第20話 小説



「はあ、疲れたのです」

「そうだな」


 主に柚葉の暴走による疲れだ。

 前よりはましだが、悪乗りし始めていたからな。


「それより今から何をしますか? 今日はナイトゲームで、試合もまだないですし、暇なのです」

「そうだなあ」


 逃走した手前、リビングに戻るのもなんだかなあだしな。

 部屋でできる事。ゲームか、小説を読む事しかない気がするが。


「夢葉って、小説どんな感じで書いているんだ?」

「そうなのですね、私の執筆姿を見ますか?」

「ああ、それもいいなあ」

「了解なのです。じゃあ、俊哉君のために書いていくのです」


 そして夢葉はパソコンを取り出し、小説を書いていく。

 パソコンをカタカタと打ちながら書いていく。


 集中してるなと思う。

 この前から読んでいる夢葉の小説は恋愛だ。

 それを書いている姿をまじかで見られるのか。

 いや、少し違う気がする。

 これは新作か。


 しかし、本当に集中している。

 もう俺の声が聞こえないんじゃないかというほどに。

 夢葉はすごいな。ここまで熱中出来て。


 なんだか俺が惨めになっていくようだった。


「そうだ、俊哉君。俊哉君って小説は書かないのです?」

「俺!?」


 急に言われ、びっくりする。書かないのです?と言われましても。

 俺には書けねえよ。小説なんてさ。


「俊哉君も書いてみたらいいのです。きっと面白いものが書けるのですよ」


 そう、小説を書く手を緩めずに夢葉が言う。

 本気か?


「俺は小説を読んだことがほとんどないんだよ。書くなんて考えもしないよ」


 考えことがない。

 俺は絵は描けないから漫画は描けない。

 だったら小説は書けるのかと言えば答えは断然NOだ。

 書こうとも思ったことがない。


「俊哉君なら小説書けると思うのですよ。一度書いてみないのですか?」

「そうは言われてもな」


 書くという行為に移ろうという気がしない。


「そうなのです!! 野球小説はどうなのです?」

「なぜ?」

「だって、としやって、漫画の主人公にもなりましたし、野球選手にもいるじゃないですか?」


 確かにいる。

 しかも、他球団の正捕手で。

 ただ、それは違う気がする、


 それを言えばしょうたとか、せいやの方が多いのだ。

 その中で俺の俊哉は別に野球用の名前もはいえないだろう。


「俺は野球のやり方知らないぞ」

「なら、この前の野球の感想小説とかはどうなのです?」

「まあ、ありかもしれないけどよ」


 ラブコメだ!刑事ドラマだ!サスペンスだ!ファンタジーだ!とか言われるよりは百倍書きやすい。


「ほら、書いてみるのです! みるのです!!」


 夢葉のテンションが高い。


「分かったよ」


 仕方ない。書くしかなさそうだ。

 しかし、野球の感想だけというのはつまらないな。それに、小説というのは小さい話、作り話の方が作りやすいだろう。

 となれば、架空選手の奮闘小説とかか?

