第8話 看病


「おう、帰って来たぜ、俺の家」


 そう言って夢木さんは大声で叫ぶ。

 なんだか、大旅行から帰ってきた感じの雰囲気を醸し出している。全然そんなことは無いのにな。


「夢葉が寝てるかもしれないから、あまり大声を出さないでくださいよ」

「おう、分かってるって。しょーねん」

「ええ」


 そしてマスクを着けて中に入っていく。

 向かう先は当然夢葉の部屋だ。


「ああ、来てくれたんだね」


 そう、夢治さんが言う。


「ええ、彼氏として当然ですよ」

「なら、少し変わろうか」


 そう言って机といすを譲ろうとしてくる。


「いえ、いいですよ」


 執筆活動をしているみたいだし、変わるわけには行かない。

 大小説家の胸木陶磁の執筆の邪魔をするわけには行かないのだ。


「ん、これはな、新作の恋愛小説だ」


 執筆姿を覗いてるのに気づいたのか、夢葉のお父さんがそのように言う。


「まあ、記憶喪失系だな。平たく言えば主人公がヒロインにプロポーズした翌日にヒロインが事故で記憶喪失してしまう物語だ」

「なるほど」

「最後どう締めようかは決まってるんだが、書いてみるとしっくりこなくてな。困ってる状況だ。っと、病人を前にする話では無かったな」


 そう言って夢葉のお父さんは夢葉の頭を軽くなでる。


「今はだいぶ落ち着いているが、少し前までは全然寝れなくて苦しがってた。君が来ると言ってからだいぶ落ち着いた」

「そうですか……」


 確かに額を伝っている涙や汗からそれはうかがえる。

 今は穏やかな寝顔をしているが、少し前までは大変だっただろうな。

 しかも横に置いてあるおかゆ。半分残ってることからも、食欲がなかったという事が伺える。


「夢葉、大丈夫だからな。お前は一人じゃない」


 そう言って髪の毛を軽くさする。



「おー、イチャラブしてんなあ」


 背後に夢木さんの声が聞こえる。


「イチャラブなんていわないでください……よ?」


 振り向くと普通にびっくりした。

 完全に下着姿だったのだ。

 これはそう、グラビアアイドルかのように。

 しかも、かなり胸は大きい。


 胸のサイズなんてよくは分かっていないのだが、EカップとかFカップ程度はありそうだ。


 って、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

 これは普通に刺激が強すぎる。


 そもそも夢木さん自体顔は整っているのだ(しゃべったら一気に残念な感じになるが)


 そんな人の下着姿。


 俺には無理だ。


 そして俺は即座に夢葉の方に向き直る。


「あ、もしかしてしょーねん。俺にむらむらしてる?」

「……」

「答えないってことはそう言う事か。ほれほれ、俺のボディに興奮しろよ。なんなら、俺の体を使ってもいいぜ。おかずとしてな」


 下ネタが多い。

 というか、体を使っていいって、そう言う事だよな。

 ……おかずと言われて何のことかわかる俺が憎い。

 看病するためにここに来ているのに、下ネタで変な空気にしないでほしい。


「こら夢木。俊哉君が困ってるだろ。上に一枚羽織ってきなさい」

「えー、俺だって、せっかく制服脱いだんだぜ。もっと寛容に行こうぜ親父。それに夏に入って来たしな」

「うるさい。とりあえず、その恰好を直すまではこの部屋には入るなよ。お前はモテるんだから」

「まあなあ、でも大丈夫だろ、俺彼氏いるから、そんな浮気なんてしないぜ」

「そう言う問題じゃない。出て言ってくれ、夢葉にも毒だ」

「ちぇ、そんなに言わなくてもいいのによ」


 そう言って夢木さんは部屋を出て行った。


 ありがとう。夢葉のお父さん。

 流石にこんな煩悩爆弾(しかも性格うざい下ネタマシン)と一緒にいたら変な扉を開いてしまいそうだ。



「ん、」


 夢葉の目が開いた。


「おはようなのです……」


 そう言って俺の顔を見る夢葉。


「ギュっなのです」


 急に抱きしめられた。

 え? なんで。

 顔が紅潮するのを感じる。

 急にどうしたのだろうか。


「寂しかったのです。きてくれて嬉しいのです」

「お、おう」


 なんだかムズかゆい。


「こら夢葉。風邪がうつったらどうするんだ?」

「確かにそうなのです。ごめんなさいなのです」


 そう言ってしょんぼりしながら夢葉は手を放す。


「俺だって夢葉ともっと触れ合っていたいよ。だから早く風邪を治してイチャイチャしようぜ」

「はいっ!! なのです」


 そう言って再び夢葉は俺に抱き着こうとするが、夢葉のお父さんに止められた。


「そうだったのです」と言って。


「しかし、調子はどうだ?」

「まだ悪いのです。頭がずんずんと痛くて、お腹も気持ちが悪いのです」


 やはりしんどいのか。


「そうか……。なあ夢葉。楽しいことを考えようぜ。病気が治った後、何がしたい?」

「私は……一緒に野球が見たいのです」


 野球か。


「じゃあ、見ようか」

「ありがとうなのです。じゃあ、野球予約しておくのです」

「え? 球場でってこと?」


 テレビで見ると思ってた。


「あれ、私の勘違いだったのです?」

「いや、俺の勘違いだ。球場で見よう」


 夢葉と一緒ならきっと楽しいはずだ。

 それに俺はここ最近は球場に入っていない。最後に球場に行ったのは、四年前くらいだ。



「さて、準備するのです。そう考えると少し元気になってきた気がするのです」

「いや、無茶すんなよ。ただの、気の迷いで、元気に感じてるだけだから」

「ふふ、今日は安静にしておくのです。だって、無茶したら父さんに怒られるのです」

「そうだな」


 その後も、暫く会話をした後、六時半になったので家に帰ることにした、

 何しろ、泊まってもいいのだが、流石にお泊り用具は持っていないし、看病だけのために泊まるわけにもいかない。


「じゃあ、ゆっくり休んとくんだぞ」

「はいなのです。じゃあ、お休みなのです」

「ああ、お休み」


 そう言って家に帰る。


「はあ」


 どっと疲れが来た。

 風邪が移ってないと良いんだが。


 さて、野球を見るか。


「うわあ」


 三対一で負けてる。

 しかも今日の先発は諌山穂高。

 昨年完全試合を達成したとして話題になった剛速球ピッチャーだ。


「ふう」


 味方の選手がどんどんとゴロアウトになって行ってる。

 非常にまずい。

 本当に点が取れていない。


 そしてそのままご飯を食べながら見る。

 七回まで来た。だが、あれから3安打しか取れていない。

 そして、継投に入っていく。

 

 そこで試合を見るのがきつくなり、テレビを消した。

 夢葉と球場で見る試合は面白くなると良いのだが。

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