが、人間の常だ。

 ましてやそれが、貴人であり賢明であるなら、なおのことその思いは強いだろう。


「と、なると……」


 頼朝は考える。

 平治の乱の時は、あれよあれよという間に、父・義朝に巻き込まれ(義朝も信頼に巻き込まれていたが)、考えるいとまも余裕も無かった。

 だが、今はちがう。

 時を置き、場所をたがえて考えることができる。

 そうして沈思黙考する頼朝の次なる台詞に、盛長と亀も唖然とすることになる。


「政子に会いに行く」


「えっ」


「はあ?」


 やはり京畿の人間というのは軽薄、このような時に女かと亀はため息をついた。

 盛長はまあまあと娘をなだめたが、それでも落胆の表情を浮かべていた。

 が、頼朝はそれにはかまわず、さっさと蛭ヶ小島をあとにした。



「で、わたしに会いに」


「そうだ」


 北条館。

 何と、堂々と頼朝はこの館に現れ、「政子に会いたい」とおとないの意を告げた。

 政子の父の時政や、兄の宗時、弟の義時もいたので、頼朝は大広間へと通された。


「わたしは頼朝さまと二人、親子三人で会いたいのに」


 政子は堂々と乳を出しながら、娘の大姫に授乳しながら、愚痴を言った。

 北条家の男たちは、裸で泳ぐ女が何を言うかと抗議しようとしたが、頼朝が「ちょうどいい」と座ったので、何も言わなかった。


「これを見てくれ」


 頼朝は懐中から令旨を取り出し、政子の前で広げた。

 時政や宗時、義時らがのぞき込む。


「以仁王が、私をふくめ、全国の源氏に平家打倒の決起をうながしている」


 一同に衝撃が走った。

 皇族たる以仁王が平家を打倒。

 今までのとはちがい、

 大姫を抱いている政子には令旨が良く見えないため、頼朝がかいつまんで説明した。

 以仁王は全国の源氏に兵を起こさせ、その動乱の隙に摂津源氏・源頼政を動かして、一挙に権力を握る気でいる。

 そしてそれは失敗に終わる可能性が高い、と。

 そういう目算を告げたあと、頼朝は最後にこう言った。


大略たいりゃくはそんなところだが、まずは兵を起こす用意をして欲しい」

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