 その方が、自由に作れそうだ。

 とはいえ、野球界のルールとか摂理とか全く知らない。夢葉のような野球オタクなら知ってるのかもしれないがな。


 とりあえずメモアプリに書いてみるか。


「夢葉、どうやって書いたらいいんだ?」


 ただでさえ、俺はほとんど宗樹陶磁さんと、夢葉の小説しか読んだことがない。要するに小説読書経験が少ないのだ。


「そうですね。……そうだ、私小説の書き方みたいなものを書いたことがあるのですけど、読みますか?」

「そんなのかあるのか? てか、まさかそれは」

「ええ、俊哉君のための物なのです。いつかこういう日が来ると思っての物なのです」


 やっぱりか。

 夢葉は末恐ろしい奴だ。


 そう言えば、俺たちは出会ってすぐに告白された。

 6月の中間試験終了した一週間後に告白されたのだ。

 確か俺たちが出会ったのは小学校の時と言っていたな。

 という事は、夢葉は再会後、俺の事が好きだと分かった後、こうした告白までの下準備を整えたという訳か。


 そう考えると、夢葉の行動力凄いな。

 尊敬する。

 さて、そんなこと考えている場合じゃない。夢葉がくれたこれを読んで、小説の書き方を勉強しないと。

 勿論、夢葉の趣味の様な物は、俺も共有したいものだ。

 そもそも宗樹陶磁の小説は読んでいて面白かったし、夢葉の小説も面白かったし。


 うむふむなるほど。三点リーダーは六つで使う。書く前に軽いプロットを書く、行間は縦書きの場合、開けた方が良い。

 会話文以外の、段の最初の文字は一マス開ける。


 中々参考になりそうなことがたくさん書いてある。しかも、ルールとかではなく、小説を書くときにやった方が良い事、コツまで書いてある。

 それも、異世界転生もの、異世界恋愛もの、異世界転移もの、追放もの、復讐もの、刑事もの、サスペンスもの、スポコンもの、余命もの、トラウマもの、ラブコメ、メンヘラ、ヤンデレ、百合、BL、VRMMOゲームもの、などなどだ。

 沢山ありすぎる。

 しかも中には絶対夢葉が書いてないようなものまである。

 本当、夢葉どうなってんだよ。

 化け物レベルで調べてるだろ。

 しかし、胸木陶磁も、ラノベ系の文学も書くとは言うけれども、ここまでの小説は知らないはずだ。(多分)


 そして俺は、とりあえずスポコンあたりをかこうと、少しづつ読んでいく。夢葉には悪いが。この本を全部読むのは骨が折れる。

 元々全部読むための物じゃない気がする。


 そして、俺は軽く読んで、そして執筆の準備に入る。

 いざとなれば、夢葉もいるし、何なら胸樹陶磁さん……いや、あの人は仕事に出ていると言っていたか。


 パソコンを借り、その前で、うんうん唸る。

 だが、中々いいアイデアが出てこない。


 丼なのがいいのだろうか。

 案外核となると難しい。最初の一行『俺は野球選手だ』以降がなかなか出てこない。


 ポジションもそうだし、特徴もそうだし、そもそも名前すら決めていない。

 こんな状況じゃあ、一文字もかけない。


「書いてみると良いのです。そしたらいいアイデアが出てくるかもしれないのですから」


 そう、夢葉が元気よく言う。


「適当に書いて行ったらいいのですよ。後で、いくらでも書き直せますし、何より、俊哉君はまだ初心者。いきなりうまく書けるほうがおかしいのですから」


 そこまでうまく書こうとしないでいい。なるほどな。確かにそうだ。

 そう思うと、少し気が楽になった。しかもこれを見るのは夢葉しかいない。

 楽にしよう。夢葉ならとんでもない駄作でも、喜んでくれるから。


 そうして少しずつ書いていく。


 乱雑に文章を組み合わせる。どう考えても分z相が上手くないというのが書いている俺にでもわかる。だが。仕方がない。俺は初心者なんだから。


 次々に文章を書いていき、小説の体を作り上げていく。


 俺と夢葉はどんどんと、無の時間に入っていく。


 会話もないが、だが、俺たちは、少なくとも俺は夢葉と、無言の会話をしている感じがした。


『どんな感じ?』

『いい感じなのです』

『おう、それは俺も同じだな』

『仲間なのです』


 こんな会話が。

 ま、夢葉の会話は、想像だけど。


 そして、一時間後、俺は千字ほどの小説を書き上げた。

 内容は、小説家の方々から見れば、鼻で笑うレベルの内容だろう。


 だが、俺にとっては頑張って書き上げた自信作だ。


「夢葉、今どんな感じだ?」

「今、良い感じなのですよ」

「そうか、俺は書き上げたから、キリがいい時に教えてくれ」

「分かったのです」


 そしてそれから十分後、ついに夢葉も書き終えたようで、二人で見せ合いをすることになった。

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