第25話 Cランクハンター活動記(5)
「おらぁ!」
ボルボさんの拳がキバネズミの横っ腹を貫く。
地下水道は広い空間のためかなり戦いやすい。足元は整備されているし、簡易的な照明もある。
「ふぅ、こいつも一撃でしまいか」
「戦うというより処理ですね、これは」
天球礼拝地の地下を流れる地下水道に巣食う魔物を退治するのが今回のクエストなのだが、まるで歯応えがない。ワンパターンな戦闘を繰り返すばかりだ。
頑丈でパワーのある猿人種のボルボさん、風属性の使い手リシュルゥ。この二人がいればなんてことない。俺が魔法を使うまでもないようだ。
経路図を確認して、道を間違えないように進む道を選ぶ。
魔物を取りこぼさずすべての別れ道を踏破しなくちゃいけない。RPGで宝箱を一つ残らず回収するためにわざわざ正規ルートを引き返すように。
「ボルボさんってクエストを三つ達成したって言ってましたけど、どういうクエストをやったんですか?」
「俺がやったのは三つとも常設の納品クエストだ。魔物を倒して素材を持ってこいっていうな。デカい商会がいつもそういうクエストを出してんだ」
「納品クエストですか。わかりやすくていいですね」
わかりやすくそれで報酬の額がいいとなるとみんな受けたがるだろうな。だから地下水道の魔物退治みたいなクエストが不人気になると。
討伐クエストもいいんだが、俺が普段やってることと変わらない気がする。千年京の周辺で魔物を狩ってビッグマム商会に買い取ってもらうのとなんら変わらない。
「おい、またキバネズミがいるぞ」
「次は俺に任せてください!」
今や愛剣となったモーゼフさんの剣を構え、魔力で強化して間合いを意識する。キバネズミの大きさは俺の腰元くらいだ。ネズミと考えるとデカいが魔物の中ではそうでもない。大きい魔物はこの世にたくさんいる。このくらいなんてことないんだ。
「……せい!」
キバを剥き出し大口を開けて飛びかかってきたキバネズミを横身で避ける。回避と同時に剣を上段に構えて、思いっきり切る。キバネズミは一瞬で死体に変貌した。
「いい剣筋じゃねぇか」
「全然ですよ。本物の剣士と戦ったら厳しいと思います」
俺は魔法の練習ばかりしていた。剣術は体力作りレベルだ。
剣で戦うより魔力で強化した拳で戦う方が火力があるかもしれない。近接格闘はセンビというお手本が身近にいたからそれなりに自信がある。
「十分な動きができてると思うがなぁ。あのゴロツキ兄弟は魔法で倒したのか?」
上位ハンター認定試験にいた魚人族の嫌味な兄弟。
時間内に狩猟してきた魔物の大きさで競う二次試験で他の受験者を襲い魔物を強奪するという卑劣な行いをした連中。あの時は時間がなかったので勇者の力を使ってしまったんだったか。魔力を喰らう黄金の炎の形を持つ力。相手の魔法を喰らうこともできる。
「あの時はなんて言うか……魔法っちゃ魔法なんですけど……」
「いや言わなくていい。誰だって隠し球の一つや二つあるもんだ」
「話せないわけじゃないんですけど、すみません。また今度話します。ずっと隠し事をしているのも嫌ですから」
「おう、話したくなったらいつでも聞いてやるぜ」
俺が勇者だという事実は隠しておくほどのことじゃないかもしれない。だけど、俺はいまだに割り切れていない。勇者軍に加わる気はさらさらないが、魔王軍と戦うかどうかは別問題なんだ。
天球礼拝地には勇者軍が常駐している。俺がいた部隊とは別の部隊だが。
人前で無闇に勇者の力を使うべきじゃないのかもしれない。勇者軍の関係者の耳に入れば気楽にハンター活動なんてできなくなるような事態も起こりうる。
「ここらで昼休憩にしましょう。この位置は覚えたので転移魔法で地上に戻って、またこの地点から再開すればかなり時短になると思います」
「すげぇな……そんなぽんぽん転移魔法って使えるもんなのか?」
「いやぁ……他の転移魔法使いを知らないのでなんとも。俺は何度でもすぐ使えますけどね」
