せかいのほろぼしかた
@arisatokei
第1話 おわりかはじまりか
透き通った赤い光が、空に、雲に、広がっていた。夜へと移っていく狭間の時間。それと同じ色のあたたかな髪と瞳をした親友がこちらを見ていた。
(夢だな)
この親友にはもう夢の中でしか会えない。けれど、これがただの夢ではないこともわかっていた。ここは親友の空間だ。
「
親友が口を開いた。穏やかさのなかに切実さが感じられる声。
「俺に今さらできることなんてあるか?」
やっと親友に会えたというのに悲観的な自分が嫌になるが、今の自分にできることがあるとは思えなかった。
「
それでも親友の声は揺るぎない。圧があるわけではないのに、人を動かす声。その声に、落ちきっていた気持ちが少し立ち上がるのを感じる。
「
もとよりこの親友の頼みを断ることはできないのだ。
「人間はこれから、
「最初は、地力の影響を受けやすい者たちから被害が出はじめるだろう」
「すべてとはいわない。少しでもそれらを救ってやってほしい」
じっと注がれるあたたかな視線。それに応えたいと思いながらも、現実的な己が首を振る。
「
「その対処は考えてある」
「どうやって?」
「少しだけ、私の
ただ、まだ
「そんなことして大丈夫なのか?」
「少しばかり肩入れが過ぎるかもしれないが、これまでの
「案内人?」
「私たちの末子だ。
「ちょっと待て。さらっと重大なこと託そうとしてないか。お前たちの末子ってことはつまり」
「そう、次代の長だ。この子は奴らに渡すわけにはいかない。存在を気づかせてもいけない。私たちは滅びた。そう思わせる必要がある。そうだな、
「いや、ちょっと無理がないか?」
「あの子も私のように多少外見を変化させられる。私たちの時間からするとまだ幼いが、賢い子だ。私よりも力もある。きっとうまくやるさ」
「なあ、かなり不安になってきたんだが」
「私が見込んだ人間なんだ、
「なぜ、そこまでする?人間になんて見切りをつけてしまえば良いだろう。
その言葉に、親友は複雑な笑みを浮かべた。
「それは否定できない。だが、これは決して私一人のわがままではなく、私たちの総意だ。すでに還ってしまった者も含めて。私たちはきわめて人間に近い形で存在してしまった。人間たちと交流を持ち、気持ちを寄せてしまった。たとえ世界を害する人間がいたとしても、これまでにつながった存在まで一緒に見切ることはできない。私たちが還者として今この形で存在している以上、これは世界の選択ともいえる。ただ、これはあくまで延命だ。引き延ばすことができる時間はもって人間の一代程度。次の選択をするのは
「俺は正直、人間なんてもう滅びてしまえば良いと思っている。たしかに全員がそれだけの罪を負っているとは思わない。でも、俺はあきらめてしまった。そんな俺に預けても、結果をただ先延ばしにするだけじゃないか?その間に犠牲になるものを思えば、今終わらせたほうが良いんじゃないか?」
「私はそうは思わないよ。君はあきらめてなんてないだろう。だから私は長としてこの賭けをする気になった。ああは言ったが、人間に見切りをつける選択肢も、なかったわけではない。そのほうが良いという声もあった。それでも、
「さあ、もう時間だ。後は頼んだ」
しなやかなその手が自分の手を取り、願いを込めるようににぎった。夢の中でありながら、とても現実味のあるあたたかさだった。
(こいつは今、生きているのに)
それを感じ、これから
「私がこの私でなくなっても、
最後まで穏やかな声が余韻を残した。視界がだんだんとぼやけ、空間が閉じていくのを感じる。
目を覚ますと、そこは知らないはずの家だった。視界に入った天井に存在感のある梁が渡っている。夢を訪れる前の自分は、最低限の設えとわずかな荷物しかない殺風景なアパートの一室にいたはずだ。その記憶はある。一方で目に入る家のことを知っている自分もいる。
(これが現実を変えるということか)
手足の感触を確かめるようにゆっくりと起き上がる。床に直に横たわっていたようで、身体が凝っている。今は何時で、自分はどれくらい寝ていたのだろう。時計を探しながら背筋を伸ばしたところで、やや距離を保って佇む一人の子どもに気づいた。10代そこそこに見える。
(ああ、そうか)
不思議と驚きはなく、代わりに夢の中での親友の頼みを思い出した。夜明けの空を思わせる青の濃淡に光の色が混じった複雑な色彩の髪と瞳。その空の移ろいを切り取った色彩と、幼いながらも整った中性的な顔立ちに、親友の面影を感じる。
「君が、
子どもが、
「俺は……」
「あなたは、
「ああ、俺が
「
差し出された掌はまだ小さく、成長過程にあるのがわかる。そこに輝く、赤い結晶。どんな宝石とも違う、揺らめく光を内に灯した、生きた存在。
「これは……」
「
(だからさらっと重大なことを託すなって……)
記憶のなかの親友にまた文句を言いたくなる。
「受け取ってもらえないのか?」
「いや……
まだ子どもに見える相手に言うことではない。わかっていはいるが、幼さをまったく感じさせない
「安心してくれていい。あなたにすべてを託すわけではない。私のもとにもある」
差し出されたのと逆の手で、
「安心……っつうか逆に心配になってきたんだが」
目の前にある結晶は、大きはそれほどではないが、濃密な力の気配がある。
(2つも削いでしまって大丈夫なのか)
「
まるで心の内を読んだかのように
「まさか俺の考えてることがわかったりするのか?」
思わず訊いてしまったが、
「そんなことはできない。ただ、あなたの顔に心配が出ていた」
「そうか。そうだよな。わかった、受け取る」
覚悟が決まったわけではないが、これ以上子どもに気を遣わせるのもどうかと思えてきた。手の上に置かれた結晶に、体温を感じるような気がする。それは、夢のなかで感じたあたたかさを思い起こさせた。
せかいのほろぼしかた @arisatokei
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