四話 急転 2
「実行部隊が失敗だと!? ふざけるな! 何のために腕利きの傭兵を集めて一億も叩いたと思っている!」
怒鳴り散らかす男性が、脂ぎった自分の顔をハンカチで拭きつつ、携帯電話を地面にたたきつけた。癇癪持ちなのは周知のことなのか、控えている男性達は荒くなっている男性の呼吸に彼の背を撫でつつ、冷静にそれを拾っている。
暗い部屋だった。そう、日本の地下。世界一安全だと認識している日本の地下に組織が根ざしていた。表立っての襲撃はない。臆病者の創設者が考えた立地に、その男は絶対的な自信を持っていた。そう、自分が選んだ場所に間違いはないのだと。確信をしていた。
だからこそ、ああいう大胆な襲撃ができたのだ。選んだのは海外製の武器ばかり。自社で運んだのでアシは着かない。匂わせない、辿らせない、悟らせない。現に、敵対している透明少女の連中は、ここを割り出せていない。
小太りの男は舌を打ちながら、モニターの電源を付けた。気晴らしに兵士の地下射撃場でも見ようと。だが、モニターは応答しない。いや、電源自体はついている。しかし、表示されるのは待てども砂嵐だ。何も映らない。映るはずの中継地のカメラが故障したのか。
ふと、ガビガビだった画質が、急に鮮明になって、仮面の少女の姿が映し出されていた。
「! なんだこの映像は!」
「わ、分かりません! 他に切り替え……」
切り替えても、少女が映る。モニター、スマートフォン、あらゆる電子機器に無機質な仮面を被ったその少女の顔が現れていく。その少女が、足を組んだ。何故か、一気に男は緊張してしまった。小柄なのに。十代前半の少女の姿だというのに。悪い意味で目を奪われる。威圧的で、圧倒的で、まるで――年季でも違うような壮麗さに、息を吞む。
『……愚かなる鋼の剣の長、ティルム・デュレン。彼我の差が分からず、間抜けにも透明少女に銃口を向けた愚者の中の愚者。アルカナなら吉兆ですが、今回に至っては果てなく文字通り』
「……透明少女の人間か。いいか、お前らは潰す! 商売の邪魔だからな! 鋼の剣がこの世に一振りあればいいのだ! 少女如きに何ができる!」
『そうですねぇ。鋼だろうが超合金だろうが、剣を折ること程度――造作もないでしょう』
脂ぎった男は、物音で我に返って周囲を見た。立っていた人間が全員撃ち抜かれている。馬鹿な、わずかなモニターの光源のみだぞ。全員、頭を撃ち抜かれている……?
他のメンバーが気づくも、銃撃が飛来する。そして、何かがせまったと思ったら、体が浮いていた。馬鹿な、と男性は思った。男は百キロはあるというのに、こんな、軽々、高く――
地面に叩きつけられ、刃を向けられた。それは――裏切り者の忍者の姿。
「き、貴様、極楽……! 裏切り者の風魔の忍者が……! 最高の子種が欲しいのだろう!? ならば、我ら鋼の剣以外に――」
「あー、それはもう解決したんで。最高の種を見つけたんっす。……あんたらのような、人の武力をあてにするような能無しじゃない、最愛のパートナーを」
「クズめが……!」
「人のことを言えた義理ですか。ただの少女を狙っておきながら」
奥から進み出た少女のライフルの銃口が向けられる。既に硝煙が立ち上るその銃の熱に冷や汗を流し、男は品のない愛想笑いを浮かべた。
「お、お前ら、ウチにこないか? 可愛がってやるぞぉ! 金ならやる! 待遇だって良くしよう! どうだ?」
「ここまで愚かだと救いようがありませんが、冥途の土産に教えてあげましょう。一つ、透明少女は家族のようなものです。二つ、恋人がいますのでお断りします。家族と恋人を裏切る馬鹿は早々いないでしょう。三つ――貴様らのような油ダヌキに抱かれるくらいなら、銃で自らのこめかみを撃ち抜くでしょう。ワタシ達は最高の男性を知っている。――最後は、アナタがたの同胞が味わった弾丸の味を教えてあげましょう。良かったですね、あの世での土産話がもう一つ」
「待っ――」
ライフル弾が脳漿を弾けさせる。それを確認し、モニターの電源が消えた。
物言わぬ男性に、夜・ミリオンが再び口を開く。
「付け加えると――ワタシ達は、透明な檻の中で暮らしているのです。金か、死ぬかしないと、抜け出せないんですよ。まぁ、それを不幸だと思ったことはありませんが」
帰ろっか、という妹の声に、夜・ミリオンは頷いた。
外に出ると、夜にとっては疎ましい日差しが差し込んで来たので、ポケットに移していたサングラスを付ける。後処理は一般アリスと情報部エリートが行うそうなので、とりあえず、帰ったら報告書を書かねばならない。
もう一人の弟のことは、夜は全く心配していなかった。いつも最高の戦果を挙げる、誇らしい弟は、きっと帰ってカップ麺でも食べているだろうからだ。
砂羽も、メイリンも、楓子も……傷一つ負っていない。
今回、ここまで長期化したのは向こうのトップが慎重派だったという、このただ一点に尽きる。情報が得られなかったが、最後の最後に派手な騒ぎを起こして元を辿られた。仲間の風魔忍者にさえ本拠地や拠点を教えていなかった周到さには感心させられたし、日本に本部が根差しているとは夜も意外だった。けれども、さすがの透明少女、エリート情報部。あっという間に情報が処理されて、今回の襲撃作戦と相成った。
今回は被害なし。エリートが二人もいて、普通の傭兵に負けるわけが、まぁないのだが。むしろ二人も必要なのかと眉を顰められるレベルだ。
でも、今回は納得できると夜は内心で認めていた。今回、エリートであるメイリンを同行させてくれたのは、絢を悪戯に心配させないアリス・メイソンなりの配慮だろう。そう確信をしている。あの人は何だかんだ、絢に厳しいことを強いるようで、甘い。
二人の関係に、少し嫉妬をしてしまうが、絢にとっての一番がアリス・メイソンなように、アリス・メイソンにとっての一番は絢なのだ。相思相愛の尊敬できる人間同士に横やりを入れるのは野暮というもの。というか、横恋慕なぞしようものなら、致死毒入りのチョーカーを発動させるだろう。――絢が、望んだ結果でなければ。
諸々のモヤモヤを、すうっと息を吸い込み、溜息に化かす。霧散したそれを気に留めず、夜は待ってくれているリコッタのもとへ歩みを進めるのだった。
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