せかいのほろぼしかた

@arisatokei

第1話 おわりかはじまりか

透き通った赤い光が、空に、雲に、広がっていた。夜へと移っていく狭間の時間。それと同じ色のあたたかな髪と瞳をした親友がこちらを見ていた。

(夢だな)

この親友にはもう夢の中でしか会えない。けれど、これがただの夢ではないこともわかっていた。ここは親友の空間だ。

水治みずちに頼みたいことがある」

親友が口を開いた。穏やかさのなかに切実さが感じられる声。

「俺に今さらできることなんてあるか?」

やっと親友に会えたというのに悲観的な自分が嫌になるが、今の自分にできることがあるとは思えなかった。

水治みずちだからこそできることだ」

それでも親友の声は揺るぎない。圧があるわけではないのに、人を動かす声。その声に、落ちきっていた気持ちが少し立ち上がるのを感じる。

あけがそう言うのなら」

もとよりこの親友の頼みを断ることはできないのだ。

「人間はこれから、地力ちりょくのコントロールを失うだろう」

あけの顔に悲しげな感情が浮かぶ。この事態を避けるためにあけがどれだけ奔走してきたか知っている。自分も及ばずながら奮闘してきた。だが、人間の選択を変えることはできなかった。その結果、あけは断罪を待つ身となり、自分は研究の世界から追放された。多くの人間はこれでその力を手中に収めたと思っているだろうが、それが大きな過ちであることをこれから身をもって知ることになるのだろう。

「最初は、地力の影響を受けやすい者たちから被害が出はじめるだろう」

あけが、自分の心を読んだように言葉を連ねた。

「すべてとはいわない。少しでもそれらを救ってやってほしい」

じっと注がれるあたたかな視線。それに応えたいと思いながらも、現実的な己が首を振る。

あけの気持ちはわかる。俺だってせめてそれができたらと思う。だが、追放された身とはいえ俺には監視が付いている。下手な動きをすればすぐに拘束されるだろう」

「その対処は考えてある」

あけの表情が少し緩み、企みをするような色が浮かぶ。今となっては懐かしい。この表情をしたあけに連れられて、幾度となく無謀とも思える試みをしたものだ。

「どうやって?」

「少しだけ、私の還者かんじゃおさとしての力を使う。ここに、代々独自の地脈ちみゃくを管理してきた家がある。私たちとも交流があったが、最近の地脈の乱走らんそうにより途絶えてしまった。

 ただ、まだ地産ちさん機関の整理が及んでいない地域だったことが不幸中の幸いだ。奴らは私がもう何もできないと思っているから、現実を少し変えても露見することはないだろう。目が覚めたら、君は追放された研究者ではなく、この家の遠い縁者として帰ってきたという筋書きになる」

「そんなことして大丈夫なのか?」

「少しばかり肩入れが過ぎるかもしれないが、これまでの水治みずちの貢献とこれから私たちが差し出すものを考えれば、許される範囲だろう。奴らに見つからない空間もつなげておくよ。保護した生き物たちはそこで回復させると良い。案内人も送るから面倒を見てくれ」

「案内人?」

「私たちの末子だ。れいと言う。夜明けの色を持つ子どもだ。本来なら私がまだ手元で育てるべき時期なんだが、こうなったからには仕方ない」

「ちょっと待て。さらっと重大なこと託そうとしてないか。お前たちの末子ってことはつまり」

「そう、次代の長だ。この子は奴らに渡すわけにはいかない。存在を気づかせてもいけない。私たちは滅びた。そう思わせる必要がある。そうだな、水治みずちのさらに遠縁の子どもということにしておこう」

「いや、ちょっと無理がないか?」

「あの子も私のように多少外見を変化させられる。私たちの時間からするとまだ幼いが、賢い子だ。私よりも力もある。きっとうまくやるさ」

「なあ、かなり不安になってきたんだが」

「私が見込んだ人間なんだ、水治みずちなら大丈夫だ」

「なぜ、そこまでする?人間になんて見切りをつけてしまえば良いだろう。あけたちが犠牲になる必要があるとは思えない」

その言葉に、親友は複雑な笑みを浮かべた。

「それは否定できない。だが、これは決して私一人のわがままではなく、私たちの総意だ。すでに還ってしまった者も含めて。私たちはきわめて人間に近い形で存在してしまった。人間たちと交流を持ち、気持ちを寄せてしまった。たとえ世界を害する人間がいたとしても、これまでにつながった存在まで一緒に見切ることはできない。私たちが還者として今この形で存在している以上、これは世界の選択ともいえる。ただ、これはあくまで延命だ。引き延ばすことができる時間はもって人間の一代程度。次の選択をするのはれいだ。それまで、君の元で世界を見せてやってほしい」

「俺は正直、人間なんてもう滅びてしまえば良いと思っている。たしかに全員がそれだけの罪を負っているとは思わない。でも、俺はあきらめてしまった。そんな俺に預けても、結果をただ先延ばしにするだけじゃないか?その間に犠牲になるものを思えば、今終わらせたほうが良いんじゃないか?」

