祖母の死


 先日、祖母が亡くなりました。

 93歳。

 10年以上を寝たきりで過ごしていましたが、元気でした。

 朝食は普通に食べており、昼食を運んで行った所、既に往生していたのです。


 流石に父もと思っていましたが、平常運転でした。


「葬儀屋殿・・・フム・・・フム。では祖父の時と同じように。されば・・・フム。宜しくお願い致す」


 電話に頭を下げ、父が溜め息をつき、テーブルに戻って来ました。

 私と、母と、叔父(父の弟)がいました。


「うむ、明後日は友引ゆえ、葬儀屋が休みであるな。故に、明日、通夜、明後日、葬式、というわけには参らぬ。通夜は3日後である。これは仕方あるまい」


「お祖母様のご遺体は、その間は」


「うむ。葬儀屋がドライアイスを持って来てくれるゆえ、心配はない」


「左様ですか」


 母と叔父は額に手を置き、ぐったりとしていました。


「皆の者、そう気を落とすでない」


 父がにこりと笑いました。

 このような父でも、私達の落ち込んだ姿を見て、気を利かせてくれるのか・・・


 そんなわけがありませんでした。


「明日に通夜が出来ぬで良かったわ。儂は明日、庭木の剪定をしたかったのだ」


 は! と叔父が顔を上げました。

 私も思わず、かっとしてしまい、声を上げかけました。


「馬鹿っ!!」


 母の怒声が響きました。母がプッツンしたのは、これで生涯で3回目です。

 怒っても大声など出さぬ母の声に、私も叔父も驚き、口を閉じました。

 父もあまりの驚きに、それ以上口を開く事はなく、居間へ引っ込んで行きました。


「母上」


 母ははらはらと涙を流し、俯くのみでした。

 叔父も小さく首を振り、俯いてしまいました。

 私も椅子に腰を下ろし、この後はどうなるのかと頭を抱えました。


 その夜、私は少し泣きました。


 私の最も古い記憶は、初めて三輪車に乗った時の事で、その私を祖母がにこにこと見下ろしていた笑顔です。


 その笑顔を思い出し、思わず泣いてしまいました。



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 そして翌日。


 葬儀屋が来て、式の打ち合わせをしていました。

 2時間程して、葬儀屋が帰り、父が青筋を立てて居間に戻って来ました。


「こんな馬鹿な事があるか!」


 ばさ! とテーブルに叩きつけられた明細書。


「76万だと! 家族葬であれば安いのではないのか!」


 後で分かった事ですが、父は通常の大きな式場を手配していたのです。高くて当たり前です。そして参列者は家族と、近くの親戚のみ。


「香典がないではないか! どういう事なのだ! これでは金が出て行くばかりよ! とんでもない大損こいたわ! なにが家族葬だ!」


(父上・・・)


 あまりに酷い。

 しかし、私も母も耐えました。

 葬式が終わるまで、言わせておけば良いのです。


「そうですね」


「全くだ! 家族葬であれば安いなど、嘘ばかりであるわ!」


「あなた。もはや仕方がないではありませんか。注文は出してしまったのですよ」


「ふん・・・」


 寝転がって、テレビをつける父を見て、私と母は席を立ちました。

 居間を出た所で、つ、と母に袖を引かれたので、2人で離れの方に行きました。



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「あの調子だから」


「はい。分かっております」


「式が終わった後、何日かしたら、遺産の話もあると思うのだけれど」


「分かっております。母上」


「息子には、直接は関係ないけど・・・叔父様や・・・叔母様と・・・あるかもしれないから・・・」


 私も母も、俯いてしまいました。

 当家は祖父が婿入りしてきた事もあり、土地などの財産は祖母名義だったのです。



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 そして、式も滞りなく済み、49日も明日となりました。


 喪服。数珠。ネクタイ。財布。革靴も磨きました(当然、父のも)。

 準備も済み、私は自室で書いた小説を読み直していたのですが・・・

 ばあん! と乱暴にドアが開き、びくりとしてそちらを見ました。


「俺はあいつと縁を切るわ!」


 父の大声。

 何があったのか分かりませんが、私の部屋のドアをばんばん叩かないので、私の事ではなさそうです。


「何故あの妹にこんなに! あいつは儂が家に入れた給料で飯を食い、学校に行かせてやり、遊ばせてもやった! 挙句の果てには某関東地方へ嫁に行って逃げおって! 家には1銭も入れずに逃げて行って、遺産だけもらおうなどと!」


 妹。叔母の事のようです。


「あなた・・・云々、云々」


 母が父を宥める声。


 叔母は遊び呆けてなどいません。嫁に出る前も、数年はこちらで仕事をしており、ちゃんと家に金も入れていたのです。

 嫁へ出たというのも、別に逃げたわけではなく、祖母の用意した見合い相手の所へ行かされたのです。祖父はその点は放任主義でしたが、むしろこれは当時の私の住む田舎では珍しかったのです。田舎な上に昭和の時代なので、仕方のない所です。


 あまりに見合い見合いと煩いので、叔母はそれが嫌になり、自立出来るのだと仕事をし、家に金も入れていたのですが、とうとう同じ屋根に住むのも嫌になり、一時は一人暮らしをしていた事もあったのです。


 半分ノイローゼ気味だったそうで、一人暮らしを始めた時は、孤独な6畳の部屋がとてつもなく広く感じ、自由になった、現世で天国を見た、毎晩の孤独な部屋に帰るのが無上の幸せであった(引きこもりではなく、父と祖母がいないから)、と話していたのを覚えています。


 結局、祖母に無理矢理に戻され、もう誰でも良い、早くこの家を出たい、と次の見合いで決まったのが、今の旦那さんというわけです。


 確かに父と年が離れているので、父が仕事を始めたばかりの時は、まだ学生だったのですが、別に父の財布に甘えていたわけではありませんし、稼いだ一部は父の財布に入らなかっただけで、祖父の通帳にはしっかり入っていたのですが・・・

 やはり自分の財布に直に入らない分は、カウントされないようです。


「明日、話をつけてやる! 答え次第ではあいつとは縁を切るのだ! 儂はもう決めたのだ!」


「あなた・・・云々」


「儂は母上の世話もしておったのだぞ!」


 一切、していません。

 祖母も女性ですので、私や父ではしづらいです。

 そして私は独身なので、当家の女手は母上しかいません。

 寝たきりの祖母の世話は、母とデイサービスが全て行っていました。


「あなた・・・云々」


 しばらくして、父の怒声は聞こえなくなりましたが、何事か話している声が聞こえます。


 明日、どうなるのでしょう。

 我が家はどうなるのでしょう。

 私は不安を誤魔化したくて、これを書きました。


 明日が怖いです。

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