0-5 海のような青年
何度かまばたきをして、ようやく光で白く眩んだ眼の前がはっきりし始めた。同時に、静かな潮騒も耳に入るようになる。ふわりと吹く風が潮と樹木の入り混じった自然の香りを運んできた。そこは樹海の木々に蓋をされた白い砂浜だった。それほど大きくはない砂浜を巨木の枝葉がすっぽりと覆い隠している。これでは上空から見ても分からないはずだ。砂浜の向こうには太平洋が広がっているのだろう。穏やかな水平線を、雫のような青い月が照らしていた。水面は星が落ちてきたかのように光を弾いて、多種多様な色を夜空色のキャンバスに映し出している。
山舘が初めて見るこの世のものとは思えない幻想的な風景に感嘆の息を吐いていると、不意に、子どもが波を弾いて遊ぶような音が聞こえた。見ると、山舘の視線のまっすぐ先に誰かが背を向けて立っている。靴底が少し波で洗われるくらいの位置だ。
濡羽色のふんわりした短髪に時々波のように光る青が混ざっている。頭の傍に、片目を閉じたような形状の水のリングが髪の毛の光を受けて偏光しながら浮遊していた。品の良いカマーベストのパンツスーツと肩幅から察するに青年程度の男性だろう。足元は水面下で輝く集光模様で照らされて、まるで海と同化しているようだった。
海の写し身じみた彼は両手ですくい上げた水の中から何かを摘み上げ、月にかざす。すると、その何かは月光を透過して蜂蜜色に輝いた。一瞬眩しくなり、思わず「わっ」と声を上げると、彼は頭をぴくりと動かして足を引いてから体ごとこちらを振り向いた。今日の明るい月光下では、彼のはっきりした顔立ちがよく分かった。顔全体が影がかる中で、水面のような雫の瞳だけが光を帯びているように見える。ぱしゃん、という水音は彼のかかとが波を打ち付けた音だと理解していても、彼のまばたきの下でその瞳が鳴ったように感ぜられた。眠たげな目が細まり、口元が緩い弧を描く。彼は手に持った物を胸ポケットに入れていた白いハンカチーフで包み込みながら、あの樹海の中の散歩するような足音と同じ、ゆったりした足取りで近付いてきた。胸ポケットには金具でアクセサリーが取り付けられており、そこに
「迷子なんだね」
存外に低く、耳の奥に響くような優しい声だった。山舘は、思ってもみない言葉に何も言えないまま、彼の瞳に映り込む自分の顔が酷く恐ろしく見えてつま先を開いた。砂が足元で擦れる音が鳴る。彼はくるりと踊るように反転して山舘の背中を手のひらで軽く叩いた。
「見て。海がこんなに輝いている。
彼は白いハンカチーフを差し出して見せる。ツヤツヤとした生地の中に3つの石が包み込まれていた。
雫を固めて作ったような球形の透明な石は、木の葉の隙間から入る月光を受けてうるうるときらめいている。透過したり弾かれたりする光は、先程の蜂蜜色だけでなく、個体によって品の良い紫や海そのもののような青にも変わった。十月府の特産品『海月石』である。
彼は青色の光を放つ石を摘み、勝手に山舘の手を掬って握らせた。その手の温かさにハッとした山舘は、跳ね退くように距離を取る。
「き、」声が掠れていたので一つ咳払いをして続ける。「キミは、いったい……」
青年は山舘が恐れるように離れたことに対して不満げに唇を尖らせていたが、それを聞くと再び綺麗な笑みを浮かべた。
「俺はシノ。よろしくね、山舘くん」
「どうして僕の名前を知っているんだ」
「だって貴方、有名なんでしょう? 当然、知っているよ」
その割には伝聞調で話す。山舘は彼のペースに飲まれまいとして、持たされた海月石を返そうと試みた。
「僕に助けは必要ないんだ」
シノはひらりと身を
「だって、警察官は市民を助ける側なんだから」
「おや。刑事ものでは、得てして相棒が居るものじゃない?」
彼は当たり前のように言って、「そうでしょ」と彷徨っていた山舘の手を両手で包み込み、海月石を胸ポケットに落とさせた。胸元がほんのり温かくなる。その温かさに溶かされるように、つい口走ってしまった。
「相棒に……なってくれるのかい?」
するとシノは「夜の間だけね」と綺麗に笑った。
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