「私はそうは思わないよ。君はあきらめてなんてないだろう。だから私は長としてこの賭けをする気になった。ああは言ったが、人間に見切りをつける選択肢も、なかったわけではない。そのほうが良いという声もあった。それでも、水治みずちの頑張りとれいの選択次第では、この選択で犠牲をずっと少なくすることだってできる。もちろん、私も頑張るけどね」

あけの顔に、すべてを受け入れた穏やかな微笑みが浮かんだ。時が止まったようだった空間の光の加減が変化しはじめた。

「さあ、もう時間だ。後は頼んだ」

しなやかなその手が自分の手を取り、願いを込めるようににぎった。夢の中でありながら、とても現実味のあるあたたかさだった。

(こいつは今、生きているのに)

それを感じ、これからあけの身に起こることを思うと、止めることができない己の不甲斐なさと、人間の愚かさに叫びたくなる。

「私がこの私でなくなっても、水治みずちが一番の親友であることは絶対だ、元気でいてくれ」

最後まで穏やかな声が余韻を残した。視界がだんだんとぼやけ、空間が閉じていくのを感じる。


目を覚ますと、そこは知らないはずの家だった。視界に入った天井に存在感のある梁が渡っている。夢を訪れる前の自分は、最低限の設えとわずかな荷物しかない殺風景なアパートの一室にいたはずだ。その記憶はある。一方で目に入る家のことを知っている自分もいる。

(これが現実を変えるということか)

手足の感触を確かめるようにゆっくりと起き上がる。床に直に横たわっていたようで、身体が凝っている。今は何時で、自分はどれくらい寝ていたのだろう。時計を探しながら背筋を伸ばしたところで、やや距離を保って佇む一人の子どもに気づいた。10代そこそこに見える。

(ああ、そうか)

不思議と驚きはなく、代わりに夢の中での親友の頼みを思い出した。夜明けの空を思わせる青の濃淡に光の色が混じった複雑な色彩の髪と瞳。その空の移ろいを切り取った色彩と、幼いながらも整った中性的な顔立ちに、親友の面影を感じる。

「君が、れいだな?」

子どもが、れいがこくんと頷く。

「俺は……」

「あなたは、水治みずち

れいが声を発した。まだ幼さの残る声に似合わない、冷静な口調だ。あけを筆頭に、還者の一族は見た目で実年齢を測れない存在だが、子どもの場合はどうなのだろう。

「ああ、俺が水治みずちだ。あけからどのくらい聞いているかわからないが、これから一応君の保護者という形で一緒に暮らすことになる……んだろうな。よろしくな」

れいとは正反対の、我ながら自信のない話し方だとは思うが、何せまだ混乱している。だが、れいは気にした風もなくまた頷いた。

あけからは一通り聞いている。私がここでやるべきことも。あなたが信用できる人間だということも。それと、預かっているものがある。あけから、これを」

差し出された掌はまだ小さく、成長過程にあるのがわかる。そこに輝く、赤い結晶。どんな宝石とも違う、揺らめく光を内に灯した、生きた存在。

「これは……」

あけの力の一部であり、核ともなり得る部分。あなたに託すと。これがあなたの元にある限り、すべてを明け渡すことにはならない」

(だからさらっと重大なことを託すなって……)

記憶のなかの親友にまた文句を言いたくなる。

「受け取ってもらえないのか?」

れいが軽く首を傾げ、窺うようにこちらを見た。肩上の長さの髪がさらりと流れ、複雑な色彩のなかに光が揺れるように見えた。

「いや……あけの考え、気持ちはわかる。だが、君に言っても仕方がないことだが、俺はまだそこまで覚悟がない……情けないことだが」

まだ子どもに見える相手に言うことではない。わかっていはいるが、幼さをまったく感じさせないれいの態度に、思わず弱音がこぼれた。

「安心してくれていい。あなたにすべてを託すわけではない。私のもとにもある」

差し出されたのと逆の手で、れいが自身の首にかかった細い鎖を引っ張ると、そこには澄んだ容器に封じられた同じ赤い結晶が揺れていた。

「安心……っつうか逆に心配になってきたんだが」

目の前にある結晶は、大きはそれほどではないが、濃密な力の気配がある。

(2つも削いでしまって大丈夫なのか)

あけは強い。そして奴らは私たちのことをわかっていない。露見することはない」

まるで心の内を読んだかのようにれいが言葉を発した。

「まさか俺の考えてることがわかったりするのか?」

思わず訊いてしまったが、れいは緩く首を振った。

「そんなことはできない。ただ、あなたの顔に心配が出ていた」

「そうか。そうだよな。わかった、受け取る」

覚悟が決まったわけではないが、これ以上子どもに気を遣わせるのもどうかと思えてきた。手の上に置かれた結晶に、体温を感じるような気がする。それは、夢のなかで感じたあたたかさを思い起こさせた。

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