0-14 シノ
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、……
……暗闇の中、一定した機械音が連続しているのだけが鮮明に聞こえた。俺はいったいどうなってしまったのか。ここはどこだろう。腕を動かそうとしても何かで固定されているように微動で止まってしまう。足もだ。指先は固定されていないようだが、ずっと動かしていなかったように関節に痛みが走る。そんなふうに現状を確認していると、横の方から、背をグッと伸ばしたときのような骨が鳴る音が聞こえた。続けて「お」と短く何かに気付いた男性の声がする。
「
普段より静かめだが、快活で品がある印象の彼の声には聞き覚えがあった。俺のボスだ。
そうか、目が開いてないから暗かったのか。
瞼に力を込めて目を開くと、白熱灯の光が白い天井に拡散反射していて逆に何も見えず目が眩んだ。「うわ、」と反射的に出た声は、掠れすぎていて自分でもほとんど聞こえなかった。咄嗟に目をギュッと閉じ直すと、彼は「うはは」なんていつも通り楽しそうに笑う。
「眩しいな。閉じとけ閉じとけ。医者を呼んでやろう」
パイプ椅子が動いた音がする。俺の頭上に手を伸ばす衣擦れの音がして、おそらくナースコールのボタンを押したのだろう、ビーッと短くブザーが鳴った。一度目を開けたからか瞳孔が収縮する感覚がして、瞼越しで若干赤みがかった暗めの視界の中に、ぼんやりと彼の影だけが見える。彼は腕を組んで俺の状態を眺めているようだった。
「お前、今、管だらけですごい状態だぞ~? ご苦労様だ」
できるだけ動かさないように頭を撫でられる。その手の暖かさと撫で方がなんだかお父さんに似ていて、力が抜けた。
そのまま少し眠っていたらしい。誰かが軽く咳き込む音で目を覚ます。次はきちんと目を開くことができた。俺は西日が差し込む病室に寝かされていた。俺が眩しがったからか天井の電灯は消されており、部屋は外から差し込む光の柔らかい橙色だけで照らされている。咳がしたほうを見ると、白衣を着込んだ大柄な男性が窮屈そうに背中を丸めながら、俺の手首に繋がる輸血バッグを調整していた。
「ぉ……ぃしゃ、さ……?」
白衣の男がこちらを見た。顔にはガスマスク。まるでホラー映画の殺人鬼のようなその風貌は医師とはにわかに信じ難いが、俺の声を聞いたその人はサイドテーブルに置いていたカルテを手に取った。
「話せるか」
喉がアルコール焼けしたような声だ。発音がしづらそうなところや職業を見るに、薬品焼けかもしれない。問いに対して頷こうとしたが、首筋がピクリと動いただけだった。
「名前が、ゴホッ……確認したいだけ、だ」
何と答えるべきか迷ったが、彼の白衣にある四つ薔薇のワッペンを見てボスと同じ組織の一員と判断し、「シノ」と名乗った。すると、彼は首を横に振る。
「本名」
言っていいのだろうか。しかしここは病院だ。単に医療ミスを防ぐための確認だと考えて再び口を開いた。
「篠本……
医師はコクリと頷いてカルテをめくった。カルテに何かを走り書きする音を聞きながら、春風とともに舞い込んできた桜の花弁を目で追った。あの人と出会った頃よりもだいぶ花弁が落ちているようだ。彼の目に似た夕暮れの蜂蜜色に包まれて、俺の中で一等星のように輝くその人のことを想う。
……先輩は、まだ無事で居てくれてるかな……。
紫煙が解ける 番外編 Δtlafika @Altafika
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