「便利なもんだな。あっという間に移動できるなんて。一人で三人分くらいクエストを消化できるんじゃねぇか」
「移動がメインの簡単なクエストなら一瞬だと思いますけど、一度行ったことのある場所じゃないと行けませんからね」
転移魔法で地上の地下水道入り口前に戻った。
「本当に一瞬だな。体が浮くような感じがして、景色が一瞬だけグニャッてして一時間かかる帰り道がなくなっちまった。これなら二日でクエストが終わるかもな」
地下水道の経路図を確認する。確かにこのペースなら二日もあれば余裕を持って区域内の魔物を退治できそうだ。
「結構歩いたけどリシュルゥは平気か?」
「大丈夫。研究にフィールドワークはつきもの」
「ならよかった。疲れたらすぐ言ってくれよ」
「うん、わかった」
センビと狩りに出かけたことは何度もあるが、リシュルゥとは初めてだ。
本人は猛烈に否定するだろうがまだ子どもだと俺は認識している。魔導力機開発でリシュルゥに頼ってばかりだし、危険がある場所には極力連れて行きたくないという思いがある。けどそれはリシュルゥに対して失礼な考え方だ。
昼ごはんを食べながら、俺はボルボさんに気になることを質問してみた。
「ボルボさんってこの都市に部屋を借りてるんですか?」
「ん? あぁ広くはないが、まぁまぁな部屋だぜ」
「そうなんですか。家賃ってどのくらいか聞いてもいいですか?」
「俺のとこは部屋が一つあって、トイレとシャワーがあって月に金貨八枚だ。正直言って聖地の家は高いな。前に住んでた鉱山都市は金貨五枚で庭付きの家が借りられたからな」
千年京のお飾り国王という身分でありながら、俺は千年京の家がいくらくらいで借りられるのかわからない。センビの家が広いからこのままずっと居候でいいかという気になっている。
「そうですよね。どうしよっかな、そろそろ一人暮らしするかな……」
いつまでもセンビの家にいるというのもいかがなものかと。
嫌なことはなにもないんだが、このままだと家事の仕方を忘れてしまいそうだ。
「せんせぇ出ていっちゃうの……?」
リシュルゥはパンを頬張るのをやめて悲しい顔をしている。
そうか、俺が出て行くとリシュルゥはセンビと二人きりか。表面上は普通の仲だが、酒臭いセンビに苦手意識を持っているのだ。
「別に出て行くわけじゃない。一人暮らしも考えた方がいいのかなーってちょっと思ってるくらいでさ」
「出てっちゃやだ」
「わかったわかった。出て行かないよ」
俺はリシュルゥに助けてもらってばかりだが、なぜかリシュルゥは俺を慕ってくれている。嬉しいのだが、これでいいのだろうか。
「仲がいいこって。ナナセたちはどこに住んでんだ?」
「俺たちは聖地には住んでないんです。ここから一ヶ月くらいかかる場所にある千年京という都で暮らしてるんです」
「はぁ……転移魔法でここまできてんのか? すげぇな」
「ちょうど巡礼船が寄港したから、この聖地までこられたんですよ」
「転移魔法ってのは便利ってレベルじゃねぇな。そのおかげで地下水道の魔物退治も早く終わりそうだしよ」
転移魔法が使えてよかったと俺も思う。転移できない生活を考えると頭が重くなるくらいだ。魔物が溢れ交通が発達していないこの世界で都市間を移動するのは危険が付き纏い多くの時間を必要とする。
俺が作った転移門はこの世界にとって劇薬だ。あの魔導力機を公表していいものか。人々の生活が大きく変わるだろう。しかし、そんな簡単な話ではないのも事実。みんなで仲良く使いましょうなんて無理だろうし、独占しようする勢力だって現れるかもしれない。俺の存在自体を危険視されるかもしれない。
ずっと秘密にできれば一番なんだけどな。
「さて、もう少し休んだら地下水道に戻りましょうか」
「そうだな。ちゃっちゃと終わらせようぜ」
「急いでも今日中には無理だと思いますけどね」
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